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  • 【誌面連動】『VIEW next』教育委員会版 2022年度 Vol.2

<特別企画>
「ナゴヤ・スクール・イノベーション事業」を、スピード感を持って、横展開×縦連携し、真の「個別最適な学び」の早期実現を目指す
~愛知県 名古屋市教育委員会 教育長 坪田 知広

2022/09/15 09:00

名古屋市教育委員会は、「学校がすべての子どもにとってよりよい成長の機会となること」を目指す「ナゴヤ・スクール・イノベーション事業」を2019年度より展開し、学びの転換を図っています(「自由進度学習」の事例については、本誌P.24〜26に掲載)。

同市は、これからの学校教育をどのように進化させていこうとしているのでしょうか。坪田知広教育長に、事業の展望について語っていただきました。

▼本誌記事はこちらをご覧ください(↓)

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名古屋市概要

市立学校数:小学校262 校、中学校110 校、特別支援学校4校、高校14 校
児童生徒数:約17 万6,100 人
教員数:約1 万1,400 人

お話を伺った方

名古屋市教育委員会 教育長 
坪田 知広

つぼた・ともひろ 
1992年、旧文部省入省。体育局競技スポーツ課課長補佐、愛知県警察生活安全部少年課長、三重県教育委員会事務局総括室長、文部科学省初等中等教育局児童生徒課長、独立行政法人国立高等専門学校機構理事等を歴任。2022年7月から現職。

1.モデル実践校の取り組みは、
  スピード感を持って一気に横展開すべき

子ども一人ひとりの興味・関心や能力、進度に応じた「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を図ろうと、2019年度にスタートした「ナゴヤ・スクール・イノベーション事業」(下図)については、7月の着任早々に、モデル実践校である矢田(やだ)小学校と、山吹(やまぶき)小学校を見学しました。
ICTの活用を核とした、学びの個別化・協同化を進める矢田小学校と、自由進度学習による個に応じた学習を進める山吹小学校は、やり方こそ異なりますが、両校の子どもたちは、個々の思いや課題に沿った学習計画を自分で立てて、クラスメートと協力しながら、生き生きと学習に取り組んでいました。そうした姿を見て、「このような授業こそ、モデル実践校だけではなく、早くすべての学校で実践してほしい」と、痛感しました。

自由進度学習については、現行の制度や学習指導要領においても実施は可能です。既にその成果は出ていますから、年度末の成果報告を待たずに、スピード感を持って、明日からでも全校へ横展開を図るべきだと思います。あるべき教育を受けられないまま卒業してしまう子どもたちは可哀想ですし、公教育の観点からも問題があるのではないでしょうか。
例えば、モデル実践校では定期的に授業を公開していますから、他校の先生方には積極的に参観していただき、そこで得た学びや気づきを自分が受け持つ授業で、すぐに生かすことを期待しています。最初は、そのまま模倣でよいので、とにかく早く実践することが重要です。まずは自分の授業でできることから始めて、徐々に範囲を広げるなど、バージョンアップしていけばよいと思います。

また、各学校、各教員が独自に工夫できることもあるはずです。例えば、宿題はいまだに、全員一律に同じ課題・量を課してはいないでしょうか。子どもの学習状況や興味・関心などに応じて、「一人ひとりに合った宿題を出せないか」「それはどうすれば可能になるのか」といったことを考え、実践しようとするだけでも、学校独自の取り組みになるのです。
教育委員会には、そうした各学校の有効な実践事例を即時に共有化できるプラットフォームを設けるなど、スピード感を持って横展開を図る役割が求められます。教育長としても、「先生方には、すぐにでも一歩を踏み出してほしい」というメッセージを発信し続けていきたいと考えています。

【図】ナゴヤ・スクール・イノベーション事業

※名古屋市教育委員会の提供資料を基に編集部で作成。
 詳しくは「NAGOYA School Innovation」の専用サイトをご覧ください。
 (図をクリックすると、専用サイトに遷移します)

