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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2023年度 8月号

【誌面連動】自分だけの問いにこだわって追究する探究学習「鳳凰学」とは? 山梨県立甲府西高校

2023/08/21 09:30

国際バカロレア(以下、IB。*)の認定校である山梨県立甲府西高校は、1〜3年次の「総合的な探究の時間」において、3年次の論文作成・発表を目標とした探究学習「鳳凰学」を行っている。その発表大会「n-Quest西高探究の日」が、2023年7月に開催された。本記事では、同大会の模様をリポートするとともに、同校の探究学習の運営上の工夫やその成果、今後の課題について紹介する。

探究学習の授業の様子は、こちらの記事をご覧ください。
view-next.benesse.jp/view_section/bkn-hs/article16589/

*スイスのジュネーブで設立された非営利団体で、3歳から19歳までの国際的な教育プログラムを開発・提供している。

学校概要
◎設立 1902(明治35)年
◎形態 全日制/普通科/共学
◎生徒数 1学年約200人
◎2022年度卒業生進路実績 国公立大は、北海道大、筑波大、お茶の水女子大、東京外国語大、横浜国立大、山梨大、名古屋大、都留文科大、山梨県立大などに124人が合格。私立大は、慶應義塾大、上智大、東京理科大、早稲田大などに延べ436人が合格。

齊藤正樹(さいとう・まさき)

総合企画部主任、探究チーム
同校に赴任して19年目。公民科(政治経済)。

松田光司(まつだ・こうじ)

総合企画部副主任、探究チーム
同校に赴任して6年目。3年次担任。理科(生物)。

天野圭(あまの・けい)

総合企画部探究チーム
同校に赴任して8年目。芸術科(美術)。

鈴木唯(すずき・ゆい)

総合企画部探究チーム
同校に赴任して3年目。地理歴史科(地理)。

こだわったのは、「生徒が自分の問いを立てること」

山梨県立甲府西高校は、2018年度から、「鳳凰学」と名づけた探究学習を「総合的な探究の時間」に実施している。生徒が自らテーマを設定し、実験・観察、文献・アンケート調査、インタビュー等の手法を用いて研究。3年次にその結果を論文にまとめ、社会に向けて発信する(図1)。

図1 「鳳凰学」の流れ

カリキュラム上の最終目標は「論文作成」とした。その理由を、総合企画部主任で、探究チームの齊藤正樹先生は次のように説明する。
「現在の社会では、これまでの知識では対応しきれない問題が生じています。人類は、問題が起きる度に、英知を振り絞って対策をしなければなりません。そのためには、問題の本質を探りあて、解決方法を客観的に記述する力が必要です。それらの力は、論文作成の過程を通じて育成できると考えました」

また、「自分自身の問い」を大切にすることにもこだわった。SDGsを研究テーマにしたり、グループで1つのテーマを探究したりする方法もある中、同校は、生徒一人ひとりがリサーチ・クエスチョン(以下、RQ)を立てる個人探究とした。
「生徒それぞれで、生活環境や価値観、抱えている問題などは異なります。問いの内容や探究の手法が稚拙であったとしても、自分が疑問に思ったことを、悩んだり苦しんだりしながら追究し、そこで分かったことを自分の言葉で発信して、それを他者に評価されることこそが、生徒の大きな成長につながると考えました」(齊藤先生)

IB認定校であることから、カリキュラムにはTOK(Theory Of Knowledge、知の理論)のノウハウを取り入れた。TOKは、IBが目指す人材像(探究する人、知識のある人、考える人、信念を持つ人、挑戦する人など)を育成するための、批判的思考(Critical Thinking)を重視した学習・探究の理論である。それを1年次の1学期の段階で集中的に学び、その後の教科学習や探究学習に生かせるようにしている。

大切なのは対話。生徒自身に気づかせる

「鳳凰学」の3年間の指導計画や授業案などは、総合企画部探究チームの4人が中心となって作成し、それらに基づいて、各学年の授業担当5人が授業を進めている。
2年次以降は、全教師がスーパーバイザー(以下、SV)となって1人あたり5~6人の生徒を受け持ち、実験・リサーチ、論文作成、発表などを支援する。どのSVから支援を受けるのかは、生徒自身が選択する。年度の初めに、各SVの得意分野や趣味などの一覧表を作成。生徒はそれを基に希望するSVを選び、最終的に探究チームが調整をして、SVを確定させている。

探究チームの天野圭先生は、「生徒との対話を大切にしてほしい」とSVに伝えているという。
「教師が生徒に問いかけて、生徒が内面に持つものを言語化させることで、自分は何をしたいのかを、生徒自身で見つけられるような支援をしようと、SVと目線合わせをしています。SVが助言したことにそのまま取り組むのではなく、生徒自身が気づいてこそ、生徒は主体的に探究に取り組めるようになるからです」

生徒や教師の様子を踏まえ、カリキュラムを毎年改訂

カリキュラムは、探究チームが毎年見直している。
例えば、1年次の試行論文では、山梨の問題の中から、生徒は各自で研究テーマを決めるが、「人口流出」「自然保護」など、毎年同じ問題が上がり、研究テーマは似たようなものになる。そこで23年度は、RQを立てる際、IBの「知識の領域(AOK)」を取り入れた。AOKのうち、「歴史」「芸術」「数学」「自然科学」「人間科学」の5領域を自分の関心にかけ合わせることで、どのような学問的アプローチが可能かを考える工程を設けた。
2年次のRQでは、先行研究の調査において、キーワード検索でつまずく生徒が多かったため、「SVや司書など、他者の力を借りて新しい切り口を見つける」を加えることで、試行錯誤を繰り返し、自分で修正できるようにした。

