私は小学校教師として約20年間、学校現場で働いてきました。現在は教師生活を通じて得た授業づくりや、子どもへの接し方に関する知見を、全国各地で行っている講演会や様々なメディアを通じて発信しています。今回は、なかなか進んでいないと言われる学校の働き方改革をどのように捉え、進めていくべきかを、私自身の実践例を交えてお話しします。

大前提は「教師って楽しい!!」

まず確認しておきたいのは、教師はただつらくて「ブラック」な仕事ではないということです。長時間労働や人員不足など、教師の労働環境が厳しいことは事実です。しかし、私自身の教師生活を振り返ると、大変なことは無数にありましたが、それらがかすむほど、教師という職業の素晴らしさを常に感じながら過ごしてきました。子どもの成長にかかわることを生業にできるのは、とても素敵でやりがいのあることだと、今も思っています。

一方、よりよい働き方という視点で考えると、そうした思いに落とし穴が潜んでいます。「子どものために」と考えると、教師はつい、あれもこれもと頑張り過ぎてしまいます。子どもの成長にはゴールはありませんから、「常に頑張り過ぎる」状況に陥りがちです。そうすると、体調を崩したり、どこかにしわ寄せが来て学級経営がうまくいかなくなったりします。結果、教師自身も子どもも幸せになれません。ですから、まずは勤務時間の区切りをつけるという意味で、学校にいる時間を意図的に減らすことが肝心だと考えます。やりたいことや、やるべきことが山積する中で、いかに区切りをつけて早く帰るか。定時で帰ることは難しくても、それまでの自分の平均退勤時刻よりも30分~1時間早く帰るようにする、帰る電車を1本早めるといったことを改めて意識してみてはいかがでしょうか。

趣味や休息、家族との時間を確保することは、教師としてのパフォーマンスにもよい影響をもたらします。そのため、「早く帰る」ことは、働き方に関して私自身が最もこだわってきたことの1つです。「自分は◌時に帰る」と決めて、そこから逆算して仕事に取り組みました。子どもが下校してからの約1時間が勝負。その時間を何に費やすかを考え、工夫しました。もし、急を要する案件が生じて予定通りに仕事が進まなかった場合でも、終わらなかった分は翌日の朝を使うなどして、帰宅時間はずらさないようにしました。「終わるまで帰らない」のではなく、「決めた時間内に終わらせる」ことに力を注がないと、働き方を変えられないからです。

大切にしていたのは、子どもたちが主体的に学び、教師とともにつくる授業。単元ごとに教材研究をしたり、子どもが自分で学ぶ時間を設けたりすることで、限られた時間の中でも豊かな学びを実現できた。

周囲への気遣いが、好循環を生む

働き方についてもう1つ意識してきたことがあります。「人のために行動する」ことです。いわゆる中堅と言われる年次になると、学習指導や学級運営にも余裕が出てきて、周囲の状況がよく見えるようになります。その頃は、自分の仕事を済ませて早く帰るだけでなく、同僚のために時間を使うように心がけました。ただし、何でも手伝ってしまうと、本人から経験を積む機会を奪うことになりかねません。そこで、例えば、電話をとる、ポットの水を取り換えるといった日常業務などの、誰でもできる仕事を選んで率先して行いました。また、職員室の雰囲気を和やかにするような話題を提供することも意識していました。それらは同僚のためになるばかりでなく、結果として自分の仕事に好影響をもたらす場合もあります。教師はともすれば、担任する学級の教室や教科準備室だけが自分の世界で、そこで業務を回せればよいと考えてしまいがちです。しかし、それでは困った時に助け合うことができませんし、学校全体の雰囲気もよくならず、結果として学校全体としての質の高い教育につながりません。年次が上がるほど、自分のための業務からちょっとはみ出し、周囲に手を差し伸べる気遣いを持てるとよいのではないでしょうか。

「急がば回れ」で、想定外の案件を減らす

私自身は「早く帰る」を意識して、定時退勤を基本とした勤務を心がけていました。それが実現できたのは、特別な状況にあったからではありません。ごく一般的な教師生活の中で実現させてきました。

