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- 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2025年度9月号
【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」見えにくい生徒の姿を、私たち教師はどうすれば見ることができるのか
高知県・高知追手前高校 杉山太夏子 先生
2025/09/19 09:30
教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。
杉山太夏子 先生
同校に赴任して1年目。教頭。
数学科の教師として、生徒は目の前の問題をどのように捉えているのか、つまずいているとしたら、それはどこで、どのように考えたからなのかなど、常に生徒目線での授業づくりに注力してきた。
目標達成のために自ら作戦を立てる経験を積んでほしかった
Aさんが1年次から志望していた学部・学科は文系でしたが、Aさんは2・3年次に理系コースを選択していました。3年次のクラス担任だった私がAさんに理系コースを選んだ理由を尋ねたところ、Aさんは「苦手な数学を克服したいからです」と答えました。
私たち教師は生徒に、「3年間の高校生活を通して、5教科すべての学習を大切にすることは、大学入試やその後の人生において大きな力となる」と繰り返し伝えていました。Aさんはそうした教師の考え方を素直に受け止める真面目な生徒でした。事実、学校で実施した生活時間調査では、学年団が掲げる1日の家庭学習の目標時間をおおむねクリアしていました。
しかしAさんは、定期考査や模擬試験、各教科の小テストの成績は振るいませんでした。
高校生にとって「5教科すべてをバランスよく学ぶことが大事」だと、私は今も確信しています。そして、全国規模の競争である大学入試では、自分に合った作戦を練り、学習の優先順位をつけることが重要であることも折に触れて生徒に伝えてきました。
私は担任のクラスの生徒に、「部活動でもクラスマッチでも、どうしたら勝てるかを考えるよね。大学入試センター試験(現・大学入学共通テスト)も合格ラインとなる得点がある程度分かっているのだから、各教科で何点を目指すのか、合格ラインに到達するためにどんな勉強をするのか、自分で作戦を立てることが大事だよ」と話してきました。受験勉強を通して、目標に到達するための作戦を自分で立てられるようになることが、生徒たちにとって一生役立つ力になると考えていたからです。
勉強の成果がなかなか表れないAさんは、自分なりの受験勉強の作戦を立てることに苦労していたのではないかと思います。
教師の私には見えていなかったAさんの行動変容
1年次から志望していた大学にAO入試で合格できなかったAさんにとって、一般入試(現・一般選抜)に向けてできるだけ早く気持ちを切り替えることはとても重要でした。私はAさんに、「AO入試では不合格だったけれど、一般入試までに学力を伸ばして、大学が求めるレベルをクリアしよう。そのための学習計画を立てることが何より大切だよ」「現役生の学力は最後まで伸び続けるから、諦めずに頑張ろう」などと話しました。
また、私の高校時代のエピソードも話しました。私は2月当初に受験した私立大学の一般入試で不合格になり、かなり落ち込みましたが、2日ほどで気持ちを切り替え、その後の数週間、それまでにないくらい勉強に没頭することで、国立大学の合格を勝ち取れました。数週間、数か月という短い期間でも学力は大きく伸びることをAさんに分かってもらいたくて、私は自分の経験談をいろいろと話しました。
AO入試の不合格直後は落ち込んでいた様子のAさんでしたが、徐々にいつも通りの表情が見られるようになりました。しかし私は、内心ではショックを引きずっているのではないかとずっと気がかりで、しばらくAさんの様子に注意を払っていました。
Aさんの行動からは、放課後も教室に残って勉強したり、職員室に頻繁に質問に来たりといった、一般入試に向けて勉強のスイッチが入ったような様子は見られず、明確な行動変容が担任の私には見えていませんでした。成績も目に見えて上がることはありませんでした。
ですから、12月の三者面談でAさんの母親から「AO入試の不合格を境に、Aは朝早く自分で起きてきて、登校前に勉強するようになりました」と聞かされた時は、「私の見えないところでAさんは大きく変わっていたのだ!」と、とても驚きました。模擬試験では最後まで成績を大きく伸ばすことはできませんでしたが、その後Aさんは、大学入試センター試験で目標点をクリアし、一般入試で志望校の合格を果たしました。
一般入試の合格発表後、私はAさんに、合格を勝ち取れた理由は何だったと思うかと尋ねました。Aさんは「AO入試で不合格になってしまったので、本気で頑張らないといけないと思いました」と言い、その後、こう続けました。「苦手教科の数学の勉強量を減らして、入試で配点の高い国語、英語、地理歴史・公民の3教科に力を入れて勉強したことがよかったと思います」。
