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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2023年度 8月号

【誌面連動】「先生ならどうしますか?」受験勉強で何よりも大切なこと、それは人間的な成長を果たすこと
東京都立新宿高校 寺島 求

2023/08/21 09:30

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

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寺島求(てらしま・もとむ)

同校に赴任して4年目。数学科。
複数の東京都立高校で、進路指導に長く携わる。
教師としてのモットー「凡事徹底」は、
進路を切り開くために生徒に求める生き方でもある。

「両方頑張れ」と「両方頑張りたい」は全く違う

部活動と受験勉強の両立に悩む3年生から、私はこれまでたくさん相談を受けてきました。大切なことが2つあった場合は両立することが理想だけれど、どうしてもそれは無理だと思ったらどちらかを選択する。そのように判断に悩む場面は人生でたくさんありますが、私は、自分の正直な気持ちを聴いてその時の最善の選択をするのがよいと考えています。たとえうまくいかなかったとしても、選んだことに全力で頑張ることが自分の器を大きくすることにつながると、自分自身に言い聞かせてきました。それは高校生であっても同じであり、その時の自分の最善の選択を自分で決めればよいことです。

そもそも部活動は、目的と目標が混同されがちです。学校における部活動の目的は、人間としての成長であり、それはどの学校、どの生徒にも共通のことです。しかし、目的を達成する過程での目標は、学校、生徒によって異なります。地区大会での1勝、上位大会進出、そしていつまで部活動を頑張るのかも生徒によって違うでしょう。だから、「自分は納得できるところまで部活動をやり切ったから、受験勉強に専念するために上位大会を辞退する」という決断をしたとしても、それは周りから非難されることではないと私は思っています。

とは言え、部活動も最後まで頑張ってほしいという教師としての思いがあるのも確かです。部活動を最後までやり抜いたことで、受験勉強に向けて気持ちをうまく切り替えることができた結果、難関大学に合格した生徒をたくさん見てきました。また、 後になって「やはりあの時、部活動を続ければよかった……」と思うような後悔もさせたくありません。ただ、だからと言って「両方頑張りなさい」と青臭い言葉を振りかざすのは違うと思うのです。「両方頑張りたい」と生徒自身が心から思えるように支援するのが大切なのではないでしょうか。

生徒に必要なのは、入試当日までの見通し

「部活動も受験勉強も両方頑張ります」と生徒が晴れ晴れとした気持ちで言えるようになるためには、教師には、生徒と一緒に状況を整理し、見通しを立てていくような支援が求められます。

まず、部活動を早めに引退しなければ本当に遅れを挽回できないのかを、生徒と一緒に考えます。部活動を引退した後、どれくらいの期間で、どれくらいの遅れを取り戻せばよいのか。1か月、2か月では確かに厳しいかもしれないけれど、6か月なら挽回ができるかも……そんなふうに生徒自身が思えるように対話をしていきます。今すぐに挽回する必要はなく、大学入試当日までに挽回できればよい。そうしたことが理解できるだけで、気持ちが楽になる生徒は少なくありません。

また、「今、成績が振るわない原因は、本当に部活動にあるのだろうか?」と生徒と一緒に考えることも大切です。普段どんな授業の受け方をしているのか、授業で理解できなかったところはその日のうちに先生に質問に行っているか、家庭学習ではやるべきことに優先順位をつけているか、参考書は自分にとって大切なところから読むようにしているかなど、その生徒に学習上の問題がないかを確認し、問題があれば解決策を考えます。改善点が明確になれば生徒は安心しますし、一方で、問題に気づかず、その解決を放置したまま部活動を早めに引退してもうまくいきません。

そうして入試当日までを見通すことで、多くの生徒が部活動を最後まで頑張ることを決意します。しかし、だからと言って、入試当日まで順風満帆かと言えば決してそんなことはありません。学習上の問題を修正したにもかかわらず、「模擬試験の成績が上がりません」などと悲しそうな顔で相談に来る生徒は珍しくありません。

そんな時私は、「3か月前は解けなかった問題が今は解けるようになっており、以前も解けた問題は前よりもはるかに短い時間で解けるようになっている。模擬試験の成績という点ではまだ成果が表れていないだけで、学力は間違いなく向上している。これからの数か月でのもっと大きな伸びを信じなさい」と、生徒が過去に取り組んだ模擬試験や定期テストの問題と解答を一緒に見ながら説明し、励まします。

