未来を生きる子どもたちに必要な資質・能力の1つが、「情報編集力」です。私たち親世代とは異なる社会環境の中で、一人ひとりが活躍し、幸せに生きるために、これまでの学校教育では圧倒的に育成されていない資質・能力が、「情報編集力」なのです。情報編集力とはどのような資質・能力なのか、なぜ、重要な資質・能力なのか――中学校と高校での校長経験や、民間企業でのビジネスキャリアなどを基にお話しします。

情報編集力とは、答えが1つではない問題を解決する力

1997年までの日本は「成長社会」でした。速く、大きく、安いものを大量に生産・販売することに価値があり、あらかじめ正解が1つに決まっている問いに速く、正確に答える力が重視されていました。しかし、現在の日本は「成熟社会」に突入しています。知識や技術・経験を組み合わせて、答えが1つではない問いに対して自分の仮説を出す力や、自分の知識が足りない場合は他者の知恵や技術を借りて、自分が納得できる答えを出す力、そして違っている部分があれば、よりよい方向にどんどん修正していく力が求められます。そうした力を、私は「情報編集力」と呼んでいます。反対に、決められた正解を早く正確に出す力は、「情報処理力」です。情報処理力をいくら高めても、今後は、AIが人間の処理力を超えていくでしょう。成長社会では憧れの対象でもあったホワイトカラーのサラリーマンですが、単に上層部から言われた仕事を部下たちにやらせる程度の中間管理職は、10年もすれば消えていくのではないかと見ています。

実際、戦後の日本の学校教育は、情報処理力の育成に重きを置き、高校・大学の入試問題も、そうした力を測定しようと作られました。社会も教育も、「正解至上主義」だったのです。変化の兆しは見られるものの、現在もその名残が色濃く残っています。

かく言う私も、そうした学校教育を受けて育ちました。受験戦争をくぐり抜けて日本の大学を卒業し、サラリーマンになることを疑いませんでした。ましてや海外の学校に進学したり、起業したりするといったことは、考えもしませんでした。正解至上主義が生んだ、言わばホワイトカラーサイボーグだったのです。

そんな私が情報編集力を徹底的に鍛えられたのは、大学を卒業して社会人になってからです。就職先の会社では、正解至上主義が通用しませんでした。営業職で各所を飛び回っていると、想定外のことや二律背反の出来事に日々遭遇します。知識や情報を処理する力だけではそれらに対応し切ることはできず、周囲と協働したり、相手を説得したりするためのコミュニケーション力やプレゼンテーション力が必要で、新規事業を担当した時は、新たなアイデアを生み出し、その実現に向けて論理的に物事を捉え、仮説と検証と修正を繰り返す力も鍛えられました。

選択肢を広げるためには、基礎学力も大事

「情報編集力さえあれば、情報処理力はいらない」ということではありません。情報処理力は、基礎学力の1つです。情報編集力の土台となる基礎的な情報や技術は、豊富なことに越したことはありません。より多くのリソースがあることで、多角的にものを見たり、考えたりすることができますし、他者に自分の考えに納得してもらうためには、様々な具体例を挙げて説明する方が説得力は高まります。また、処理力や編集力の共通の土台は、主に家庭で育まれる人間としての魅力です。それは、育った環境や経験の種類、その蓄積によって影響されますが、企業が人材を採用する際の決め手となるのも、実はこの「基礎的人間力」の部分なのです。

これからの時代に必要な力の逆三角形

学習指導要領にも示されている、これからの時代に求められる資質・能力の3つの柱である「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性等」とも対応している。

学校現場での実践を通じて、自分の信念を形に

都内初の義務教育の民間人校長として、2003年度から杉並区の中学校に赴任した際、私は情報処理力と情報編集力の両方を伸ばす新たな施策を打ち出しました。例えば、「ハンバーガー店を出店するとしたら地図上のどこがいいか」「商売繁盛の方程式を考え出してみよう」といった身近な視点から、簡単には答えが出ない世の中の仕組みをテーマとして扱う「よのなか科」というアクティブ・ラーニング型の授業を始めました。また、地域社会の人たちに学校の中に入ってもらい、教職員と共同で学校を経営してもらう、コミュニティ・スクールの原型とも言える仕組みも取り入れ、自分の信念を形にしていきました。一方、それらの成果は、子どもの基礎学力が上がらないと評価されない現実もあったため、英語を週に7コマ学べるようにしたり、毎週土曜日に大学生に来てもらって宿題をやる寺子屋をやったりもしました。その結果、就任当初はそれほどでもなかった学力は、まず英語で杉並区ナンバーワンになり、ほかの施策も評価されるようになりました。

「ジグソーパズル型」学力から「レゴ型」学力へ

これまで、「情報編集力」「情報処理力」と言ってきましたが、もう少し直感的な比喩で言い換えると、情報編集力は「レゴ型」、情報処理力は「ジグソーパズル型」の学力と言えます。「レゴ型」のレゴは、レゴブロックのことです。レゴブロックは、基本的なピースの組み合わせ次第で、イマジネーションによって何でも作り出すことができます。宇宙船、家、動物、街――遊び手が、「こんなものを作りたい」と思い、そのためにピースを自由に組み合わせ、納得のいくまで試行錯誤して、自分の表したい世界を表現することが可能です。そうした作業は、答えが1つではない問題を解決しようとする時の力、情報編集力と似ていますね。
一方、ジグソーパズルは、完成後の図柄が決まっていて、それを再現するために、決められたピースを組み合わせていきます。決められた正解に向かって、間違いが最小限に収まるように完成させようとする力は、情報処理力の一種であるパターン認識力を鍛えることに適しています。学校の授業ではこれまで、「ピース」=「知識」の一つひとつを教えることが中心で、ピースが組み合わされば完成といった考え方が多くを占めていました。しかし、これからは、子どもはもちろんのこと、年齢を問わず、すべての人たちが絶えず「レゴ型」の学力を高め続け、自分の人生を自分でデザインし、より豊かに楽しめるものにしていく必要があります。学校教育は、その礎を成すものです。1人でも多くの子どもたちが、「ジグソーパズル型」の学力だけではなく、「レゴ型」の学力を身につけて、社会に羽ばたいていってほしいと願っています。

社会の変化に伴う必要な学力の変化

(本記事の執筆者:神田 有希子)

藤原 和博(ふじはら かずひろ)

教育改革実践家、杉並区立和田中学校元校長

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