AO入試で不合格となった後のAさんの様子からは、やる気の変化も、受験勉強の方針の転換も、私は感じ取ることはできませんでしたが、Aさんは「今のままの自分では駄目だ」と自覚していたのです。大学入試を通してAさんは作戦を立てることと気持ちを切り替えることを実践し、着実に成長していたのだと思いました。
教師はどこまで生徒のことを理解できているのか
自分の目に見えている生徒の姿が、その生徒のすべてとは限らない。教師にも見えていないことがたくさんあるかもしれないということを、Aさんは私に教えてくれました。生徒のすべてを把握できているわけではないと自覚することは、生徒の可能性を信じるという意味でも重要なことだと思います。
また、教師には見えないけれども、同じ生徒同士であれば見える生徒の姿があると思うこともあります。
難関国立大学に合格したBさんは成績はよかったものの、すぐに気を抜くタイプの生徒で、同じ学年団の同僚も最後までBさんのことを心配していました。無事に合格したことを知った私たち教師が胸をなで下ろす中、Bさんと同じクラスの生徒たちは、「Bは絶対に受かると思っていた」と、合格は当然のことといった様子でした。放課後も教室で一緒に勉強した仲間だからこそ、「あいつは合格ラインに入るだけの努力をしている」と確信できる何かを感じ取っていたのでしょう。
実は私は、高校3年生の時に忘れられない経験をしています。体育祭後の最初の登校日に、写真部だった私は、体育祭で撮影した写真をクラスのみんなと見ようと思って教室に向かいました。ところが教室のドアを開けた瞬間、ここが本当にこれまで過ごしてきた教室と同じ場所なのかと疑うほど、クラスの雰囲気ががらりと変わっていることに私は気づきました。体育祭の写真を見ながらおしゃべりするような雰囲気ではない……。「受験に向けて、みんなは気持ちを切り替えたんだ。自分も変わらないといけない」。そう思ったあの瞬間の教室の張り詰めた空気感を、今でも鮮明に覚えています。
私たち教師は、高校3年生の部活動引退後などに、受験に向けて気持ちを切り替えることや本気になることの大切さを生徒に伝えます。AO入試後のAさんはまさに気持ちを切り替え、本気になっていました。しかし私はそのことに気づけませんでした。生徒の実態や変化を把握することは、決して簡単なことではないのだと思います。
私が高校3年生の時に開けたあの教室のドアを、教師という立場になった今の自分が開けたら、果たしてクラスの雰囲気の変化に気づくことができたのだろうかと考えることがあります。私にはキャッチできていない何かが目の前の生徒たちに起きているのかもしれない……。教師としての自分を過信しないことも大切なことなのだと思っています。
生徒の本当の姿を把握するために同僚の力を借りる
生徒の本当の姿を把握することは難しい。だからこそ、私は自分1人ではなく、同僚の力を借りて生徒のことを理解するように努めてきました。私が担任をしているクラスの授業担当者に、生徒のよいところや頑張っていることを教えてもらうようにしていたのが、その一例です。そして、ホームルームや自分が担当する数学の授業以外の時間での生徒の様子を、私が気づけていない生徒の姿としてとても重視してきました。
私が気づけなかった生徒の様子を知る度に、「英語科のC先生があなたのことを頑張っているって褒めていたよ」などと、その生徒に声をかけるようにしていました。そのようにしたのは、「いろいろな先生が協力しながら、あなたのことを見守っている」「私もあなたのよいところをもっと知りたいと思っている」ということを生徒に伝えたかったからです。
教師が生徒の本当の姿を把握することが難しいように、生徒も教師の本当の姿を知ることはきっと難しいと思います。だから私は、自分が知っている同僚の長所や得意なことを生徒に積極的に話すようにもしてきました。「D先生は哲学についてとても詳しいんだよ」「E先生は難関大学の入試問題の研究のエキスパートなんだよ」。そのように同僚のことを生徒に紹介すると、生徒はそれまでかかわりの少なかった教師に関心を持ち、信頼し、相談や質問をするようになります。学年団の教師に対する生徒の信頼感を高めることは、結果的に生徒の学力向上につながるという思いが私の中にありました。
私たち教師は、どんな場面においても、「自分は生徒に伝えた。だから分かっているはず」などと思い込んではいけないのだと思います。生徒は私たち教師の言葉や思いに同意し、共感しているのか、教師と生徒を俯瞰的に見ることが、学年団、そして学校全体にも必要ではないでしょうか。
そして、生徒の本当の姿が見えにくいからこそ私たち教師は、同僚と協力しながら、自分が知らない生徒の姿に迫っていくことが求められるのだと思います。

