2020年4月から週1回のペースで、オンラインで実施されてきた「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」。第108回は、「社会情動的スキル」をテーマに取り上げ、対話会を行った。SEL(Social and Emotional Learning、社会性と情動性の学習)に長く取り組むかえつ有明中・高等学校での実践の紹介を受け、中学校・高校の教員、教育関係者、中高生らが、社会情動的スキルの重要性やSEL教育の意義・可能性について意見を交わした。

話題提供は、佐野和之先生(かえつ有明中・高等学校 副校長)。
教職歴29年、同校に赴任して9年目。理科。

自分のあり方を考える機会が少ない学校現場

対話会の冒頭では、かえつ有明中・高等学校の佐野和之副校長が、同校が実践しているSELについて説明した。アメリカで二十数年前から注目されているSELは、学校現場や研究者の間でPBLや教科学習の質を高める成果が検証されてきたプログラムで、ここ数年、日本でも広まりつつある。SELの枠組みとして示されているのが、5領域の要素で構成される「CASEL(Collaborative for Academic, Social and Emotional Learning)」であり、同校の実践でも参考にされている(図1)。

同校は、2014年から、学校組織や教育活動にSELを導入している。取り組みをけん引してきた佐野副校長は、東日本大震災の復興支援のボランティア活動を行った経験から、SELを重視するようになったという。

「被災地で自分が力になれることはあまりに少なく、私は被災者の方々にただ寄り添うことしかできませんでした。その過程で、自分のあり方によって、目の前の人を苦しめることも、癒しをもたらすこともできると痛感しました。ところが、学校教育の中には、生徒が自分の内面に気づいたり、自分の感情を自覚してコントロールしたりする『自分のあり方を考える』機会がほとんどありません。そこで、本校に『学ぶことの喜び』を追究する新クラスの立ち上げメンバーとして赴任したのを機に、徐々に実践を広げていきました」と、佐野副校長は経緯を振り返る。

図1 SELの5領域

教員の変化が、生徒の変化を引き起こす

同校のSELは、「自分の内面や体で起こっていることへの自覚を促す」「率直に話ができる場の土壌づくり」「多様な価値観に気づくワーク」の3つを大切に、まず教員間から始めた。「そのような教育を生徒に提供するためには、まず教員が自身自身のあり方と向き合う必要があると考えました」と、佐野副校長は話す。

最初は、少人数の教員で内省を共有し、価値観の違いに気づくといった勉強会を開き、その輪を広げて、徐々に参加者を増やしていった。教員のそうした様子を見て興味を持った生徒が教員の対話の場に参加し始め、次第に生徒同士で自主的に対話の場を設けるようになった。今では、生徒が校外からゲストを招いてワークショップイベントを実施するまでに定着した。

校内で対話を実践する中で大切にしてきたのは、「チェックイン」「プロセスを大切にする」「チェックアウト」だ。チェックインでは、まず自分の「今」の感情や気づきを共有することから始める。そして、自分が気づかなかった本音に気づいたり、他者の本音を知ったり、それまで想像をしていなかった新しい考えを生み出したりするプロセスを大切にする。最後にチェックアウトとして、対話を通して自分が何を感じ、学んだのかを共有する。

学校が変わる起点は「自分」

そのような対話の場では、聴き手が評価や判断をせず、ただ聴いて受け止めること、話し手は率直に話すこと、そして安心・安全な場をつくることを意識している。さらに、最初から大がかりな対話の場を設けるのではなく、徐々に対話の輪を広げることを大切にしてきたという。「最初は、職員室の隣りの席の先生との『会話』を『対話』にすることを心がけました。例えば、ある先生が愚痴を言った時、すぐに答えや助言を出さず、その先生が本当に望んでいることを見つめて、それに気づけるような聴き方やフィードバックに努めました。そのうちに、そうした対話を聞いた別の先生にも気づきがあり、次第に対話が広がって、それが『文化』として根付いていきました」と、佐野副校長は話す。

佐野副校長は、「自分を起点」として考えることの大切さも語った。「『学校をこう変えたい』といった理想も大事ですが、まずは『自分はどうありたいか』にしっかり向き合い、その広がりとして理想を語ることで、他者の理解を得やすくなると考えています」と話す。

