私はJAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」のプロジェクトマネジャーとして、小惑星から物質の固体と気体のサンプルを採取して地球に持ち帰るという人類初のプロジェクトに携わりました。途中、解決不可能と思うような様々なトラブルに見舞われながらも最終的に成功を収めることができたのは、共通の目標を掲げ、ともに追究した仲間がいたからです。そうした仲間の存在の大切さや大きな仕事をやり遂げることの素晴らしさを、将来を生きる子どもたちや彼らの教育にかかわる方たちにぜひお伝えしたいと思い、今回は私自身の経験やそこから感じたことなどをお話しします。
「はやぶさ2」プロジェクトを成功に導いた力とは
もし、宇宙工学の領域で重要な力は何か?と問われたら、私は「チーム力」と、それを個人の資質・能力に落とし込んで表現した「好奇心」と「共感力」ではないかと答えます。「このミッションは面白い! この先どうなるのだろう? 絶対成功させたい!」といった好奇心や、それに根差したモチベーション、加えて「この人と一緒にやったら、このミッションは面白そうだな、うまくいきそうだな」と周囲に思わせるような、強い思いを周囲に伝播させたり、反対にほかのメンバーからよい影響を受けたりする共感力は、一つひとつのプロジェクト、ひいては宇宙工学や科学技術の進歩に不可欠だと考えるからです。
「はやぶさ2」プロジェクトは、打ち上げてから小惑星の物質サンプルを地球に持ち帰るまで、およそ6年かけて実行されました。当然、打ち上げ前にも、膨大な検討や研究開発の期間がありましたし、前身となるプロジェクトが発足したのは、初号機「はやぶさ」がまだ地球に戻る前の2007年。そこから地球帰還までは実に13年です。しかも「はやぶさ2」は現在拡張ミッションを遂行中で、最終目的地の惑星に到着するのは2031年の予定です。
<「はやぶさ」「はやぶさ2」の概歴>
そのように、宇宙にかかわるプロジェクトは非常に長い期間を要し、かつ、たくさんの人がかかわるのが特徴です。よく、「はやぶさ2」プロジェクトの成功の要因を尋ねられるのですが、成功うんぬん以前に、まずはプロジェクトメンバーの一人ひとりが、1つの目標の達成に向けてやり続けることが大切だと考えています。そして、その原動力となるのが好奇心と言えるのではないでしょうか。
ただ、JAXAのメンバーは、好奇心を前面に打ち出して周囲を引きつけるようなリーダーシップのある人たちばかりではありません。メンバーの好奇心を見極めて、その人が生み出す価値を自分事として受け止めて協力するフォロワーシップが得意な人もいます。両方のタイプの人たちがいて、高い共感力を持ってそれぞれのよさを認め、引き出し合っていることが大切です。そして、仲間として同じ目標を見つめ、各自の好奇心やモチベーションを保ちながら走り続けることが、最終的なプロジェクトの成功の鍵を握ると考えています。
高い技術力が求められるからこそ、仲間づくりが大事
そのように考えるのに至ったのは、「はやぶさ2」プロジェクトならではの難しさを実感し続けてきたからだと思っています。JAXAの数あるプロジェクトは、国の予算と計画に基づき、上層部から遂行しなさいと私たち技術者に「与えられる」ものです。しかし、そのプロジェクトの源泉となっているのは、現場の技術者たちによる問題解決に向けたアイデア出しや検討の積み重ねです。最初は数人の技術者仲間で、「ここにはこのような問題があり、解決する価値がある」「この問題は、このようにしたら解決するのではないか」といったアイデアや技術を持ち寄りながら賛同者を徐々に増やしていくと、ミッションを伴う正式なプロジェクトとして承認されます。つまり、実態はボトムアップ的な要素が非常に大きいのです。
