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- 【誌面連動】『VIEW next』教育委員会版 2024年度 Vol.2
将来を見通して、英語教育やICT環境整備などを先行実施。 本格実施の土台を築く
大阪府 池田市教育委員会
2024/11/22 09:00
「教育日本一」を目指す大阪府池田市は2016年度、子どもの心身の育成や学力向上に関する条例を制定した。その条例に基づき、英語教育や幼児教育、ICT環境の整備などに関する施策を立案し、教育予算を増額して実施。施行9年目の現在も、教育予算が手厚く確保されている。条例制定の背景や施策への影響などについて、池田市教育委員会(以下、市教委)に話を聞いた。
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池田市 概要
大阪府の北西部に位置する。市の北部は五月山(さつきやま)などの豊かな自然が広がる一方、南部は交通の便のよさから住宅街として発展。市内には大阪教育大学の附属学校があり、府内でも文教地区として教育に注力している。
人口 約10万2,640人 面積 22.14㎢
市立学校数 小学校9校、中学校4校、義務教育学校1校
児童生徒数 小学生約5,000人、中学生約2,500人
お話を伺った方
教育政策課 課長
和泉綾子(いずみ・あやこ)
教育政策課 副主幹 教育政策・コミュニティスクール・幼児教育
中野正敏(なかの・まさとし)
[理念を体現した条例名]
市民に分かりやすく発信するため、基本理念を条例の名前に
「教育のまち池田」を掲げ、教育に力を入れてきた池田市は2016年7月、「豊かな心、確かな学力及び健やかな身体を育み、世界に羽ばたく子どもを育てる教育日本一のまち池田条例」(以下、同条例)を制定した。その目的は、同条例の第1条に明記されている通り、「子どもに豊かな心、確かな学力及び健やかな身体を育むための教育」の実現に向けて、市長、教育委員会、学校、保護者、地域団体等のそれぞれの責務と役割を明確にし、教育施策を総合的かつ計画的に進めていくことにある。
※同条例は下記リンク先を参照
豊かな心、確かな学力及び健やかな身体を育み、世界に羽ばたく子どもを育てる教育日本一のまち…
教育部教育政策課の和泉綾子課長は、次のように説明する。
「社会の一員として次世代を担う子どもたちは、まさに市の宝であり、その子どもたちのために日本一質の高い教育をしていこうと、かねてより市として『教育日本一のまち池田』を掲げていたことが、条例制定のきっかけとなりました。条例を市民や保護者に分かりやすく発信したいという思いから、条例名を見れば誰でもその内容が分かるよう、かなり長いのですが、条例の基本理念をそのまま名称にしました」
同条例は、北海道釧路市が2013年1月に施行した「釧路市の子どもたちに基礎学力の習得を保障するための教育の推進に関する条例」を参考に、教育にかかわる人物・組織の責務及び役割を明確にした。
[条例の意義1]
予算が増額され、その時々に必要な特色ある事業を実施
同条例の第4条には、市長の責務として、基本理念に掲げた教育の実現のために「教育委員会の事業に必要な財政上の措置を講ずること」と明記されている。それに基づき毎年度、通常の教育予算に加えて「教育日本一予算」がつけられている。2016年度は総額で約5,000万円だったが、現在はその倍に上るという。
「その時々に必要な特色ある事業に予算がつけられ、教育委員会では『教育日本一予算』を念頭に施策を検討してきました。年度によって施策の内容は異なりますが、いずれの施策も成果を上げています」(和泉課長)
具体的には次のような施策を充実させてきた。
◎英語教育
同市は2004年3月に構造改革特別区域計画の認定を受け、全国に先駆けて市立小学校の全学年に教科としての英語活動を導入。2008年度からは教育課程特例校を設け、英語教育に力を入れてきた。2017年度からは小学校英語の教科化を見据え、「英語教育推進事業」を推進。英語4技能の育成を強化した。小学校に英語専科教員を配置し、中学校ではオンラインでの英語トレーニングを実施。各学校が授業改善のPDCAサイクルを回せるよう、小学6年生、中学1・2年生が対象の英語4技能検定を導入した(2021年度からは対象は小学6年生のみに変更)。
「同じ小学6年生でも、検定を受ける児童は毎年違うため、スコアの変動はありますが、全体的にスコアは上昇傾向にあります(図1)。それは英語教育に関する施策の成果の表れであり、4技能重視の指導を継続するエビデンスとなっています」(和泉課長)
◎ICT環境の整備
