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子どもを主語にした教育を目指す ~教室の景色そのものを変える挑戦に臨む~
2024/11/22 08:30
全国の教育長は、どのような視点で教育施策を考案しているのか。地域に密着しているベネッセの各拠点の支社長がインタビューしていく。第3回は岐阜県岐阜市教育委員会教育長の水川 和彦氏。「一人ひとりが価値ある大切な存在として互いに認め合う教育の推進」を掲げる岐阜市は、2021年度、不登校特例校「草潤中学校」を開校した。同校に関する取り組みを中心に、同市の教育施策と目指す教育のあり方を、水川和彦教育長に聞いた。
岐阜市 概要
清流長良川と織田信長公ゆかりの岐阜城がそびえる金華山(きんかざん)を擁した緑豊かな城下町。長良川の鵜飼(うかい)が全国的に有名。2015年4月、「『信長公のおもてなし』が息づく戦国城下町・岐阜」が、文化庁の日本遺産第1号に認定された。
人口 約39万4000人
面積 203.6 km2
市立学校数 小学校46校、中学校23校、特別支援学校1校、市立高校1校
教職員数( 小1,733 中854 計2,587 )人 ※小・中のみ
児童・生徒数( 小18,623 中9,607 計28,230 )人 ※小・中のみ
お話を伺った教育長
水川 和彦(みずかわ かずひこ)
(プロフィール)
岐阜県飛騨市出身。岐阜県内の小・中学校6校で教員生活を送る。岐阜県教育委員会の義務教育総括監を経て、2017年に東海地方初の義務教育学校である白川郷学園の初代校長に就任。同校を定年退職後は岐阜聖徳学園大学教育学部教授を務め、2021年より現職。
聞き手
相武 貴志(あいむ たかし)
(株)ベネッセコーポレーション
名古屋支社長
1.「学校とは何か?」を問題提起する、草潤中学校の取り組み
<相武>岐阜市が2021年度に開校した草潤中学校が、教育関係者の注目を集めています。
<水川>草潤中学校は、中部地方で初めて設置された公立の不登校特例校(学びの多様化学校)です。従来の学校のシステムになじめず、不登校になる生徒が多いことから、学校側が生徒一人ひとりの思いや願いに合わせるスタイルを目指しています。
例えば、従来の学校では、すべての生徒が決められた時間に決められた教室の座席に座り、決められた教科の学習に取り組みますが、草潤中学校では、そもそも毎日登校することを前提にはしていません。生徒自身が登校スタイルを決めることができ、自宅や特別教室からオンラインで授業を受けることもできます。「セルフデザイン」という授業では、音楽、美術、技術・家庭の基礎を学んだ後に、希望する生徒は特に興味を持った教科を選択して、その教科に集中して学ぶことができます。また、クラス担任制ではなく、生徒が自分で担任を選ぶ個別担任制を採っています。そのように、「生徒自身が選択し、行動できること」が、草潤中学校の大きな特徴です。
生徒による“選択と行動”を成立させるためには、学校が安心できる場所であることが欠かせません。生徒が「いつ学校に行くか」「どこで勉強するか」「どう学ぶか」を選び、その選択を、信頼できる大人が「ありのままのあなたでいいんだよ」と見守る。学校が生徒の意思を受け入れ、尊重することで、生徒にとって学校は安心できる場所になり、生徒たちの心にエネルギーがたまっていくのです。
そのように生徒に選択を委ねるのは、学びの個別最適化を目指すためであり、学習指導要領を否定するものではありません。ただ、従来の授業は基本的な枠組みが決まっていたため、学びは実質的には生徒たちの手元で決定されたものではありませんでした。その点で、草潤中学校の取り組みは、不登校特例校の事例にとどまらず、子どもを主語にする教育の糸口になるだろうと考えています。
<相武>不登校特例校は全国にありますが、草潤中学校の場合、「不登校の生徒がどうしたら学校に通えるようになるか」ということ以前に、「学校とは何であるか」という本質的な問題を提起しています。それが多くの教育関係者から注目される理由だと感じました。では、そうした草潤中学校のモデルを、どうすれば市内の各学校に広げていけるのでしょうか。また、市として、教員の資質・能力の向上につながる施策でお考えになっていることはありますか。
<水川>本市ではこれまでも、教員のキャリアステージに応じた研修を実施してきました。また本市には、市立の特別支援学校があるので、支援学校を可能な限り経験できるような仕組みをつくっています。それと同じように、若い世代の教員が草潤中学校で研修するという形も、一案だと考えています。
2.誰一人取り残さないよう、総合的な不登校対策を打つ