先に述べた通り、そもそも働き方を変える目的は、健康や公私のバランスを保つことで、教師としての日々のパフォーマンスを高めることです。定時退勤をする中でも、教師として最も大切にしたい子どもと向き合う仕事には十分な時間を使うようにしたいので、それ以外の時間をどう使うか、勤務時間内においては子どもがいない時間にいかに必須業務を済ませるかを考えました。まず、退勤時間までに必須業務が終わるように、逆算してすべきことを整理しました。単純作業や事務作業は効率を重視して早く済ませ、過去の文書を流用できる書類はすべて流用しました。子どもの成果物や課題等の確認にはメリハリをつけました。例えば、日記や私自身の専門である道徳の授業に関するものは一人ひとりに数行のコメントを返しました。コメントは、子どもの考えや頑張りを認めることで、自己肯定感を高める内容にしたいと思っていました。読む子どもたちの立場に立ち、1人の人間として文章を書いてくれた相手に敬意を持ちながら真剣にコメントを書けば、子どもにもそれが伝わり、子どもの心が動きます。子どもだけではなく、楽しみにしてくださっている保護者も多かったです。一方、国語や算数などの提出物には原則としてコメントをつけず、スタンプにしていました。

また、保護者向けの情報発信も重視していたために、時間をかけました。1人1台の端末上の学級ページにはコメントをこまめに入力し、学級通信はほぼ毎日発行しました。大変そうに聞こえますが、保護者はその日の学級の様子が細かく分かるほど安心するものです。教師からの発信が多いほど保護者からの信頼が高まり、問い合わせや苦情は減ります。業務負担の視点で考えると、最も大変なのが想定外の案件への対応ですが、急な保護者対応が減ることで、目に見えて早く帰りやすくなります。学級通信はそうした効果のほかにも、教師としてのポートフォリオの役割も果たすため、積み重ねていく価値があるのでお勧めです。

いずれの工夫も、自分自身が笑顔で、元気で子どもに接するために行っていたものです。疲れがたまっている時は、無理して目先の仕事を頑張るよりも、早めに帰って体を休め、翌朝笑顔で出勤して挽回する方が、教師として質の高い仕事ができると思うのです。

学級担任時代に作成してきた学級通信。初任時代はB4版にしていたが、A4版にしてフォーマットも固定することで、作成しやすいように。日々の出来事をタイムリーに伝えることで、保護者の学級活動への理解が深まり、信頼関係構築にもつながっていった。

望むのは、用途限定型予算の増額や正規教員の増員

これまで、教師個人として私がしてきた工夫をお伝えしてきましたが、言うまでもなく、学校の働き方改革は、教師個人の努力と工夫だけでは実現することはできません。国や行政は、本気で現状を打開してほしいと思います。中央教育審議会では現在、教師の待遇改善の具体策を議論中です。個人的には、残業代をつける案は遅くまで学校に残るだけの教師が出る懸念があり、賛成できません。むしろ、事実上無報酬で行っている部活動指導に対して、手厚い報酬を出す方がよいと考えます。また、自治体は使用可能な予算を増額するのではなく、例えばICTの整備など、用途を限定して増額してほしいと思います。そうでないと行政は、校舎の老朽化対策など、見た目で分かりやすい用途に予算を使ってしまうことがあるからです。

人材不足については、教師の事務作業などを支援するスクール・サポート・スタッフが全国に配置され、その人件費補助額も倍増させる方針が出ました*が、担任を持たずに自由に動ける正規教員の人数が足りません。学級担任が急に休んだ場合、サポート・スタッフは教科指導ができないため、他の学級担任や管理職がフォローするしかありません。フォローに入った教師は、その時間にやろうとしていた業務が後ろ倒しになります。特に小学校においては正規教員が少ないため、改善を強く期待するところです。

学校の労働環境が変わっていけば、現職の教師だけでなく、教育に関心のある学生を始めとした教師以外の人も「教師っていいな、学校で働くって素晴らしいことだな」と思えるようになるでしょう。そうなれば、教師を目指す人も増え、人材の質も高まります。そうした土壌が醸成されることを心から願っています。

*2024年度予算案の概算要求による。スクール・サポート・スタッフ関連は、本年度予算の55億円から120億円超になる見通し。

 

(本記事の執筆者:神田 有希子)

庄子寛之(しょうじ・ひろゆき)

ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター研究員

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