教育ジャーナリストの後藤健夫さんがお送りする連載「大人たちのアンラーニング」のススメ。今回も「学力」について、アンラーニングをオススメしたいと考えています。これまで見てきたような多様な学力観が大学の選抜試験や教育の在り方にどのような影響をあたえるのかに焦点を当てます。

学ぶ意欲のある学生を育てる

今年度から高校でも本格導入が始まった新学習指導要領。ここで殊更に言われているのが「教科科目の見方・考え方」。21年度に導入された大学入学共通テストでは、この「教科科目の見方・考え方」が「日常における課題解決」「探究」と合わせて、出題に色濃く反映されています。
文部科学省が推進する大学入試改革は、高校教育、大学教育、それをつなぐ大学入試を一体的に改革するもの。高校教育と大学入試が変わろうとしていますが、果たして大学、大学教育はどう変わるべきなのでしょうか。

大学全入化で「入試に出るぞ」が通用しない高校の授業

少子化の波は高く、2021年度入試ではほぼ大学入学定員と入学者がほぼイコールになりました。(令和3年度国公私立大学入学者選抜実施状況)さらに22年度以降24年度まで18歳人口が減り続け、25年度に一旦増えますが、それ以降も減少傾向は続きますから、いくつかの大学では定員割れを起こしたり選抜機能が大きく弱まったりします。そうした大学では、年内に実施される総合型や学校推薦型で早期に入学者を確保しようとする動きはますます強くなります。従来であれば一般選抜に4校、5校と出願していた受験生が年内に入学先を確保すれば、一般選抜への志願者は4校、5校で減り、その結果、さらに一般選抜全体では倍率がどんどん低くなります。特定の大学に入学を切望する受験生がいれば、その一般選抜は敗者復活戦、落穂拾いとなりますが、そうでなければ選抜は機能しなくなります。

選ばなければ「大学」に進学できる時代ですし、これからそうした選抜機能を失う大学はどんどん増えていくことでしょう。既に東京でも一般選抜が実質的に機能しなくなった大学がいくつもあります。
そうした選抜機能を失った大学に集まる学生はどういった学生になるでしょうか。彼らは高校時代にどのような授業を受けているのでしょう。「これは、入試に出るぞ」と授業で言われてもシラケているのではないでしょうか。「これを覚えなさい」と言われる勉強を学ぶことだと思っていないでしょうか。

実は、大学生の中には、大学に入学して初めて「学ぶことは考えることだ」と知った学生が何人もいます。これまで暗記できない自分がダメだと自己肯定感を下げていた学生が大学で学び方を学ぶことで一転して活動的になったという話はよく聞くところです。なにしろ大学は「自ら学ぶところ」ですから。第2回で述べたように入学段階での「偏差値」などで大学を評価すべきではなく、いかに学生を育てるかで評価すべきなのです。

大学は「自ら学ぶところ」ゆえに、意欲、関心、態度を求める

白鴎大学経営学部小笠原伸教授の授業では、地域の中の新たな選択肢として学生の存在を位置づけ、学力を問わず、学生にも自分の問題として社会課題を意識させることで興味をもたせ、成長のプロセスに乗せています。アートやデザインの現場に関わってきた教員ゆえに、地域の芸術や文化に触れる機会を学生に与えて、学生の経験を高めています。地域の課題や政策の動向に問題意識を持ち、自らの問いを立てて検討、提言する、こうして「学ぶことは考えることだ」と学生たちは理解していきます。自治体の中には学生との厳しい議論の中から新しい政策や提言を認めて受け入れるところも出ています。こうした教育により、卒業生は公務員、地元企業のみならず東京の大企業に就職を決めるようになりました。中には、起業、事業承継により地域の経済を担っていこうと意欲的な人たちも出てきています。

大学教育も、若者のウェルビーイングを意識して、意欲、興味関心を引き出し、学生がより探究的になれるように、変わりつつあります。もし、自分の経験から「大学はレジャーランド」だと思っている保護者や高校教員がいましたら、自分の経験だけでものを言うことを是非とも控えてください。自分はそうではないと思われるかも知れませんが、「偏差値」で大学を評価しているのであれば、同じような感覚を持っていると思われたほうが良いでしょう。

そして、これから大学は、高校生の意欲や興味関心を評価するのではなく、高校と一緒になって意欲や興味関心を引き出すことを求められるでしょう。そのときに学校推薦型の在り方も見直されるのではないでしょうか。なにしろ選抜機能が衰えるわけですから、大学は、受験生を評価するという段階を超えて、その前段階である「学ぶ姿勢」を高校と一緒になって育てていくことが求められます。大学と高校の関係も、いち早くアンラーンニングすることが大事です。つい「大学は…」「高校は…」と言ってしまいますが、立場を超えて若者を育てていきたいところです。
これこそが多様な学力観に支えられた「高大接続」の在り方ではないでしょうか。

未来を生きる若者のために、意義ある大学入試改革の実現を

既に、高校と大学等の連携を始めるところが出ています。
ふたば未来学園では、早稲田大と協定を組み、ポスドクが校内に常駐して生徒たちの「探究」を学術的な知につなげています。上野学園では大学教員が「探究」の「壁打ち」をしています。学習支援企業であるトモノカイでもClassi等と連携して高校に優秀な学生たちを送り込んで放課後に「探究」のフォローをしています。SSH(スーパーサイエンスハイスクール)のような研究指導ではなく、「探究」を通して、意欲や興味関心を引き出していくのです。
高校時代に「入試に出るぞ」「ここを覚えておけ」ではなく、生徒が「もっと知りたい」「もっと考えたい」と思うような授業に巡り合えると大学入学後の学習がスムーズになります。

改訂された新しい学習指導要領で展開される検定教科書の中で、改訂をあまり意識していない教科書の採択が多いと聞き、私はショックを受けています。ただ、元来「教科書を教える授業」ではなく「教科書で教える授業」を求められており、教科書がなにであれ、改訂の理念が反映された授業が展開されると信じております。
ただ、私立大学では採択の多い教科書を参考にして出題をする傾向があります。ここは、大学側で十分に学習指導要領の改訂を理解して出題をしていただきたいところです。
いずれにしても、大学入試改革は、それ単独で為し得るものではありません。高校、大学が、改革の意義を十分に理解して、ともに実現するものです。
未来を生きる若者のために、意義ある大学入試改革の実現を切に願うところです。

次回は、「学力」をテーマとして取り上げる最終回です。

後藤 健夫

教育ジャーナリスト

詳しいプロフィールはこちら