「個別最適な学び」をつくるのは生徒自身
与えるだけでなく余白のデザインを
2021年6月15日、「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」(事務局:ベネッセ教育総合研究所)の主催により、「『個別最適な学び』とは何か?」をテーマにしたトークライブがオンラインで開催された。文部科学省や経済産業省の提言により学校現場でも議論が進む「個別最適な学び」とは何か。そして、そうした学びはどういった指導により実現されるのか。多様な視点から論点を整理し、問題提起した。
■登壇者
東京都・私立広尾学園中学校・高校 堀内 陽介
神奈川県・私立自修館中等教育学校 川澄 勤
教育ジャーナリスト・アクティビスト 後藤 健夫
合同会社楽しい学校コンサルタントSecond 代表 前田 健志
■モデレーター
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 小村 俊平
個別最適化するのは、学習進度や学習量なのか?
ベネッセ教育総合研究所は、2020年4月から毎週、中学校・高校の有志の教員を対象としたオンライン対話「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」を実施している。その一環として、2021年6月15日、同プロジェクトで取り上げたテーマの1つ「個別最適な学び」について議論を深める目的で、プロジェクトメンバーによるトークライブをオンラインで開催した。
まず、モデレーターを務めたベネッセ教育総合研究所の小村俊平主席研究員が、「個別最適な学び」の議論について、現状では
- ① 集団より個別の方がよい
- ② 学びは最適化した方がよい
- ③ 学びは最適化できる
の3つの視点で進められていると指摘。それらの視点の妥当性を含めて、各登壇者が問題意識を出し合った。
最初に論点となったのは、「何を個別最適化するのか」という問題だ。「個別最適な学び」の例には、AIドリルの活用など、知識習得のための個別最適化が話題に挙がることが多い。その背景を、教育ジャーナリスト・アクティビストの後藤健夫氏は「『個別最適な学び』の議論は、元々、問題解決型学習などの充実を図るため、テクノロジーを用いて知識習得のための学びを効率化し、学習時間を圧縮するという発想から出てきたからです」と説明した。
すると、小村主席研究員が、「学びの動機や目標の個別最適化についても考える必要があるのではないでしょうか」と問題を提起。登壇者からも、どういった学びを個別最適化するかを明確にしようという声が上がった。
東京都・私立広尾学園中学校・高校の堀内陽介先生は、「個別最適化すべき対象は、学びのゴールなのか、それともプロセスなのか。さらには、ゴールやプロセスは誰がどのように決めるのかといったことをきちんと考える必要があります」と強調した。
神奈川県・私立自修館中等教育学校の川澄勤先生は、自校で「個別最適な学び」に関して生徒に聞き取り調査を行った結果、生徒と教師の認識のずれがあったと語った。「『個別最適な学び』について、生徒は、教師が生徒それぞれの学び方に合わせた指導を行うイメージを持つのに対し、教師は、知識習得の個別最適化と捉えることが多いようです。取り組み以前に、捉え方が異なりがちであることを認識する必要があるでしょう」と考えを示した。
学びへの動機と主体性から「個別最適な学び」は生まれる
「個別最適な学び」とは、具体的にどういった学びなのか。合同会社楽しい学校コンサルタントSecond代表の前田健志氏は、対話のきっかけとして、各登壇者が体験した「個別最適な学び」を聞きたいと問いかけた。
すると、後藤氏は、「私が子どもの頃、学校では一律一斉が重視されていたので、学校での『個別最適な学び』の体験は思い浮かびません。小学校低学年の頃、自分から姉の教科書を読み進めて学んだことが、それに近い学びかもしれません」と話した。
川澄先生は、「大学時代、お酒の席で教授に数時間にわたり質問を投げかけていると、新たな問いが次々に出てきました。対話によって、学生と教授の双方にとって学びが最適化されていくプロセスだったように思います」と語った。
また、堀内先生は、「大学時代、自分に合った学習の進め方を考えた経験を思い出します。人に会って話を聞いたり、多くの書籍を読んだりと、試行錯誤した経験が今に生きています」と振り返った。
