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「学び続ける人」を育てる木古内町(きこないちょう)の教育改革

2025/09/25 09:00

全国の教育長に教育施策の立案の視点について尋ねる本コーナー。第9回は、民間の航空会社出身で、会社員時代は会社に所属しながら大学院で学ぶなど、ユニークな経歴を持つ北海道木古内町教育委員会の教育長の藤澤 義博(ふじさわ よしひろ)氏に、これまでのキャリアとそこから得た視点、教育にかける思いを聞いた。

北海道上磯(かみいそ)郡木古内町(きこないちょう) 概要

北海道の最南端の渡島(おしま)半島に位置し、津軽海峡に面する自然豊かな町。北海道内では比較的温暖な地域で、農業・林業・漁業の一次産業が中心。2016年3月の北海道新幹線の開業により、「木古内駅」に同新幹線の駅が設置されたことで、本州とのアクセスが飛躍的に向上した。

人口 約3,400人
面積 221.9㎢
町立学校数 小学校1校、中学校1校
教員数 約30人
児童生徒数 約140人

お話を伺った教育長

北海道木古内町 教育委員会 教育長
藤澤 義博(ふじさわ よしひろ)

民間の航空会社で様々なキャリアを歴任後、函館で小・中学生向けプログラミング・デジタルスクールを設立。2022年10月より現職。学び続ける姿勢と故郷への誇りを子どもたちに持たせるために、小中一貫校の設置に注力。

聞き手

安藤さゆり(あんどうさゆり)

株式会社ベネッセコーポレーション
小中学校事業部
マーケティング・新規事業開発課 課長

1.北海道の豊かな自然の中で育まれた学びの原体験

<安藤>
藤澤教育長は民間の航空会社で様々なキャリアを経験された後、希望退職をして公立はこだて未来大学大学院博士後期課程で学ばれたり、函館で小・中学生向けプログラミング・デジタルスクールを設立されたりするなど、大変ユニークな経歴をお持ちです。その後、木古内町の教育長に就任されましたが、どのような教育観をお持ちなのでしょうか。

<藤澤>
私は神奈川県横須賀市で生まれ、小学1年生の時に、父の仕事の都合で北海道松前郡福島町に引っ越しました。移り住んだ当初は、横須賀とは全く異なる環境になじめず、同級生たちが使う地元の言葉も分からなかったため、学校に行けない日々が続きました。

そんな私を救ってくれたのが、学校の先生や地域の大人たちでした。学校に行けない間、担任の先生が毎日プリントを家に届けてくれました。学校に戻れるようになった頃には、勉強が好きになっていました。

生活環境に慣れてくると、地域の子どもたちとも海や山で遊べるようになりました。畑仕事やまき割りを手伝ったり、魚の釣り方を地域の大人から学んだりもしました。様々な年齢の人が入り交じるコミュニティの中で、多くの知識を吸収しました。

今、振り返ると私は、知的好奇心が旺盛な子どもだったと思います。理科の授業で地層の学習をした時は、実際に地層が見られる山に行って化石を探したこともあります。学校で学んだ知識を自然の中で活用してみる。そうした理論と実践を往還する原体験が、私の教育観の土台の1つとなっています。

<安藤>
高校卒業後も貴重な経験をされたそうですね。

<藤澤>
祖父が海軍の軍人だった影響で、高校時代に防衛大学校入学を目指していたのですが、結果は残念ながら不合格でした。そこで進路を変え、米国に約2年間、語学留学をしました。

大学の寮生活では、南米やアジア、ヨーロッパなど、様々な国の留学生と生活をともにしました。ちょうど湾岸戦争が起こった時期と重なったため、彼らと戦争や自国の歴史について議論を交わしました。そうした経験を通じて、多様な考えに触れる重要性を実感しましたし、改めて母国の日本について深く考える、よいきっかけとなりました。

2.航空会社勤務時代に培った多様な経験と、危機感から生まれた教育への情熱

<安藤>
帰国後、航空会社に入社されています。そこでは、どのような経験をされたのでしょうか。

<藤澤>
最初は空港のグランドスタッフとして勤務し、30歳の頃には航空座席の受託販売などを扱うグループ会社へ異動して、旅行商品の企画や販売、添乗員業務などを担当しました。そして、北海道洞爺(とうや)湖サミットが開催された2008年に、北海道の観光振興を担う一般社団法人へ出向しました。そこでは北海道の観光プロモーションや地域振興の政策立案支援などを手がけました。

仕事は順調でしたが、出向中の2010年1月に所属元の航空会社が経営破綻。その後、私は同年10月に航空会社の北海道支社に帰任しました。当時、会社では大規模なリストラが行われ、1人あたりの業務量が増加しました。私も総務、広報、宣伝、販売企画の4つの業務を兼務する状況でした。

そうした中で、「新たなポジションにおいて必要となる知識・スキルは自分自身で学び、身につけるしかない」と考えた私は、会社に所属しながら札幌学院大学大学院・地域社会マネジメント研究科の太田清澄先生の研究室に在籍し、都市計画や自治体分析、地域活性といった地域政策を学び、修士の学位を取得しました。

東京本社のマイレージ関連の事業部に異動した時も、学びの重要性を痛感しました。シリコンバレーや中国の深圳(シンセン)を訪問する中で、学習意欲やプログラミングの高さの面で海外と日本の差を目のあたりにし、大きな衝撃を受けました。そこで感じた「このままでは日本は世界から立ち遅れてしまう」という危機感が、後に教育分野へ転身する大きなきっかけになりました。

