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  • 【先行公開】『VIEW21』教育委員会版 2020年度 Vol.1

【先行公開インタビュー】
教育長が語るLeader’s VIEW 福生市教育長 川越 孝洋

2020/08/07 09:00

東京都福生市は、都心から電車で約1時間の距離に位置する、市立小・中学校数が計10校の自治体です。『VIEW21』教育委員会版2020年度Vol.1(9月発刊予定)の「教育長が語るLeader’s VIEW」では、同市が行う、客観的なデータに基づいた幼児期からの教育施策を取り上げます。同市の川越孝洋教育長に、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた臨時休業下での経験や気づきを今後の教育にどう生かしていくのか、うかがいました。

川越 孝洋 ● かわごえ たかひろ

東京都公立中学校教諭を経て、福生市教育委員会参事兼指導室長、多摩市立落合中学校校長等を歴任。2013年1月から現職。

ICT環境の整備を進め、教育格差の解消と主体的・対話的で深い学びの推進を図る

学校現場の声に後押しされ、他自治体よりも早く授業を再開

本市では、6月8日から通常の時程による授業を再開しました。本市の新型コロナウイルスの感染者数は、5月末時点の累計で1人であったことから、都内の多くの自治体が通常授業の再開を15日とする中、私はそれよりも1週間早い再開を決断しました。

3月からの臨時休業中は、統括指導主事が中心となって各学校の要請にも応え、家庭のICT環境に応じてタブレット端末を貸与し、学校が配布するプリントやオンライン学習ソフトなどによる学びやオンライン学級活動で教師とつながる取り組みを進めてきました。しかし、子どもによって課題の提出状況が異なっていたため、学力差が広がることへの懸念の声が、学校現場から相次いで聞こえてきました。それが、通常登校を他の自治体よりも1週間早めた大きな理由です。

文部科学省の通知では、臨時休業中に課題を通じて学習した内容は学校再開後の授業で扱わなくてもよいとされていました。しかし、本市の学校現場からは「課題を出しただけで、学習したことにはできない」といった意見が多く寄せられ、一斉授業を再開した6月8日に、教科書の1ページめから始めることとして、各校で年間授業計画を立て直しました。

通常登校の再開後2週間以上が過ぎ、市内には感染者が新たに1人出ましたが(7月5日時点)、子どもたちは健やかに落ち着いて学んでいます。油断はもちろん禁物ですが、まずは安堵しています。

分散登校中に学力調査を実施し、前年度までの定着度を把握

分散登校中は、通常登校再開後の授業がスムーズに進められるよう、各学級で係や委員を決めるといった学級活動を行いました。また、今年度から導入を決めた小学2年生〜中学3年生の学力・学習状況調査を実施し、学習内容の定着度を測定しました。本調査は、出題範囲が前の学年までの学習内容となるため、新年度になっても通常授業が行われなかったことは、結果に影響しません。

調査結果は8月に出る予定ですが、私が注目しているのは「学びに向かう力」の大切さです。就学前後の円滑な接続の研究もしており、その追跡調査として併せて活用できるように、本市独自に小学2年生から調査を実施することにしました。

先生方に期待しているのは、調査結果を活用して子どもへのコーチングを高めていくことです。個々の子どもの課題に対応した支援をすると同時に、できている面もしっかり褒めることで自己肯定感を高め、学習意欲に結びつけてほしいと考えています。

ICTを活用する個別最適化された学びで、教育格差の解消を目指す

約3か月にも及んだ臨時休業は、子ども、教員、保護者、社会のそれぞれが、学校のあり方を改めて考える機会となり、私にも様々な気づきがありました。

最も大きな気づきの1つは、教育のICT化の重要性です。臨時休業中は、オンライン授業の実施状況が自治体や学校によって異なることが、それが教育格差を生じさせる一因とされ、ICT環境の整備に目が向けられました。本市では、臨時休業前から整備を進めていましたが、今後もそれを加速させ、2021年1月、GIGAスクール構想を活用して、子どもに1人1台、LTE回線を利用したタブレット端末を配備する予定です。

タブレット端末は、教育格差の緩和にもつながる個別最適化された創造性を育む学びを実現し、今後、再び臨時休業となった時に、子ども1人でも主体的に学びを進められる有力なツールとして位置づけています。今後は、学習支援ソフトのアカウントを教職員、児童生徒1人ひとりに付与し、学校からの学習課題の配信や学習の成果の配信、学習相談ができるようにします。

自宅で学べることは、不登校の児童・生徒にとっても大きなメリットです。本市では、学校の授業をオンラインで受けられるようにするために、教員と黒板が見える位置に固定カメラを設置して、授業の動画を配信する計画を進めています。場所はどこであれ、その授業を受けていれば出席とし、評価にも反映させる方法を検討中です。

本市では、今年度から東京都教育委員会の認可を受けて、「不登校特例校分教室」を設置しましたが、現在の在級生は13人です。学校に行かなくてもオンラインで授業に参加することで、少しでも子どもの意識が変わり、学びにつなげられないかと考えています。

重要性が高まる、授業デザインと働き方改革

臨時休業で教員と子どもの対話の機会が失われ、学びにおける対話の重要性も改めて突きつけられました。言うまでもなく、社会は人と人との相互関係で成り立っています。学校は、他者と対話し、社会性を身につけていく場であり、その重要性は学習指導要領にも明記されています。

学習方法と平均学習定着率の関係を示す「ラーニング・ピラミッド」の考え方によると、学習の定着率は、「講義」が5%に対し、「グループ討論」は50%、「他の人に教える」は90%とされています。学んだ内容を他者に発信することで知識・技能が深まり、思考・判断・表現力が高まるのです。通常授業であれ、オンライン授業であれ、そうした対話や発信の機会の確保が大変重要になります。

それでは、子どもにいつ、どのように働きかけ、発問すれば、深い思考をし、対話が生まれるのか。そうした「主体的・対話的で深い学び」の視点での授業改善を、本市でも数年前から進めてきました。ICTを活用すれば、教員から子どもへの働きかけや発問の幅がより広がります。また、対話においても互いに話したり書いたりすることで表現がより豊かになるため、授業デザインがより重要であると考えられます。

授業がオンラインで配信され、課題も出されるようになれば、保護者も子どもの普段の学習を見ることができます。学びの場が自然と社会に開かれることになり、それを支援する教員の視野も、より広がっていくことでしょう。

そして、一層の指導力向上が求められる教員のために、学習指導や学級経営により専念できる環境を整えることが、教育委員会の役目だと捉えています。

例えば、生徒指導では、臨床心理士を配置し、教育センターを充実させるなどして、学校だけでは対応できない部分を補っていくことを目指しています。本市の市立小・中学校や子ども家庭支援センターは、働き方改革の流れの中、電話対応は原則として17時までとしているので、保護者や子どもからの緊急時の連絡にどの部署が対応するのかといった体制を整えることの検討が必要であると考えています。

臨時休業中、子どもたちを支援しようとNPO団体の動きが活発化し、企業の様々な努力も垣間見えました。今こそ、学校を社会に開き、産学官連携を進めていくことで、教員の働き方改革を後押しし、子どもたちのより大きな成長を支えていきたいと考えています。

※ 取材は7月上旬に実施。

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