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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2022年度 2月号

【誌面連動】ウェブで詳しく!『これからの進路指導のための世の中トレンド解説』トレンドワード:ウェルビーイング

2023/02/15 09:30

生徒の学びや進路選択、その後の人生に影響を与えるような革新的な技術や価値観を「社会のトレンド」として、「学ぶ」「働く」「暮らす」の観点から解説します。

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お話を伺ったのはこの方

【解説者】
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授
前野隆司(まえの・たかし)

専門はウェルビーイング、イノベーション、システムデザイン。キヤノン株式会社に勤務後、ハーバード大学客員教授などを経て、現職。著書に『ウェルビーイング』(共著、日本経済新聞出版)など。

相対的に低く、上昇余地が大きい日本人のウェルビーイング

この数年、日本では「ウェルビーイング」という概念が注目され、文部科学省の各種提言の中でも目にするようになりました。ウェルビーイングは、世界保健機関(WHO)の憲章で初めて登場した言葉です。そこでは、「身体的、精神的、社会的にウェルビーイングな状態が広義の健康である」と定義されました。ウェルビーイングは、「満たされた状態」と訳されることもありますが、私は「良好な状態」と訳しており、体(狭義の健康)、心(幸せ)、社会(福祉)の「良好な状態」が広い意味での「健康」であると言えます(図1)。

 

図1 ウェルビーイングとは何か
※前野隆司・前野マドカ『ウェルビーイング』(日本経済新聞出版)を基に編集部で作成。

 

世界各国の幸福度を比較調査した研究は、いくつか存在します。例えば、1人あたり国内総生産(GDP)と主観的幸福の国際比較では、日本は先進国の中で中位という結果でした(図2)。この種の調査は、統計の取り方によって順位が変動しやすく、別の調査では、日本は最下位でした。

いずれにしても、日本人のウェルビーイングは相対的に低く、上昇余地がかなり大きいと言えます。その理由は、個人主義が主体の欧米に比べ、日本を含む東アジア諸国は集団主義的な文化が強く、周囲に同調することを優先して、個人の幸せを追求しづらかったことなどが考えられます。また、東アジア人は気質的に心配性の人が多く、幸福感を得にくいという遺伝子レベルの研究結果もあります。

 

図2 1人あたり国内総生産(GDP)と主観的幸福の国際比較(○のサイズはGDPを示す)
『幸せのメカニズム』(前野隆司、2013年)に掲載されている図では、縦軸にオランダのエラスムス大学のWord Database of Happinessによる幸福度を、横軸にGDPを取っており、日本の幸福度は、先進国の中では中程度であることが分かる。
※前野隆司『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)から引用。世界幸福データベース(Word Database of Happiness)、IMF資料により作成。

個人の幸せだけではなく、地球規模の問題を解決するために必要な概念

欧米では既に一般的なウェルビーイングの考えが、日本では今になって普及し始めた背景には、学問的な理由と社会的な理由があります。学問的な理由としては、幸福度の高い人は、寿命や健康寿命が長い上に生産性や創造性が高く、欠勤率や離職率は低いといった事実が、世界の研究で明らかになったことが挙げられます。つまり、一人ひとりが幸せで充実した人生を送るためにはウェルビーイングの向上が不可欠であることが、科学的に示されたのです。

社会的な理由としては、日本人の価値観の変化が挙げられます。日本は戦後、貧しさから抜け出すために物質的な豊かさを追い求め、高度経済成長期を経てバブル景気を迎え、経済成長はピークに達しました。しかしその後、長期的な経済の低迷に陥り、単に右肩上がりの経済成長を目指すのではなく、心の豊かさを重視するようになりました。そうした意識の変化から、ウェルビーイングを求めるようになったと考えられます。

さらに、地球規模でウェルビーイングが求められているという切迫した事情もあります。世界は今、環境問題や経済格差、戦争、パンデミックなど、一筋縄では解決できない、複雑で多様な問題に直面しています。それらの難題に立ち向かうためには、「自分だけ」「自国だけ」の豊かさや幸せを追い求める価値観は通用しません。世界中の人々がより幸せに生きられる社会をつくるために、17の持続可能な開発目標であるSDGsが掲げられていますが、ウェルビーイングは、それらを包括する上位概念になり得ると考えています。

4つの因子を満たすことで、幸福感は高まる

では、どうすればウェルビーイングは高まると思いますか。私は「幸福学」の分野でウェルビーイングの研究をしてきました。約1,500人に行ったアンケート調査の結果を基に、幸せに対する心的傾向を分析したところ、最も幸福度の高い人は、「やってみよう!」「ありがとう!」「ありのままに!」「なんとかなる!」の4つの因子をすべて満たしていることが分かりました(図3)。

 

図3 幸せの4つの因子
※前野隆司『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)を基に編集部で作成。

 

「幸せ」という言葉からは、快適な環境に囲まれてストレスなく過ごすといった、どこか受動的な状態をイメージする人も多いかもしれません。しかし実際には、適度な緊張感を持ったり、リラックスしたりする時間を繰り返して、やりがいやつながりを感じて過ごす日々こそが、幸福感をもたらしやすいということが分かりました。例えば、定年退職後に仕事のストレスはなくなったものの、生きがいがなくなってしまったと感じる人は少なくありません。そうしたことからも、主体的に挑戦したり、仲間とのつながりを感じたりすることの大切さが分かります。

幸せは、受動的な姿勢でいては得られません。健康であるためには健康に関する知識が欠かせないのと同様に、幸せになるためには幸せに関する知識を持ち、幸せの4つの因子を満たすことを意識して日々を過ごすことが大切なのです。

