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学びに向かうには「考える力」がまず必要~そのためのたくさんの機会を用意したい~

2024/11/14 09:30

全国の教育長は、どのような視点で教育施策を考案しているのか。地域に密着しているベネッセの各拠点の支社長がインタビューしていく。第2回は鹿児島市教育委員会教育長の原之園哲哉氏。原之園教育長が今、重視しているのは、学びに向かう力の根源となる「考える力」の育成だという。「考える力」をどのように捉え、どのような教育施策を推進してしているのか。その背景にある自身の経験とともに話を聞いた。

 

鹿児島市 概要

鹿児島県の県庁所在地であり、九州南部を代表する中核都市。県内人口の3分の1が集中する大都市ながら、市内面積の半数以上を森林が占め、鹿児島県のシンボルである桜島を市街地から望めるなど、自然との距離が近い。

人口 約59万人
面積 546.95㎢
市立学校数 小学校79校、中学校39校  高校3校
職員数3,608人
児童生徒数49,923人

お話を伺った教育長

原之園哲哉(はらのその てつや)

(プロフィール)
鹿児島県鹿屋(かのや)市出身。鹿児島県教育次長、鹿児島県立甲南高校、鹿児島大学大学院教授を歴任後、2022年4月より現職。県立高校教員を経て、自身のさらなる成長のため、鳴門教育大学大学院へ進学した過去がある。座右の銘は「落ちるりんごを待つな」「二兎ではなく、三兎を追え」。

聞き手

中川 雅文(なかがわ まさふみ)

(株)ベネッセコーポレーション
エリア事業推進本部 九州支社長
中川 雅文

1.「考える力」への思いを現実へ

<中川>鹿児島市が重点を置かれている教育方針について教えてください。

<原之園>本市は、学習指導要領で示されている育成を目指す資質・能力の3つの柱のうち、特に「学びに向かう力、人間性等」に焦点をあてた教育施策を推進しています。

変化の激しい時代において、これから社会に出ていく子どもたちには、どんな分野に進むにしても、進んだ先で学び続けることが求められます。私はこれまで、各分野で活躍している様々な方にお会いしてきましたが、どの方も謙虚に学び続ける姿勢をお持ちでした。学び続ける上で土台として私が重視しているのが、「考える力」です。

鹿児島大学大学院に教授として着任した頃、ちょうど「アクティブ・ラーニング」が注目され始め、大学院でも学生同士が徹底的に議論するタイプの授業が行われるようになってきていました。学生たちの半数が現職の学校教員ですから、学んだアクティブ・ラーニングの視点からの授業改善に学校現場ですぐに取り組みました。そうした実践で私は、子どもたちが意見を出し合い、人とのつながりの中で、前向きに学びに向かっていく様子を目のあたりにしました。当時のアクティブ・ラーニングは、もしかすると手探り状態だったかもしれません。しかし、子どもたちは確かに変わっていったのです。一方で学校現場の現状として、教員にしても子どもにしても、ただ人の話を聞いて、どこかから借りてきた言葉を反射的に返すような姿も少なからずみられることを危惧(ぐ)しています。社会学者の宮台真司さんの言葉を借りるなら、「言葉の自動機械」になってはいけません。言葉を受け止めて考える過程こそ、子どもを学びに向かわせる原動力となるものです。そう感じて以来、私は考える力を養うすべをずっと考えています。

<中川>子どもたちに「考える力」を育むために取り組まれている施策を教えてください。

<原之園>1つは、探究学習の充実がです。「未来探究プログラム推進事業」では、様々な企業と連携して探究学習のプログラムを、各学校で展開しています。

探究学習には大きな可能性を感じています。私は鹿児島大学の大学院へ赴任する前に、鹿児島県立甲南高校の校長を務めていました。同校ではSGH(スーパー・グローバル・ハイスクール)に指定されたことを契機に、年間で延べ100人を超える大学教授にご来校いただき、数多くの講座を開いて、アカデミックな学びを深めながら英語で論文を書くプログラムを実施しました。優秀な生徒には、イギリスのオックスフォード大学での研修も受けてもらいました。それらは、生徒たちが自分で考えを深め、考えを言葉にする学びでした。そうした学びを、これからもどんどんつくっていきたいと思っています。

今、本市で展開している、高校生を対象とした「Stanford e-Kagoshima City」は、甲南高校での取り組みからヒントを得たプログラムです。同プログラムでは、アメリカのスタンフォード大学の教育機関SPICE(スパイス)の専任講師による年間12回のオンライン授業を配信し、地方創生や起業家精神、多様性などのテーマについて、ディスカッションやプレゼンテーションをしながら深く学びます。成績優秀者には、スタンフォード大学から修了証が授与されます。

図1:「Stanford e-Kagoshima City」の第2期開講式の様子 2024年9月に実施された。
スタンフォード大学へ派遣された第1期生の報告やスタンフォード大学異文化理解教育プログラムの講義を受け、参加者たちは、世界へ羽ばたくための第一歩を踏み出した

ほかにも、沖縄科学技術大学院大学(OIST)を見学し、同大学の学生や研究者と英語で研究内容について語り合うプログラムや、少年自然の家に宿泊しながら郷土の自然や歴史に関するフィールドワークを行う「かごしま創志塾」など、探究を重視した様々な学びの機会を高校生に提供しています。