<安藤>
その後、航空会社を辞めて、北海道に拠点を移されたそうですね。

<藤澤>
はい。マイレージ関連の事業部での経験からプログラミング教育に関心を持つようになり、公立はこだて未来大学の美馬のゆり先生の下で専門的に学びたいと考えました。2018年に航空会社を希望退職し、同大学大学院の博士後期課程に進学すると同時に、函館に小・中学生向けのデジタル・プログラミングスクール「D-SCHOOL北海道」を立ち上げました。

コロナ禍の最中には、GIGAスクール構想が始まったこともあり、大学院での研究を続けながら、ICT支援員として近隣の自治体で小・中学校のサポートをするようになりました。その1つが木古内町です。

その後、町長から「教育長になってほしい」という熱心なオファーをいただき、一度はお断りしたのですが、町長の熱意と、恩師である美馬先生の「現場で経験を積むことは重要だ」という言葉に背中を押され、2022年に教育長の職に就くことを決意し、木古内町議会で承認をいただきました。

3.小さな町だからこそ実現したい小中一貫教育とふるさと教育

<安藤>
民間から教育長になられて、戸惑うことも多かったことと思います。最初に感じた課題はどのようなことでしたか。

<藤澤>
正直なところ、戸惑うことばかりでした。

特に気になったのは、コロナ禍の影響もあり、子どもたちも先生方も元気がなかったことです。また、町の教育行政のDXの遅れも気になりました。GIGAスクール構想が始まったのにもかかわらず、ICT教育がなかなか進んでいなかったのです。教育委員会の職員と学校の先生方、双方の意識改革とアップデートが必要だと考え、教職員対象のICT研修会を実施しました。

同時に、会社員時代に札幌学院大学大学院で地域政策を学んだ経験を生かし、木古内町の発展という視点から地域分析を進めました。本町は人口約3,400人、高齢化率約51%と、少子高齢化が深刻です。一方で、本庁の豊かな自然環境をうまく活用できれば、子どもたちを大きく伸ばせるとも感じました。

現在目指しているのが「9年間を見通した教育」です。小さな町だからこそ、小学校と中学校が連携し、子どもの個性や学力の状況を小・中学校間で共有することで、9年間の一貫した教育が可能になると考えました。そこで、それまで分離されていた小・中学校の教育現場をつなぐため、ICT教育の環境と仕組みを整備し、小学校で使った端末を中学校でも使えるようにしました。それにより、子どもたちの学びと成長のデータが小学校から中学校へ引き継がれるようになりました。

また、私自身の幼少期の経験から、地域の自然を活用した「ふるさと教育」の推進にも力を入れています。デジタルで学んだ知識を体験の中で活用することで、より深い学びが得られるのではないかと考えました。

木古内町は米の産地。農家の協力を得て、町内の小学5年生全員が田植えと稲刈りを体験できるようにしている。

私自身も教育長として専門性を高めるために、現在も学び続けています。

2024年には、北海道立生涯学習推進センターの講習を受講して「社会教育士」の資格を取得しました。その後、社会構想大学院大学が開講した「教育CIO養成課程」で36時間の授業を受講し、教育CIO(最高情報責任者)に求められる知識と技能を体系的に修得しました。同課程では、ICTを活用した教育改革を推進できる専門的リーダーを育成しています。

さらに2025年4月からは、現職の教育長を養成する日本で唯一のコースである、兵庫教育大学大学院の教育政策リーダーコースで、主に教育行政学の研究を始めました。

「学び続けることで、人は幾つになっても成長できる」という信念が、私の学びの原動力となっています。

4.小中一貫教育を通して、学び続ける姿勢と故郷への誇りを子どもたちに育みたい

<安藤>
今後、町の教育の未来に向けて、どのようなことに取り組んでいく予定ですか。

<藤澤>
現在1校ずつの小学校と中学校がより一層連携するために、小中一貫校の設置を検討しています。子どもたちが「この町で生まれて、学んで、育ってよかった」と思えるような教育環境をつくりたいと考えています。

小中一貫カリキュラムのイメージ図。子どもから大人まで、皆で学び合う教育環境の構築を目指す。

豊かな教育の実現のためには、学びの空間を整備することが重要です。図書館のような静かな環境の方が学びに集中できる子どももいれば、ピアラーニングのように対話の中で理解を深める子どももいます。多様な学習スタイルに対応できる学習空間を構築したいと考えています。

また、東日本大震災の教訓から、学校を中心とする安心・安全なまちづくりも目指しています。災害時に子どもたちや地域の人々が安心して避難できる場所として、学校を再構築する必要があると考えています。

それらの構想を実現するために現在、小中一貫校設置の検討委員会を立ち上げ、住民の皆さんと一緒に、新たな学校のあり方について議論しています。

子どもたちには、故郷に誇りを持ちながら、世界へ羽ばたいてほしいと願っています。グローバル化が進み、インターネットで世界と簡単につながることができる時代ですが、地元を離れても故郷に感謝し、応援する気持ちを忘れないでほしい。また、どこにいても、幾つになっても「学び続ける人」を育てたい。そうした教育の未来を、私はこの木古内町で実現したいと考えています。

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