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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2023年度 8月号

【誌面連動】「教室から始める ウェルビーイングな社会」様々な社会環境で生きる生徒たちが取り組んだ 探究発表と社会人との対話
福岡県立ありあけ新世高校 定時制課程

2023/08/21 09:30

ウェルビーイングな社会につながる学校での実践を紹介した本誌記事。ウェブオリジナル記事では、その実践や先生の指導について、より詳しく紹介します。

 

*ウェルビーイング= 身体的・精神的・社会的によい状態にあること。短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念。(文部科学省「新たな教育振興基本計画【概要】(令和5年度〜9年度)」より)

本誌記事はこちらをご覧ください。

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<学校概要>
◎設立 2003(平成15)年
◎形態 全日制・総合学科/定時制・普通科/共学
◎生徒数(定時制) 1学年11人(2023年度4年生)
◎2022年度卒業生進路実績(定時制) 専門学校進学1人。就職2人。その他2人。

前川 修一(まえかわ・しゅういち)

主幹教諭・教務主任兼4学年担任。
同校に赴任して5年目。地理歴史・公民科。

定時制課程の3年生全11人が、社会人と1対1で対話

2023年3月、福岡県立ありあけ新世高校で、定時制課程3年生による「総合的な探究の時間」の中間発表が行われた。発表に臨んだのは、定時制課程の3年生全11人。一人ひとりの生徒が、興味・関心のあるテーマについて、15枚程度のスライドを使い、約5分間でほかの生徒や同校の教師の前で発表を行った。

中間発表は、学校の中だけではなく、社会ともつながりながら行われた。オンライン会議ツールを使って、中間発表を企画した定時制課程3学年担任(当時)の前川修一先生と親交のある大学教授、経営者団体の理事、NPOの代表など、様々な分野の専門家が社会人審査員として参加したのだ。

高校の探究学習の発表の場に社会人が審査員として参加することは珍しいことではないが、選ばれた一部の発表に対してコメントしたり、複数の発表に対して総括的な講評を行ったりするケースがほとんどだ。しかし同校の中間発表に参加した社会人審査員は生徒と同数の11人で、発表後、社会人審査員が入れ替わりながら1対1で生徒と向き合い、感想を述べ、今後の探究学習への助言を行うというものだった。それは講評と言うよりも対話だった。

「本校の定時制課程には、過去に不登校を経験したり、中学校までの基礎学力が十分に身についていなかったり、友人関係の構築が苦手だったりと、それぞれ困難や課題を抱え、学校という場や学びそのものに対して肯定的なイメージを持てていない生徒が少なからずいます。自分が興味・関心のある課題に向き合い、掘り下げていくという、本来あるべき学びを『総合的な探究の時間』で体験し、各界で活躍する社会人に今の自分を受け止めてもらう。そして、卒業年次となる4年次での最終発表につながる助言をいただくことで、学び続ける自信を得てほしいと考えました」(前川先生)

今の自分が語るべきテーマを自由に発表した生徒たち

11人の探究テーマは「製菓の魅力」「やる気を出すには」「記憶について」「現代建築の魅力」など、自分が興味・関心を持っていることや気になったことで、教科・科目に直接かかわる内容は少なかった。しかし、日々の生活の中から自分で探究テーマを見つけることこそが、社会を生きる上で必要な力だと前川先生は考える。

「これからの社会を生きる生徒に必要なのは、与えられた知識を覚える力ではなく、自分にとって今何が問題なのかを考える力です。そうした力を身につけるための一番のトレーニングが、生活の中から疑問や追究したいことを見つけ、探究テーマにしていく経験だと考えています」

今後の進路に関する決意や社会に対する提言、そして自分自身に向けた問いなど、生徒は今の自分が語るべきことをそれぞれ発表した。例えば、自分の好きなスイーツの世界の魅力を語った生徒は、「パティスリー界に大きく名を残して、自分が作ったスイーツでたくさんの人を幸せにしたい」と将来の夢を披露した。また、性自認と性的指向を題材に発表した生徒は、「人と違うことを恐れず、これが私だと胸を張って言えるのが幸せな社会だ」とこれからの社会のあり方を提言した。そして、大嫌いなはずだった人との別れの瞬間に、なぜか涙が出てしまった経験を振り返った生徒は、人と人とのつながり、かかわりの不思議さについて考察した。

「おかげで世界が広がった」と生徒に感謝する審査員

生徒が語った自分の興味・関心、生活の中で生まれた疑問などに、社会人審査員は耳を傾け、共感的な態度で向き合った。

「11人の社会人審査員は、各分野の第一人者であるだけでなく、それぞれの生徒のこれまでの人生を尊重し、その生徒の成長を応援するような感想や意見を温かな言葉で伝えることができる方ばかりです。私は、『審査員という立場での参加をお願いしていますが、生徒の発表を講評するのではなく、生徒との対話を楽しんでいただきたいです』とお願いをしました」(前川先生)

前川先生の言葉を受け止めた社会人審査員は、生徒に次のような言葉をかけていた。「自分のネガティブな感情をしっかり分析し、自分の生き方や行動変容につなげる素晴らしい発表でした」「『将来は○○を目指している』という言葉は、なかなか人には言えないものですが、○○くんは発表の中で10回以上は言っていたと思います。本気で目指していることが伝わってきました。ぜひ頑張ってください」「発表を聞くまでは興味がなかった世界だったのですが、話を聞いて見る目が全く変わりました。知らない世界を深く知ることができて楽しかったです。ありがとうございます!」

