これからの教育は、学校に加えて地域や企業、アカデミアが連携し、それぞれの特徴、機能を生かした役割を果たし、行政とともに、新たに、人々の「個」を生かす教育システムの構築をすることが重要だと考えています。この中で人間社会への価値貢献の最前線にいる企業の果たすべき役割は大きく、企業人は、これからの人間社会への「価値創造」を支える人材の育成を司る教育のあるべき姿を真剣に考え、学校現場や教育行政の方々とも議論を交わし人材育成に貢献すべきと考えています。今回は、2023年に経済同友会が公表した日本の教育に関する提言の基本的な考え方をお伝えするとともに、私自身の経験などを踏まえた個人的な考えも交えて、人が社会に出て自らを生かす「価値創造力」の大切さや、それを育成する上で期待される教育のありようについてお話しさせていただきます。

経済同友会が考える教育の一丁目一番地は
「価値創造力」の育成

経済同友会では、1990年代から教育について考え、学校との交流活動を深めながら、社会に向けて様々な教育提言を行ってきました。今回お話しさせていただく、人が生きる上で重要な、人間社会に向けた「価値創造力」のための教育に関しては、人材に必要な力とその育成、教育環境のあり方等を2年かけて議論し、提言として取りまとめたものを2023年4月に公表しています(図1)。私は、教育改革委員会の委員長として提言の取りまとめに携わりました。

図1 経済同友会が2023年に公表した提言「価値創造人材の育成に向けた 教育トランスフォーメーション(EX)~個の主体性を尊重し多様性を育てる教育とそれを支える社会環境の整備~」のポイント

経済と聞くと、お金の動きを中心にした人間社会の活動をイメージしがちですが、「経済」は、中国の古語「経世済民」に由来し、本来、人間社会のありようを考え、その国の人々を豊かにする施策を行うことを意味します。その経済活動の主体の1つが企業です。企業は人間社会のために価値を創造し、人間社会の持続性に貢献することで初めて人間社会から評価され、お金をいただくことができます。そして、これらを基に「新たな価値創造」に投資をし、企業を維持しながら、さらなる「価値創造のサイクル」を生み出します。

「価値創造の主体は人間」であり、個々人が自らを生かして何らかの価値を創造し、その価値が人間社会の持続性に貢献することで、人は「生きる」ことができ、そして社会も持続性を維持できます。学習指導要領のキーワードにもある「生きる力」とは、人が価値を創造し続けることで叶う、「人間社会を持続させる力」とも言えます。そして、企業は一人ではできない大きな価値を、人が集まり自らの力を生かして創造する、「価値創造の場」なのです。

すなわち教育を通して、「生きる力」としての「価値創造力」を養うことが重要で、「価値創造力」は、①人間社会の課題を明示化し、②答えが1つではないその課題に対して、その解決法を多様な人々とともに論理的に考え、③リーダーシップを発揮しながら解を導く力の育成とも言えるでしょう。もう1つ「生きる力」として教育を通して備えるべきものは「自立する力」です。自分で考え、自ら判断する力こそが「自立する力」の基本です。このためには、「自らの判断基盤」を、教育を通して、広く厚く構築することが必要です。価値創造をする上では、この「価値創造力」と「自立する力」は対をなすものであり必須の力です。そして、イノベーティブなソリューションによる高い価値創造には、「多様性」の育成が重要で、このためには、「個の主体性」を尊重した教育環境を整えることが必要だと考えます。

経済同友会では、企業の側から見て、「日本の教育は自立する力や価値創造力を育てているか? そうした力をいかに育てるか?」を常に考えながら活動しています。今回の提言については、文部科学省や内閣府などの関連機関の方々ともお話しをする機会を持ちましたが、方向性に関して深いご理解をいただくことができました。

「教える教育」とともに「育てる教育」に重きを置く教育を!