<相武>現在、全国の小・中学校の不登校児童生徒は約30万人と言われており、岐阜市内だけでも1,000人以上の不登校児童生徒がいます。そのため、定員40数人の草潤中学校が、すべての不登校生徒を受け入れられるわけではないと思います。どのような対応をお考えですか。
<水川>単純に欠席日数に注目するのではなく、不登校の詳しい状況や、児童生徒の心理的な状況なども勘案し、誰一人取り残さないよう、総合的な施策を打つというのが本市の方針です。
以前の不登校対策は、教室に戻ることがゴールであり、そうでなければ不十分だと見なされていました。しかし現在ははその生徒にとっての中学校時代をいかに充実させるかを最も大切に考えています。
現在、市内5校の市立中学校に「校内フリースペース」を設け、フリースペース専属の教職員を配置しています。教室には行けなくても学校に来ることができる生徒はフリースペースで過ごすことができます。また、フリースペースにも足を運べない生徒のために週2回、メタバースを活用したオンラインフリースペースを整備しています。オンラインフリースペースには、匿名のアバターでの参加が可能です。
加えて、不登校未然防止、早期対策にも着手しています。
本市の不登校の児童生徒数は1,027人(2023年度)ですが、実は前年度から1人しか増えていません。内訳を見ると、中学校では微増しているものの、小学校では減少しています。小学校と中学校の不登校児童生徒数を比較すると、中学校は小学校の約3倍です。ですから、小学校段階で不登校の児童数を減らせれば、たとえ中学校段階で仮に3倍になったとしても、トータル不登校児童生徒数を減らせると考えています。つまり、「学校が嫌だ」と感じている小学生をどう減らせるかが重要ということです。
<相武>小学校の不登校児童数を減らすために、具体的にどんなことに取り組まれているのでしょうか。
<水川>本市は2023年1月に、子どもの心身の健康をサポートするアプリを、すべての小・中学校に導入しました。児童生徒がその日の体調と気分を選択し、「聞いてほしいボタン」を押せば相談内容を送信することができるアプリです。「聞いてほしいボタン」で、相談したい教員を選択することもでき、指定された教員が対応します。
中学生の場合、「なんとなく学校に行く気がしない」「なんか面白くない」など、抽象的で解決が難しい相談内容が多く見られますが、小学生は「聞いてほしいボタン」を押す回数が多く、「〇〇さんにこう言われたから嫌だ」など、相談内容も具体的で対応しやすいのが特徴です。小学校段階で不安や不満を持つ児童に対して徹底的に対応することで、学校が安心できる場所になり、不登校の減少につながると考えています。
「聞いてほしいボタン」については、押される回数の多い学校ほど、不登校児童生徒数が多いと思われるかもしれません。しかし、実際はその逆で、ボタンが多く押される学校ほど少ないのが実態です。
これは、子どものSOSを受け止める大人がきちんと存在して、解決できていることの表れでしょう。「相談すれば解決できるのだ」と、特に小学生に感じてもらえるようにする。単純なように見えますが、実は重要な方策だと私は考えています。
3.ずっと変わらなかった教室の景色を変えたい
<相武>今後、推進していく施策について、教えてください。
<水川>本市は次年度以降、小中一貫の義務教育学校を新たに2校、開校する予定です。
私は本県で初めての義務教育学校である白川郷学園で校長を務めました。また、大学の教育学部の教壇に立った経験もあります。そこで得た気づきや知見を、新しい義務教育学校づくりに生かしていきたいと考えています。
2025年度に開校予定の藍川(あいかわ)北学園は現在、旧中学校の校舎の改修を進めています。そこには、教室と廊下を隔てず、異学年が集まって活動できるスペースもつくる予定です。給食の時間や休み時間は、小学1年生から中学3年生までが一緒に集まるなど、異年齢活動を日常化します。白川郷学園でも、学齢の異なる児童生徒が同じ空間にいることで互いに刺激を受け、成長につながった場面を何度も目にしました。校内を一巡するだけで教育のコンセプトが分かる学校にしたいと考えています。また、2026年度開校予定の藍東(あいとう)学園では、オランダ・イエナプランに見られるような異年齢による集団編成にも挑戦したいと考えています。
従来の集団指導は合理的ですが、一人ひとりの個性を光らせることが求められる時代では、それが理想的な指導スタイルかと問わると、疑問符がつきます。そうした集団性が、子どもたちを苦しめてきた側面もあるのではないでしょうか。学制が発布されてから約150年間、日本の教室での学びにはほとんど変化がありませんでした。しかし今こそ、教室の景色そのものを変えるべきだと強く感じます。草潤中学校で得た気づきをヒントの1つとして、教室の景色を変えたい。そう考えています。