教育ジャーナリストの後藤健夫さんがお送りする連載「大人たちのアンラーニング」のススメ。今回は「学力」をテーマにする最終回。
就職意識のアンラーニングをオススメしたいと考えています。これまで見てきたような多様な学力観が大学卒業後の就職の在り方にどのような影響をあたえるのかに焦点を当てます。

ウェルビーイングに向けて、個人の成長を重視する

これまで5回のコラムでは、大学の入口である選抜試験、大学の中身である教育を、多様な学力観という切り口で現状と過去の違いを語ってきました。そして、今回は、大学の出口である就職について「良い就職」とはなにかを考えます。
これまでは、「良い就職」は安定と高給を望める大手企業や公務員でした。そして「良い大学」に入ると、そのような「良い就職」を実現できました。

一方で現在に目を向けると、「人生100年時代」と言われ、企業の寿命よりも働く期間が長くなることも考えられます。
企業に目を向けると、終身雇用、年功序列は崩れ始めており、「あなたは何ができますか」と問われる「ジョブ型雇用」の導入も視野に入ってきました。DX(デジタル・トランスフォーメーション)と叫ばれ、産業構造を転換する動きもあり、大学は、「理工学系」「数理データサイエンス」「文理融合」の学部を増やそうとしています。
DX社会では「人を走らせるな、電子を走らせろ。人は疲れるが、電子は疲れない」とも言われます。スタートアップが注目されて起業家を目指す若者も徐々に増えています。数年前に、東京大の大学院生に話を聞いたところ、研究室には起業のために大学院を休学する学生が何人もいるとのことでした。理工系の博士たちの中には、自分の研究で特許をとり、起業する動きもあります。東京大にも慶応義塾大にも早稲田大にもVC(ベンチャー・キャピタル)があり、スタートアップを支えています。

このように就職の形も多様化してきたことで、「良い就職とは何か」をあらためて問われる時代になりました。それによって「良い大学」のあり方も変わることになるでしょう。
「良い就職」「良い大学」にもアンラーニングを求められます。

さて、いま、大学生にとって「良い就職」とはどうなっているのでしょうか。
大学生から「ファースト・キャリア」と聞くことが増えています。これまでアスリートの「セカンド・キャリア」が話題になり、その支援に動く大学もありました。「人生100年時代」から「サード・キャリア」も話題になりました。学生はキャリアを何段階かに分けて考えており、「終身雇用」を求めていないのです。

一方で、大学生たちは「自分が成長できる」企業への就職を望むようになりました。立命館アジア太平洋大学(APU)の国際学生の中には、就職後3年で仕事を辞めて、欧米の大学院で修士を獲得して、キャリアアップを図る学生がいます。キャリア官僚や大企業のビジネスパーソンには、早々に仕事を辞めて、スタートアップやNPOで活躍する人たちがいます。彼らは組織の力学を知り、それなりの人脈を持っていますから大いに歓迎されています。そうした中、有名商社からは「良い人材ほど3年で辞めていく」と嘆く声が聞こえてきます。
「ファースト・キャリア」として「自分が成長できる」キャリアが「セカンド・キャリア」でのキャリアアップに繋がっていく、そのようなキャリア観を大学生は持ち始めているのではないでしょうか。

では「良い就職」を支える「良い大学」とはどのような大学でしょうか。
「成長実感」のある大学なのではないでしょうか。

第5回で述べたように、高校で、大学入試で、意欲や興味関心を求められたり評価されたりするようになり、就職の段階でも「あなたは何ができますか」と問われるようになると、その間にある大学では、未知の課題解決に取り組む意欲や、その過程での知識の獲得や理解を求められるのではないかと考えます。大学をキャリア形成の過程と捉えれば、ここでも「自分が成長できる」ことを学生は求めるでしょう。
となれば、当然、大学入試の突破に一所懸命になり、入学したことに満足していては、周りの学生からは違和感を持たれるでしょう。難関な大学入試を突破してもそこで止まっていたら成長はありません。それに成長は自らするものであり他人にさせられるものではないです。

大学をキャリア形成の過程と考えれば、高校時代に教え込まれるような「知識注入型」の勉強で大学入試を突破しても、その後の成長が乏しくなることは想像できます。なにしろ大学は「自ら学ぶ」ところですから。大学入学前から「自ら考える」ことができていればスムーズに大学で学べるようになることは、これも第5回のコラムで示したことです。

そして、今一度、第2回で示した「大学入学選抜要項」における「学力の3要素」をご確認いただきたいと思います。
これから少子化により大学の選抜機能はますます緩くなっていきます。そうした中で、いかに若者が成長していくのか。そして、教育はいかに若者のウェルビーイングをなすのか。そんなことを考えながら「学力」をテーマにした6回の連載コラムを閉じたいと思います。

後藤 健夫

教育ジャーナリスト

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