2017〜19年度にかけて市立小・中学校の全普通教室に電子黒板を設置し、教員には指導用タブレット端末を配布した。早くから授業でICT機器が使われてきたことで、2021年度にGIGAスクール構想の前倒し実施によって児童生徒に1人1台端末が配備されても、学校現場の混乱は比較的小さかったという。教育部教育政策課の中野正敏副主幹は、次のように語る。
「1人1台端末が配備された時、既にICT活用の有効性についての学校現場の理解は進んでいました。当時もICTの活用が苦手な先生はいましたが、端末の活用はスムーズに進み、授業における端末の活用率は小・中学校とも全校平均を大きく上回っています(図2)。『教育日本一の予算』で、ICT環境を先進的に整備してきた成果だと考えています」
Q.前年度までに受けた授業で、PC・タブレットなどのICT機器を、どの程度使用しましたか。
◎幼児教育
同市では2014年度から5つの各中学校区を学園とし、各学園内で小中一貫教育を推進している。さらに、義務教育を支えるのは幼児教育であると考え、2016年度に、市立幼稚園に「通級指導教室」を開設(2017年度からは私立幼稚園も対象に)。就学前から子どもの特性に合った支援をできるようにした。2018年度には市教委に「幼児教育サポートチーム」を設置。幼児教育の専門知識を持つサポーターが、幼稚園や保育所、認定こども園を訪問し、幼児教育の充実を支援している。また、公立・私立や 幼・保を問わず幼児教育に携わる教職員を対象に、研修会や小学1年生の授業見学も行っている。
「幼稚園と保育所では教育活動が異なり、私立は独自の教育理念や保育理念を掲げていることもありますが、各園・各所の独自性を尊重しつつも、本市が幼児期の学びにおいて大事切にしていることを、公立・私立にかかわらず各園・各所に共有しようと、サポーターの訪問や研修会を始めました。加えて実施した小学1年生の授業見学は、各園・各所ともに小学校での学びを見通した幼児期の学びを考える機会になっています」(中野副主幹)
◎その他の特色ある施策
指導者派遣事業:習熟度別指導や力を入れたい教科・分野の指導、特色ある教育活動など、学校のニーズに応じて教員や専門家を派遣。
地域学習教室事業:中学生対象の放課後学習教室を設置。経済的な事情で通塾できない子どもへの学力向上と家庭学習の支援が事業の主な目的であり、希望者は全員、同教室に通うことができる。
「本施策は、学習意欲の向上や学習習慣の定着に一定の効果がありました。コロナ禍を境に希望者が減ってきているため、いったん施策を終了しました」(中野副主幹)
在日外国人日本語指導支援事業:日本語の理解が困難な子どもや保護者を対象に、通訳の派遣や外部機関との連携など、学校生活を円滑に送れるようにするための支援を行う。同市には自動車工場など、外国人が多く就業する企業があり、外国籍の子どもが増えている。
なお、文部科学省「全国学力・学習状況調査」の同市の結果を見ると、小・中学校のいずれの教科も継続して全国の平均正答率を上回っている(図3)。
[条例の意義2]
時代が変わっても、担当者が異動しても、同条例が施策の指針に
市教委は2024年度、「第2次池田市教育振興基本計画(2024年度〜2027年度)」(以下、第2次基本計画)を策定した。第2次基本計画では、文部科学省の「教育振興基本計画」(2023年6月閣議決定)を踏まえ、子ども一人ひとりのウェル・ビーイングの実現を目指している。学校を中心に、家庭、地域、社会がつながり、多様な環境の中で子どもが主体となって学び、学ぶ喜びを創出することを基本理念として、「『教育のまち池田』が描くウェル・ビーイングを追い求め、特色ある教育を創造する」を掲げた。
第2次基本計画の策定過程で、これから求められる教育について様々な視点から検討した際には、同条例が指針になったという。
「本市が大切にしている教育をぶれずに貫き、それが見える基本計画にしたいという思いが、教育委員会には強くありました。その時に立ち返ったのが同条例です。同条例の前文に示した『一人ひとりが輝く人生を歩み』は、『一人ひとりのウェル・ビーイング』であり、第3条で規定した『市長、教育委員会、学校等、保護者及び地域の団体等がそれぞれの責務及び役割を果たし、かつ、相互に連携協力することによって推進』することは、第2次基本計画でも謳っています」(和泉課長)
今後は、第2次基本計画で打ち出した重点施策を推進していくが、その際にも同条例がよりどころになると、和泉課長は話す。
「時代の変化とともに課題は変わり、それに対応する具体的な施策を考え、実施することが、今後も求められます。市教委内でも担当者の異動がありますが、そうした中でよりどころとなるのが基本計画であり、その根底にあるのが同条例です。豊かな心、確かな学力、健やかな身体を育むという本市が大切にしている理念を貫きながら、市長部局や地域と協働して、施策を推進していきたいと考えています」