それらの経験談から、「個別最適な学び」には生徒の主体性が欠かせないという共通認識に至った。そして、主体性を引き出すためには、教師ではなく、生徒のための個別最適化であるべきだという考えが出された。「教師が個別最適化された学びを提供するのではなく、生徒が自ら学びを個別最適化する機会をつくるべきではないでしょうか」と、小村主席研究員は新たな視点を示した。
すると、堀内先生は、生徒の主体性を引き出すために必要な学びへの動機づけは、多くの学校が挑戦中のテーマだと指摘。「どう自分なりの人生を歩み、必要な資質・能力を獲得していくのか。そうした学びへの動機づけは、生徒に限らず大人も含めてノウハウが少ないとみています。私はLHRなどで取り組んでいますが、多くの学校がまさに挑戦中のテーマですね」と語った。
学びへの動機はいかにして育つのか。前田氏は、「驚きや疑問などの感情が表面に出たり、学んだことが社会課題と結びついたりした時に加え、他者とのかかわりなどを通した偶然も、学びへの動機づけとして大切だと考えます」と述べた。一方で、後藤氏は「動機こそ個別性が高く、ある状況に対して全員が同じ反応を見せるわけではないため、十分に指導を検討すべきでしょう」と語った。
他者との学び合いで個の学びも充実する
「集団による学び」と「個別の学び」との関係性についても議論された。「個別最適な学び」には、個の中に閉じられた学びというイメージもあるが、学びを外に開いていく過程でこそ個別最適化されやすいのではないかという発言が聞かれた。
堀内先生は、「集団による学びでは、想定外の気づきが生まれることが多く、それが『個別最適な学び』につながりやすい」と、自身の指導経験を踏まえて語った。
川澄先生も、「2人の生徒での話し合いが煮詰まった時、新たな生徒が加わると学びが広がる場合が見られます」と指導経験を語った。
すると、前田氏は、「他者とのかかわりが学びに『広がり』を生み、その後の個人で思考する時間が学びに『深まり』をもたらします。グループワークの後、個々にゆっくり考える時間を十分に設けるのはどうでしょうか」と述べた。
次に議論は、探究学習における「個別最適な学び」に発展した。堀内先生は、勤務校の探究学習について、「初めにグループ内で学びを高め合えると、『クラス全体で協力すれば、もっとすごい結果が得られそうだ』という生徒の期待につながります」と、他者との学びがもたらす学習効果の大きさについて言及した。
探究学習ならではの生徒の支援の難しさを指摘する声も上がった。後藤氏は、「一人ひとりの思いに沿って個別最適化した探究学習を支援する必要がありますが、教師だけでは難しい場合もあります。そうした時に教室外に広がりを持たせられるかどうかが重要です」と考えを示した。
また、小村主席研究員は、「教師がよかれと思って具体的な助言をし過ぎ、生徒の探究が深まらないことも見られます。まずは、『面白いね』『すごいね』など、教師自身が感じたことをリアクションすることが重要でしょう」と述べた。
終盤には、それまでの議論を踏まえて、視聴者が「個別最適な学び」に関する意見を述べ合った。すると、「『個別最適な学び』の実現には、生徒と教師との信頼関係が不可欠だと感じました。学校が安心できる場所だからこそ、生徒は自分らしく行動できるのだと思います」「集団の中で強制的に同じ反応を求めると、個は苦しく感じます。生徒一人ひとりが感じたこと、考えたことを大切にできるようにしたいです」といった意見が寄せられた。
最後に、小村主席研究員は、「本日の議論を通して、『個別最適な学び』は、生徒にとってブラックボックスであってはならないと感じました。生徒が自ら考え判断して個別最適な学びをつくれるような『余白』こそ重要ではないでしょうか」と述べ、トークライブを締めくくった。
■視聴者からの意見・感想
◎「何を最適化するか?」という問いかけにハッとしました。最適はどういった状態なのか、考えさせられました。
◎論点は多岐にわたっていましたが、目指す学びの姿は共通点が多かったと感じました。教える側の思考が客観視できて勉強になりました。
◎単にAIドリルで正解するまで問題を解くことが、個別最適な学びではないと分かりました。
◎偶然を担保する場や環境を提供し続けること、生徒の学びを応援し続けることは、大事だと改めて思いました。
◎生徒に発問しても、時間がないからと教師が解答例を言ってしまうと、生徒は「あ〜あ」と残念そうな表情をします。問いをゆっくり深める「余白」は、個別最適な学びに重要だと思いました。
生徒の気づきと学びを最大化するPJ