初号機の「はやぶさ」は社会的反響が大きく、そのドラマティックな帰還に世の中が盛り上がりました。それに対して「はやぶさ2」は、初期段階からJAXA内でも「初号機でいろいろやり切ったのに、2号機で新しいことができるのか?」といった懐疑的な声が聞かれました。それでも私は、「これだけ科学技術的に面白く価値のあるものだから、『はやぶさ2』プロジェクトを推進すべきだ」という信念を持ち、仲間に声をかけて準備を進めました。正式にプロジェクト化される前は5人ほどの仲間で取り組んでいましたが、私たちの提案に「面白そうだ」と賛同してくれる人が徐々に増え、プロジェクト発足前には100人を超える人数になっていたと思います。その結果、国による検討がなされ、「はやぶさ2」プロジェクトが正式に決定したのです。その後のメンバーは、最終的には600人を超えるまでになりました(メーカーの下請けや大学の研究者の助手の人たちを入れると数千人規模に上る)。
つまり、専門家としての高い技術力も大切ですが、その技術や問題解決へのモチベーションを生かして、「これ、やったら面白いよね」と互いに思える仲間づくりがとても重要なのです。もし、そうした仲間同士の思いやつながりがないままプロジェクトを進行すると、何らかの問題が生じた時に、「本当にできるの?」「やはり無理だ」などと、ひとごとのように考える人が続出してしまいます。私自身、「はやぶさ2」プロジェクトの前身となる少人数のプロジェクトが立ち上がった当初も、正式なプロジェクトマネジャーを任された以降も、その仲間づくりの点に留意しました。例えば、「はやぶさ2」の設計が少しずつ固まり、オペレーションマニュアルができると、途中からメンバー入りした技術者は、そのマニュアルをこなすだけになってしまいがちです。しかし、技術者というのは、ルールを破るのが大好きなもの。打ち上げから地球帰還までの数年間も、「はやぶさ2」をルール通りに飛ばすだけではなく、今後想定される問題を考えたり、解決したりする、研究や検証の機会を数多くつくりました。それらの成果は、技術者自身が学会で発表し、個人の功績として評価されるようにしつつ、プロジェクトへの興味や参画意識の醸成につながるよう、チームでの活動を行ってきました。
メンバーが各自の好奇心やモチベーションを保ちながら、仲間として同じ目標を見つめ、走り続けることの素晴らしさを感じた瞬間はたくさんあります。中でも小惑星リュウグウへの着陸時のことは忘れられません。着陸前の観測の結果、リュウグウは表面が想定以上にゴツゴツしていて、「はやぶさ2」のスペックを超えた険しい地形であることが分かりました。「これでは着陸は不可能。プロジェクトは失敗か……」と思われましたが、メンバーから「実はかつてこんな研究をしていたのですが」と、悪条件の地面でも使えそうな着陸アイデアがたくさん出てきたのです。結局、元の計画とは全く異なる方法を採用し、無事着陸を成功させることができました。サンプルリターンというミッションを皆が理解し、自分自身の好奇心と、そこから生まれる探究心や技術の研鑽を大切にし続けたことで、長期間にわたってモチベーションを保つことができました。だからこそ、ピンチの際に新しいアイデアを出すことができたのだと思います。
学校ならではの多様な教育活動を
好奇心や共感力は、意図的に伸ばそうとして伸ばせるものではないかもしれません。私は、ロケットや人工衛星の管制室に大勢の関係者が集まり、打ち上げに成功した時などに、皆が「わーっ」と喜び合う光景が大好きでした。たくさんの人が集まって1つのことに挑戦する、その一員になりたかった。そういった場面に居合わせるためには、達成感を得たり、成功を一緒に喜び合ったりするまでの努力を怠らず、個人のスキルを高めてチームに貢献し、他のメンバーとは協調しないといけません。そのように、チームとして最大限の力を発揮することの大切さは、文系、理系に限らず、すべての仕事で必要なのではないでしょうか。学校教育の現場でも、普段の授業や部活動、職員室での先生方同士のやり取りの中に、そうした協調する力を高めるための種はきっと転がっていると思います。知識の授受にとどまらず、学校という集団での学びの場だからこそできる多様な教育活動が展開されることを願ってやみません。
(本記事の執筆者:神田 有希子)
津田 雄一(つだ・ゆういち)
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 教授、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。JAXA宇宙科学研究所「はやぶさ2」拡張ミッションチームプロジェクトマネジャー。