2.学校種を超えた「縦・横・斜め」の連携を目指す

「個別最適な学び」が真の成果を出すためには、小・中・高・大の学校種を超えた縦の連携も必須だと考えています。例えば、小学校で自分の興味・関心や能力、進度に合わせた自由進度学習で学んでいた子どもが、中学校に進学した途端に、従前通りの一斉授業を受けることになったら、それまでの学びが分断されてしまいます。小学校で作成した学びのポートフォリオを中学校、高校へと引き継ぎ、個に応じた学びの支援を連続的に受けられる状態にすることを目指すべきでしょう。

そのためには、ICTやオンラインツールも効果的に活用したいものです。例えば、ある小学生が算数の図形分野で秀でた能力を発揮し、本人もその分野に強い関心を持っている場合には、中学校の「三平方の定理」や、高校の「三角比」の学習用オンライン動画を、先取りして視聴させてもよいと思います。そうして算数に大きな自信が持てれば、学習意欲が高まり、他教科の学習にも興味が広がっていくことが期待できるでしょう。

現状では、「個別最適な学び」や「協働的な学び」は小学校を中心に広がっていますから、縦の連携はこれからの課題です。中学校の先生からは、特に中2・中3になると「高校入試を意識するようになり、調査書を作成する際に、一人ひとりの評価が難しいので……」といった声を聞くことがあります。先取り学習をした子どもの評価方法や、高校入試制度の見直しも視野に入れて、学校改革を検討していくべきでしょう。
そして、縦の連携は、市立学校のみの取り組みに終わらせず、教育委員会が旗振り役となって、県立や私立の学校も巻き込んだ「縦・横・斜め」の連携へと広げていくことが、真の「個別最適な学び」の早期実現につながると考えています。

3.学びに関するデータは、
  子ども一人ひとりの学習支援に積極的に生かす

真の「個別最適な学び」の実現に向けては、データの利活用も重要です。競技スポーツの世界では、タブレットを片手に、選手のコンディションや得手・不得手などのデータを根拠として指導・指揮する監督・コーチを見かけることが増えましたが、教員も同じです。
既に、文部科学省の「全国学力・学習状況調査」や、自治体・学校が独自に行うアセスメントによって、子どもの学習状況や学習習慣に関するデータは蓄積されています。デジタル教材の中には、解答にかかった時間や、つまずいた分野などの学習履歴が、ひと目で分かるものもあります。それらのデータを、正解・不正解といった見方だけでなく、思考の遷移を追うといった観点で個別指導にも活用すれば、子ども一人ひとりの学習到達度や、学びに対する意識・態度を詳細に把握することができるはずです。

また、学習履歴を基に、ある分野につまずいている子どもを集めて指導を行えば、その学年や単元で習得すべき事項の取りこぼしを防ぐことができます。あるいは、「宇宙に興味があるなら、この本がお薦めだよ」「この科学講座に参加してみたら」といった、子ども一人ひとりの長所や強みに着目したアドバイスも、データを根拠に、説得力を持って行うことができます。
これまでは、「データに頼っていては、子どもを正確に見取ることはできない」とか、「データは個人情報にかかわることなので、厳重な管理が必要だ」といったことを理由に、データの利活用に消極的な面があったように思います。しかし、データ活用は時代の潮流です。教育委員会が、データ活用の有効性や活用方法を具体的に示し、「やれない理由」ではなく、「やれる理屈」を積極的に学校現場に発信していくことで、データの利活用に対する先生方のマインドセットを変えていくことが、ますます重要になっていくでしょう。

併せて実現したいのが、子どもの興味・関心や適性を見取りながら、学ぶ内容や学び方などについてアドバイスをする専門家である「学びのカウンセラー」の配置です。塾などでは当然のように、子どもへの個別のカウンセリングが行われていますが、そうしたカウンセリングを、多忙な学校の先生方に代わって「学びのカウンセラー」が担い、教員をフォローしながら、子どもの学びにかかわる体制を築ければ、子ども一人ひとりを伸ばす教育を一層推進していくことができるのではないでしょうか。

本市では、「ナゴヤ・スクール・イノベーション事業」のモデル実践校に限らず、様々な規模の学校が、それぞれの課題に応じて工夫を凝らしています。そして、各学校が、それらの取り組みの中から自校に生かせる点を素早く取り入れ、子ども一人ひとりのために新しい学びをつくっていくことを目指しています。そうした実践を全国にも発信することで、日本の教育をよりよい方向に変えていく一助になれればと考えています。

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