社会人審査員の1人である宮崎県立宮崎東高校 定時制課程夜間部教諭の西山正三(まさみ)先生は、同じ定時制課程の教壇に立つ教師として、「11人全員が、自分の思いや考えをたくさん話すことができたことに驚いた」と感想を語る。

「普段から、ありあけ新世高校の先生たちが生徒一人ひとりとじっくり向き合い、興味・関心を引き出したり、一緒になって考えたりしているから、生徒は臆することなく自分の興味・関心をほかの人の前で発表し、私たち校外の社会人と対話ができたのだと思います。生徒にとって学校が、安心安全の場になっているのだと思います」(西山先生)

身近な興味・関心にこそ学びの本質がある

身近な興味・関心や自分の内面を語った生徒の発表を、同じく社会人審査員として参加した、東京大学大学院教育学研究科の栗田佳代子教授や、北陸大学高等教育推進センター長の杉森公一(きみかず)教授は、「これこそ本物の学びだ」と評価した。

「難易度の高い大学に入学するような生徒の中には、『こういうテーマで、こういう発表をすれば、よい評価が得られるだろう』とこちらの期待していることを理解した上で、発表することが得意な生徒も少なくありません。それはそれで1つのスキルではありますが、反面、何よりも自分の興味を大切にして、自分の思うままに探究する力は実は不十分なように思います。自分の中のちょっとした興味・関心を深める学びこそ、すべての高校生に経験してもらいたいものであり、また今回の中間発表で、純粋な学びの力とはこういうものなのだと、ありあけ新世高校の生徒に教えてもらった気がします」(栗田教授)

「自分の中に生まれた理解不能な感情に、瞑想という行為を通じて向き合ったある生徒に、私は、物理学者のデビッド・ボームのダイアローグ理論などを紹介した上で、私自身が自分の内面と向き合った経験を話しました。生徒の中には学校の勉強が苦手な人もいると聞いていましたし、実際、大学入試のペーパーテストなどでは苦労をするのかもしれませんが、いざ学びの場に立った時は、大学院レベルの深い学びができる生徒がいることを実感しました」(杉森教授)

生徒の探究テーマが身近な興味・関心や自分の内面など、教科・科目から離れていけばいくほど、生徒の探究を見守る教師には意識改革が求められるだろうと高校教師である西山先生は語る。

「探究学習では、私たち教師の専門科目と関連したテーマであれば指導がしやすいのは確かですが、探究の目的が自分のあり方や生き方を深く捉え直すことであるならば、テーマは教師の専門科目の枠に収まる必要はありません。ただ、教師の中には、分かっていることを教えるのは上手だけれども、自分が分からないことに向き合うのは苦手な人もいます。『先生はこの分野のこと分からないから勝手にやっていいよ』という態度では、生徒は安心して探究に取り組めません。自分が分からないからこそ、生徒に任せつつ、興味を持って見守る。そんな意識改革が私たち教師には求められているのだと思います」

学びは、ほかの人と比べるものではない

生徒に対して行った事後アンケートには、「自分がやりたいことを聞いてもらい、『頑張ってね』『きっとできるよ』と励ましてもらったのがうれしかった」「あなたの将来が楽しみと言ってもらえて、自分の将来に前向きになれた」といった言葉が並び、今回の発表が、これまで様々な苦労を経験してきた生徒にとって自信を取り戻す場になったことが分かる。また、「自分にはなかった考え方を、社会人審査員から聞くことができた」という言葉もあり、中間発表が、生徒の視野を広げる場にもなったようだ。

だが、11人の生徒たちが中間発表を終えるまでの道のりは決して平坦なものではなかった。多くの生徒が、期日までに発表シナリオをまとめ、スライドを完成させるのに苦労した。

「『自分には、何事もすぐには動き出せない癖がついてしまっているんです』と申し訳なさそうに私に話す生徒もいます。それでも、最終的には全員がスライドを完成させ、無事に発表できたのは、これまで不登校などを経験し、それぞれに苦労してきた同級生の頑張りが、互いにとっての支えになったからだと思います」(前川先生)

作業がなかなか進まない生徒に前川先生が、「早く着手しなさい」「こういうふうにまとめなさい」といった声をかけることはなかったという。生徒が動き出すのをただ待ち、生徒自身が納得できる発表を行えるように見守った。

「学校という場での学びの主体は生徒であり、一人ひとりのレベル、スピードで成長できれば、その学びは生徒にとって成功だと言えると思います。今回の中間発表のように、ほかの人と自分を比べる必要はない、今の自分の興味・関心をそのまま発表すればよいということが分かると、生徒は教師にコントロールされなくても動き出し、没頭します。実際、アルバイトの休憩時間に、更衣室でスライドを作った生徒もいました」

様々な境遇で学ぶことに苦労をしてきた生徒たちは、今回の中間発表を成功させることができた。前川先生は、生徒が今の自分をそのまま表現し、自信を深める場を今後もつくっていきたいと思いを語る。

「例えば、社会的弱者とされる若者たちと、地域、さらには国境を越えてオンラインでつながり、対話するような機会をつくりたいです。対話を通して、参加者全員が今の自分には確かに価値があるのだと実感し、共鳴し合うことで生徒たちがどんな成長を見せてくれるのか、とても楽しみです」

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