先が見通せないVUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)の現代においては、事の本質、人間社会の本質を見極める判断力が求められ、また、この判断をベースとした価値創造が真に人間社会の持続性に大きな貢献をします。これを支えるのが「自立する力」と、多様性に富んだ「価値創造力」です。これらを担う人材を育てるには、コンテンツを中心とした「教える教育」のみでなく、「個の主体性」を尊重した「育てる教育」による多様性や人間社会を理解しながら解を創りだす探究型人間の育成が必須です。そしてこれらの教育は、脳が最も成長する初等中等教育の段階からなされることが重要であると思います。近年、これらが少し意識され始めましたが、従来の「教える教育」が依然として中心であることは否めません。

将棋や囲碁、音楽、スポーツなどの領域では、本人の能力や意欲さえあれば年齢と同期することなく、「個」の才能を自ら評価し、自ら伸ばす機会が用意されています。しかし現在の日本の教育システムでは、学年ごとに学ぶ内容が決められており、「個の主体性」を尊重した教育システムとはなっておらず、多様性を持った価値創造力は育ちません。「個の主体性」を尊重して、一人ひとりの特徴に応じた才能を育て、伸ばすことで多様性を「育てる教育」を取り込む変革は、人口減少の中でも高い価値を創造し続ける観点からも急務です。

Fun-Will-Effortを支援する環境をつくる

「個の主体性」を尊重した教育を考える上では、「個」が興味を示す領域の育成を大切にし、基本とすることが重要でしょう。経済同友会の今回の報告では、これを踏まえて教育の軸は「Fun-Will-Effort」、というキーワードを提唱しています(図2)。そのキーワードは、委員の方々と議論を深める中で皆が行きついた教育の軸です。簡単に説明します。

図2 「育てる教育」を支える環境整備

イノベーティブなソリューションを創造するには、多様性が必要であるとよく言われますが、多様性を育てる教育に関する意見はあまり耳にしません。委員会では、多様性を育てるには一人ひとりの「個の主体性」を育むことが重要と考えました。そのためには、人間社会の様々な事象の中から、子どもたちが自ら興味・関心(Fun)を抱く領域やテーマを見つけられるような環境を整えることが必要です。次に、自らのFunを見つけることができると、「これについてもう少し知りたい」といった人間生来の意志(Will)が必ず働きます。そのWill を実行する中で、さらに興味が増した領域に対する理解を深め、自らの力にしたいと思うようになるわけですが、興味を持ったことを自分の力にしようとする際は、主体的に学ぶ努力(Effort)が求められるので、その努力を後押しする仕組みも必要です。

つまり、教育システム全体として、Fun-Will-Effortを軸とした仕組み、「Funを見つける」環境づくりから、「自らの力」とするまでの成長を後押しするサポートまで、しっかりと支える仕組みを教育システムとして構築すべきです。これにより、個の主体性を尊重した多様性が育てられることになると考えます。特に、Funのきっかけをつくるところでは、囲碁や将棋、芸術、スポーツと同様に、生物、農学、数学、物理、文学、歴史、語学等々において、アカデミアのスペシャリストの方々による、子どもたちの興味を引くようなやさしい解説が必要でしょうし、WillやEffortの意欲を継続的に支える役割を果たすメンターも必要で、育成が必須です。

これらのシステムでは、教育の平等性を考えると、地方にいても、離島にいても、子らが皆嬉々としてFunを感じ、Will、Effortという、各々の「個の主体性」を育てる教育を受けることができるようにすることが必須であり、これを実現する上ではICTの最大活用が求められます。これは現在推し進められているGIGAスクール構想の延長であり、費用、人材の効率的な活用にもつながり、有効な育てる教育システムになるはずです。人口減少が教育に大きな影響を与える前に、これらのスピーディーな構築が望まれます。

学校教育におけるFun-Will-Effortの実践例はまだ少数にとどまっています。将棋や囲碁、音楽やスポーツなど、学校外教育では存在する、個の主体性や多様性を育てる教育を、日本の新たな教育システムとして取り込む努力が産官学協力の下でなされる事が必要です。

後編では、学習指導要領でも重視されている「コンピテンシー」や、企業の姿勢や関与などにも触れながら、価値創造人材の育成について話を進めていきます。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

 

遠藤信博(えんどう・のぶひろ)

日本電気(NEC) 特別顧問、経済同友会・2022年度教育改革委員会委員長

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