失敗経験にも価値があることに気づいた

私たち教師は、生徒が第一志望大学に合格できるように支援しています。しかし、現実には、最後まで志望を貫き、第一志望大学に合格する生徒は多くはありません。大学入学共通テストの成績を踏まえて志望変更したり、第二、第三志望の併願大に進んだりする生徒の方が実際には多いはずです。

ただ、そうした現実があっても、生徒が行きたいと言ったらどうやってその大学に入れるのかを考え、自分を信じて最後まで頑張ろうという気持ちを持たせること、また、たとえ第一志望大学に合格できなくても、進学した大学でどのように頑張るのか、次の目標を見つけさせることが進路指導です。選択の連続である人生を生き抜く力を育むこと、受験勉強を通した人間的な成長を果たすことが、進路指導の目的だと私は考えています。私たち教師の仕事は、人を育てることなのですから。

とはいえ、私も若い頃には、難関大学に合格させることが進路指導の目的になっていた時期がありました。でも、思ったように生徒は合格しない。こちらはできるだけのことをしているのになぜ? 次第に「合格できないのは、生徒の努力が足りないのだ」という考えが自分の中で大きくなっていきました。人間的な成長という長い目で生徒を見ることができていなかったのです。

なぜ思い描いたような進路指導ができないのかを考え続ける中で、ある時、気がつきました。私が打ち込んできたサッカー部だって、どんなに練習しても負けるときがある。しかし、負けたからと言ってそれまでの努力の価値が消えるわけではない。同じように、大学入試で不合格になったとしても、それまでの高校生活に価値がなかったわけでは決してない。選択の連続である人生で、時に間違った選択をしたり、失敗を経験したりしても、そのことにも素晴らしい意味があることを生徒に教えたいと思うようになったのです。

同時に、挨拶や掃除、人への感謝の気持ちを持つなど、人として当たり前のことができている生徒ほど志望校に合格をしている、ということにも気づきました。教師の仕事は人を育てることであり、生徒自身が「よい生き方ができているな、生きていてよかったな」と思えるような人生を送れるように、長い目で見て指導をしていくことが大切だと思うようになりました。

生徒が私に見せてくれた、人間的な成長

進路指導は、合格指導ではなく生き方指導であると気がついてから、私は、人として正しいと思ったことを生徒、保護者に伝えられる言葉、そしてその言葉を裏づけるロジックを追求しています。いろいろな本を読み、そこで学んだことを自分自身の言葉で生徒や保護者に伝えることを意識しています。ベネッセコーポレーションが分析した入試動向を生徒や保護者、同僚に説明するときも、「ベネッセのデータによると……」などと、ただ事実を伝えるような話し方はせず、なぜ自分がこのデータに注目したのかを、必ず自分の言葉で伝えるようにしています。

進路指導で生徒とともに向き合う問いは、答えが1つではないものばかりです。私なりに「大義名分が立つこと」「人として恥ずかしくないこと」を大切にしながらも、自分の考えを生徒に押しつけることがないように注意してきました。学年主任を務めた時には「私とは違う考えも当然ある。ほかの先生にも相談して、セカンドオピニオンを聞きに行きなさい」と生徒に勧めることがよくありました。生徒だけではなく、保護者会などでは、保護者にも「学年主任や担任に遠慮せずに、ほかの先生の意見もどんどん聞いてください」と伝えました。納得するまでいろいろな意見を聞いて、最後に自分で選択できればよいのです。

今回お話ししたエピソードに登場した生徒にも、私は人として正しいと思ったことを伝え、そして生徒が後悔しないような高校生活を送りながら合格に近づけるロジックを語ることを大切にして向き合いました。私と話をして1か月ほど経ったある日、その生徒は、地区大会で優秀な成績を収め、上位大会に進むことになったことを報告してくれました。そして、晴れ晴れとした顔で私にこう言いました。「今回のことは、自分が大きく成長できる機会になりました。先生、本当にありがとうございました」。この生徒は、見事に人間的な成長を果たしたのです。

 

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