【学ぶ】
「主体的・対話的で深い学び」は、ウェルビーイングの向上につながる

新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」の実現が求められていますが、そうした学びはまさにウェルビーイングの向上につながります。生徒が主体となって多様な他者との対話を通して深める学びは、学習内容の暗記や理解にとどまらず、幸せな人生を形づくる経験になるでしょう。

ウェルビーイングの意義を理解し、生涯を通して体現できる生徒を育てるために、各教科の授業にも、ウェルビーイングに関するコンテンツが入ることが望ましいと考えています。例えば、英語の授業では、自分の考える幸せな人生について英語で発信する、世界史の授業では、歴史上の人物と自分を重ね合わせて自分のあり方・生き方を考える、数学の授業では、データを基にどのような人が幸せを感じやすいかを分析するなど、様々なコンテンツが考えられます。

また、教育現場の生産性や創造性を高めるためにも、教師自身が幸福感を持って仕事をすることが大切です。日々の業務は大変だと思いますが、本来、生徒の成長や幸せな人生の形成を支援する教師の仕事は、とてもやりがいが大きく、幸福感を得やすいはずです。自分自身が幸せの4つの因子を満たす生活を送れているかを意識し、それを阻害する課題があるのであれば、できることから取り組んでいくなど、先生方のウェルビーイングを高める努力をしていただきたいと思います。

【働く】
自分らしく成長できる企業へ。就職先の選び方や働き方も大きく変化

日本にはこれまで、仕事は歯を食いしばって頑張るものといった価値観がありました。戦後の高度経済成長期など、一定のルールに従ってモノを作り続ければ成長できた時代は、それが強みの1つでした。しかし、リスクを取ってでもイノベーションを起こす必要に迫られている現代社会では、そうした価値観は逆に不利に働きます。

自分の仕事にやりがいを感じているかという点の国際比較において、日本は、他の先進国に比べてスコアが非常に低い結果でした。皆が嫌々働いている状態、言い換えると、ウェルビーイングが低い組織では、生産性や創造性は発揮されにくく、イノベーションもなかなか起こりません。生産性の国際比較でも、日本の数値の低さが度々指摘されますが、意欲の低い人が集まる組織では、生産性は高まらないのは当然と言えます。

そうした状況の改善に向けて、「働き方改革」「健康経営」「人的資本経営」「ワークライフバランス」といった言葉に代表されるような、仕事に対する価値観を大きく変化させようとする動きが強まっています。楽しく働くことを経営方針の1つに掲げるベンチャー企業が現れるなど、新たな社会の実現に向けた胎動は起きていると感じます。

日本が「失われた30年」と呼ばれる経済の低迷を克服し、国際競争力を取り戻すためには、様々な制度疲労に向き合う必要がありますが、そうした中で、ウェルビーイングの向上への動きが活発化していることは、大きな前進かもしれません。

ウェルビーイングの価値観の浸透に伴い、若い世代の仕事の選び方や働き方も変化するでしょう。従来と比べて大企業志向は薄れ、小さなベンチャー企業であっても自分らしく生き生きと働ける企業が選ばれやすくなると思います。入社後も、昇給や出世ではなく、楽しく幸せに働くことを重視する人が増えるでしょう。そうした姿を見て、「最近の若者は向上心が低い」と指摘するのは見当違いです。これまでの世代とは、重視する価値観が異なるのです。

なお、彼らが重視するのは労働環境だけではありません。今は激動の時代だと理解し、社会を生き抜くスキルを身につけて自分を成長させたいと考える若者は増えています。自分らしく働いてやりがいを感じながら、自身を成長させられる仕事に就くことで、ウェルビーイングは一層高まっていくでしょう。

【暮らす】
多様なコミュニティーに支えられながら、誰もが自分らしく生きる社会に

ウェルビーイングが高まりやすい社会にするためには、誰もが自分らしく、ありのままで生きられるとともに、人との「つながり」があることも大切です。日本には元々、「みんなで一緒に」といった集団主義的な文化が根づいており、その方が安心して過ごせる国民性です。しかし、次第に個人主義的な文化が入ってきたことで、不安や孤独を感じる人が増え、幸福を感じにくくなってしまっているというのが、今の社会です。そして、その反動で見直され始めているのが、家族主義的な温かさです。

幸福感は周囲に伝播するという研究結果があります。ウェルビーイングの高い人が増えた上で、周囲の人々とのつながりを取り戻すことは、社会全体のウェルビーイングにもつながると言えます。それには、2つの方法が考えられます。

1つは、古きよき日本の村落のように、人々が助け合えるつながりを取り戻すことです。例えば、同じマンション内で結束するといった、現代版の村落のような形で実施しているケースがあります。

もう1つは、インターネットなどのテクノロジーを活用して、新しいつながりを生み出す方法です。昔の村落のように閉じられた環境では、自分の所属するコミュニティーを選べず、人間関係が悪化すると生きづらくなる一面がありました。しかし、インターネットを活用すれば、趣味のサークルやボランティア活動など、いくらでも別のコミュニティーに出合えます。居心地のよいコミュニティーに所属し、多様な人とのつながりを大切にすることで、幸福感は高まりやすくなるでしょう。

以上のように、ウェルビーイングの概念は、個人の幸福感を高めることはもちろん、社会全体の変革にもつながり、地球全体がよりよい方向に変わっていける力を持っていると信じています。

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【お知らせ】
ベネッセ ウェルビーイングLabを設立しました!

自分らしく暮らし、働き、よく生きるとはどのようなことなのか、どうすれば実現できるのか。前野隆司教授にもフェローとして参画いただき、これからの豊かさを様々な方とともに模索していきます。ぜひ下記のURLからご覧ください。

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