また、各クラスで発表を行う意義を明記する、指導案の改訂も行った。その理由を、探究チームの鈴木唯先生は次のように説明する。
「発表は、生徒同士が刺激を与え合う場でもあります。本校はおとなしい生徒が多い分、普段見せない力を発表の場で発揮して、周りを驚かせることも少なくありません。『あの子は、あんなことを考えているんだ』『自分ももっと頑張ろう』などと、生徒同士で切磋琢磨することが、探究学習の学校全体の底上げにつながると考えています」

各クラスの優秀者計10人が全校生徒の前で発表

23年7月には、3年次生の課題研究論文発表大会「n-Quest西高探究の日」が開催された(図2)。

図2 課題研究論文発表大会「n-Quest西高探究の日」概要

発表者は各クラス2人の計10人で、SVの推薦を基に探究チームが選抜。7月上旬に発表者が決定すると、探究チームが発表者1人につき4回程度、発表に向けた指導を行った。発表は論文をそのまま読み上げるわけではないため、強調すべきポイントの絞り込みや、投影するスライドの選び方をアドバイスし、6月のクラス発表の時よりも、発表の内容やスキルに磨きがかかるよう支援した。

発表大会当日、高見澤圭一校長は冒頭の挨拶で次のように述べた。
「不確実で予測困難な社会で必要なのは、直面する問題の本質を探りあて、解決方法を考えて議論し、発表して社会で共有することです。また、皆さんは、各教科の授業で、多様な見方や考え方、思考・判断・表現の方法を学んでいます。それらを通して、柔軟に物事を見たり、考えたりする力を身につけることを期待しています」

審査員の紹介が終わると、1人10分間の発表がスタートした。
発表内容は、身近な環境問題に着目したものや、外国の貧困・健康問題に切り込んだもの、平和教育・英語教育・奨学金制度といった、生徒自身にかかわる教育インフラをテーマとしたもの、また、身近な悩みに対して物理・数学的な側面から解決を目指した研究など、独自の着眼点や柔軟な発想に基づくものだった。
発表者は、身振り手振りを交えながら、目線をしっかりと客席に向けて発表した(写真1)。

写真1 発表の様子。発表者は、ステージを左右に動き回り、時には内輪ネタを織り込んで笑いを誘うなど、練習の成果をいかんなく発揮していた。

発表後には、審査員から鋭い質問が投げかけられた。「実験は何回行いましたか?」「都市部と異なる農村部特有の問題は何ですか?」「前提の立証はできますか?」「他国の制度は調べましたか?」といった質問に対して生徒は、研究環境や調査方法について説明したり、先行研究を取り上げて回答したりした。
「発表者と審査員のやり取りを通じて、研究・調査の厳しさや奥深さを、発表者の生徒はもちろん、客席の生徒も感じたことと思います」(齋藤先生)

全員の発表が終わると、聴衆の生徒と教職員は、優秀だと思った発表者を3人選び、オンラインのアンケートフォームを利用して投票(写真2)。その集計結果も踏まえて、審査員が協議した末、最優秀賞には「タイ王国の農村部を対象とした栄養調査の実施及び考察」が輝いた。

写真2 生徒も審査員として、優秀だと思った発表者にオンラインのアンケートフォームで投票。自動集計された投票結果は、審査員長や特別審査員らが行う協議材料とされた。

表彰式の後、審査委員長を務めた、同校卒業生でもある広島大学の松村悟助教が、講評を述べた(写真3)。
「自分で考えた問いの答えを、自ら活路を切り拓いて探す姿を見ることができて楽しかったです。これからも、泥臭い努力を積み重ね、広い視野を持って探究に取り組んでください」

写真3 審査委員長と特別審査委員から講評が述べられた。

特別審査委員を務めた岡山理科大学のダッタ・シャミ教授は、「今日の取り組みの意義を、30秒で考えてみてください」と会場全体に問いかけた。そして、たっぷり間を置いてから、生徒の研究を次のように称えた。
「生徒の主体性にここまで任せる学校はそうはありません。多くの生徒が先行研究を調べ、誰も踏み込んでいないテーマを選び、自らの疑問を突き詰めていたことが印象的でした。また、質問に対して『分からない』と率直に答えたり、研究の結果、新しい疑問が湧いてきたことを素直に認めたりするのは、勇気がいることです。そのように、自分の研究の限界を自分で理解し、自覚している姿は、リサーチマインドとして素晴らしいと思います」

探究学習と希望進路をいかに関連づけるか

「鳳凰学」を始めて5年が経ち、同校の教師は、生徒の変化を感じ取っている。同校は元々内向きで、おとなしい性格の生徒が多かったが、探究学習の成果を外部に発信する生徒が年々増えている。22年度には1年次生の3人が、県内の自治体が主催する「地域課題探究コンペティション」に応募し、高い評価を得た。一般社団法人Glocal Academy主催の「高校生国際シンポジウム」に論文を提出し、書類審査を通過して本大会出場を決めた生徒もいた。

今後の課題は、探究学習の取り組みを大学入試につなげていくことだと、探究チームの松田光司先生は語る。

「探究学習で取り組んだテーマを大学でも研究したいと、東京大学の学校推薦型選抜にチャレンジする生徒も出るようになりました。探究学習の目的は大学入試での利用ではありませんが、相乗効果があるのも事実です。RQを進路選択につなげるような、内発的なモチベーションを持った生徒を、これからも育てていきたいと思っています」

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