SELを深化させる4つのアプローチ

同校におけるSELのあり方として、佐野副校長は、①独立したレッスン、②設計された教育実践、③教科との統合、④組織戦略のアプローチを説明した(図2)。

①独立したレッスン
SELそのものを学ぶレッスンを設けることを指す。同校では、既に中学校の「サイエンス科」、高校の「プロジェクト科」においてSELを実践する学びの場を設けている。

②設計された教育実践
SELを踏まえたカリキュラムの設計を進める。同校では、3つの教育目標「学び方を学ぶ」「自分軸を確立する」「共に生きる」に基づき、自分の意思で学び方を選択できる仕組みを設けている。そこでは自分の内面と紐づけて学びを深めていくことから、SELの実践が繋がっていると捉えている。

③教科との統合
SELと教科学習との連携を意味する。佐野副校長は、「様々な教科で対話の時間を確保していますが、教科の特性と対話をどう連携させて一人ひとりがSELを実践していくか、もう一段深く研究したいと考えています」と、今後の課題を語った。

④組織戦略
校内で組織的かつ戦略的にSELに取り組んでいく。同校では、教員研修や各会議体、プロジェクトなどにSELを取り入れ、実践を深めている。

図2 かえつ有明中・高校でのSEL

最後に、佐野副校長はこれまでの実践を振り返り、「当初から手探りで実践を進める中で、気づくとCASELのフレームワークにたどり着いていました。今改めて感じているのが、CASELに示されているSelf-awareness(自己への気づき)の大切さです。自分の気づきをどう見いだして他者と共有していくかを強く意識しながら実践を広げていきます」と、今後の実践の方向性を示した。

生徒が自然体でいる学校

佐野副校長の話題提供を受け、グループに分かれて対話を深めた。

あるグループでは、対話の冒頭、地域を代表する伝統校の校長先生が感想を共有した。「内容重視かつ規律重視の学びが多い現状からすると、学びに向き合う新たなアプローチとして大変参考になりました。教員が上手くできないことを不安に思い過ぎていないか?という問いも生まれました」。すると、かえつ有明中・高の視察経験もある大学関係者は、「『安全安心な場』が標語で終わらず、生徒が自然体でいる学校のように感じたことを思い出しました」と当時の視察を振り返った。これらを受け、対話に参加していた佐野副校長は「先生、生徒問わず、誰が主導する学びかはあまり意識してなく、場が学びを生み出している感覚はあります」と添えた。

また別のグループでは、高校1年生が参加しており、次のように述べた。「先生と生徒の関係にフラットさを求めるかは、生徒によって違うと思います。ただ、『先生に一方的に教えてもらう』『先生の言うことに無自覚に従う』というのは生徒の学びに繋がりづらい気がするし、自分が理想とする関係と違うとも思いました。生徒も先生も、お互い色々なことを共有し、刺激しあう関係が望ましいのかなと感じました」。それに対し、ある高校教員が「進路実現に向けて勉強しないとまずいぞ、と言うのはどう思う?」と投げかけると、「進路に向けて勉強するというのは、生徒自身が選ぶべきではないでしょうか。むしろ受験勉強以外の頑張りを、先生方はどこまで見ることができますか。ただ、生徒自ら勉強に追われ、取りつかれたようになってしまうときもあるのですが…」と話した。

『安心安全の場』の先にあるものは?

会の最後に、プロジェクト代表を務めるベネッセ教育総合研究所の小村俊平教育イノベーションセンター長が次のように述べた。

「今日の対話から、3つのことが学べると感じました。1つは、”安心安全の場作り”について。学校でもよく聞く言葉いになりましたが、その場から生徒は何を得るべきでしょうか。例えば、『取り返しのつかないことは無い』ということを知ることが大切なのではないでしょうか。2つ目は、”心理的安全性”について。『何でもかんでもさらけ出そう』『本音で話そう』とするのではなく、『出さない自由も大事にしよう』『内面の複雑さを尊ぼう』『自分にも他人にも寛容になろう』などの方がニュアンスとして近いのではないでしょうか。3つ目に、”社会情動的スキル”について。どうしても個人のスキルと考えがちだが、集団のスキルと考えることが重要ではないかと感じました。」

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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