私の好きな寓話に、「仏様の指」という次のような話があります。「ぬかるみにはまってしまった荷車を、一生懸命引っ張り出そうとしている男がいた。その男には見えない仏様が荷車を指でそっと押したところ、荷車はぬかるみを脱出。男は仏様のご加護があったことを知らずに、自分の努力に達成感や自信を感じながら、また道を進んでいった」という話です。私はその仏様のような教員こそ、理想の教員だと確信しています。子どもたちが一歩を踏み出そうとしている時、教員がそっと背中を押せる機会をどんどんつくっていきたいのです。

<中川>「仏様の指」、押されている人に気づかれず、次に向かう力を与えているところが素敵ですね。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の訪問プログラムについても教えてください。

<原之園>実際に私も同大学を見学して、非常に感動しました。大学内の建物から全然違っていて、まるでテーマパークのようなワクワクするデザインなのです。大自然の中にキャンパスがあって、寄宿舎はモダンな一戸建て、大学の公用語は英語と、日本の一般的な大学とは全く趣が違いました。もちろん、研究者も優秀で、論文の引用数は世界9位、ノーベル賞の受賞者もいます。ぜひ子どもたちにも見せたいと感じました。

2.子どもも教職員も、「落ちるりんごを待つな」

<原之園>私は元々国語科の教員で、本を読むのが好きなのですが、読書もまた、「考える力」を身につけるための有効な手立てだと考えています。読書は書き手との対話を通じて、豊かな思考が生まれます。そうした考えの下、市内すべての小・中学生が1人1台端末から、電子図書館にアクセスできる環境を整備しました。

本市には現在、2つの市立図書館があるのですが、本市は面積が広いため、車がないと図書館に行けない子どもも少なくありません。まだ電子図書の数が少ないのが課題ですが、読書への入り口になればと考えています。

図2:鹿児島市電子図書館イメージ
https://lib.kagoshima-city.jp/lib/school.html

<中川>体験を重視した探究学習に、読書、デジタルの利用と、実に多彩な「考える」機会を提供されていますね。

<原之園>いろいろな方策を試すことが重要だと考えています。教員時代から当時の生徒にもよく言っていた「落ちるりんごを待つな」という言葉を、今は教職員に対して言っています。私の好きな、伊集院静さんの詩です。待っているとりんごは木から落ちて腐ってしまうため、木になっている一番おいしい時のりんごを、少々危険を冒してでも自分から取りに行かなければならないということを伝えた詩です。子どもにしても教職員にしても、チャレンジしないと何も始まりません。駄目だったら引き返せばよいのですから、何にでも手を出して、どんどん実を取りにいくべきです。

教育DXも、今、取りにいこうとしているりんごの1つです。教育DX担当部長という役職を新たに設け、教育委員会の各課のDXに関する業務を統合的に所管することで、教育委員会全体のDXを推進しています。例えば、紙やFAXを減らし、学校への連絡ツールを統一することも、DXの1つです。そうした施策で教職員の負担を減らし、生み出された時間をで子どもたちの「考える力」を育む方策を考えてもらいたいと思っています。目的ではなく手段の1つとして、DXへの期待は小さくありません。

3.子どもたちには、自分よりも早く挑戦してもらいたい

<中川>原之園教育長がチャレンジを大事にされているのがよく分かりました。そうした思いはどういったご経験から来ているのでしょうか。

<原之園>鹿児島県の中でも地方の出身だった私は、実は小さい頃から人前に出るのが苦手でした。高校生になった時、都会に出たかった私は、東京への進学を考えました。当時は鹿児島県から大学進学というと、普通は九州の大学をねらうものでしたから、少し変わっていたのかもしれません。入学したのは千葉大学文学部だったのですが、そこでいろいろな人との出会いや機会があったことで、恥ずかしがり屋だった私は何と演劇部に入り、演劇に熱中することになったのです。自分たちで小劇場をつくって、いろいろな舞台も上演しました。人前に立つのは今でも苦手で、式典も好きではないのですが、それでも大学での体験が、引っ込み思案だった私を変えてくれたと感じています。

社会人になってからは大きな挫折もありました。鹿児島県立鶴丸高校に赴任し、教科会でテスト問題を検討していた時、他の先生方の作問能力の高さや、1問1問の内容を徹底的に議論する姿勢に、「自分は駄目だ」と打ちのめされました。その経験から、「変わらなければ」と一念発起して鳴門教育大学大学院に進学し、国語科教員の大村はまさんを研究していた世羅博昭先生に師事しました。

それが私にとって実に大きな体験で、大村はまさんからも、世羅先生からも、自分の教育観を変えるたくさんの教えをいただきました。特に世羅先生は、鹿児島県の学生は珍しいからと、正月も夏季休暇も関係なく、いつも夜中まで議論につき合ってくださいましたし、たくさんの研究会に連れていってくださいました。「仏様の指」も、実は大村はまさんの著作を読んで知った話で、その時からずっと、私の理想とする教育・教員像になっています。

私の場合は大学生や教員になってからでしたが、今の子どもたちにはもっと早く、そうした自分の価値観を変える体験をしてほしいと思います。そのためにも我々大人はチャレンジしていくべきですし、子どもたちもチャレンジしていくべきです。「考える力」を自分のものにできている子どもはまだ多くありません。今取り組んでいることを一歩ずつ、着実に進めていきたいと考えています。

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