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【誌面連動】マイ・ストーリーを語れる生徒を育む進路指導 詳細紹介
宮崎県立宮崎東高校 定時制課程夜間部
自分や他者との対話を通して、
自己肯定感を育み、進路を切り拓く力を醸成

2023/04/14 09:30

「マイ・ストーリー」とは、生徒一人ひとりの「自分のこれまでの学びや活動、その成果や結果に至るまでのプロセス、これからの展望」を指す。

本記事では、『VIEW next』高校版2023年4月号で紹介した宮崎県立宮崎東高校定時制課程夜間部の、「マイ・ストーリー」を描き、それを語れる力を生徒に育む取り組みを、さらに詳しく紹介する。

本記事のコンテンツ

1.自己肯定感を高める探究学習

2.自分や他者との対話を通して心が開く

3.探究学習で進路を切り拓く力を身につける

学校概要

◎設立  1974(昭和49)年

◎形態 定時制(昼間・夜間)、通信制/普通科/共学

◎生徒数 1学年約20人(定時制夜間)

◎2021年度進路実績(現役のみ) 4年制大には、千葉商科大、南九州大、宮崎産業経営大に4人が合格。短大・専門学校進学7人。就職4人。

西山正三(にしやま・まさみ)

2学年担任
教職歴24年。同校に赴任して4年目。理科。前任の宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校で探究学習に長くかかわる。
※プロフィールは、2023年3月時点のものです。

1.自己肯定感を高める探究学習

小・中学校で不登校を経験した生徒や、義務教育段階での基礎学力が身についていない生徒、人前で話したり、他者と協働したりすることが苦手な生徒が、これまでの人生で不足していた時間や経験を取り戻し、これからの展望を語れるようになるための土台を築く。それが、宮崎県立宮崎東高校定時制課程夜間部で実施されている週1コマの「総合的な探究の時間」だ。

 

4年間の探究学習には、「自分を知る(1年次)」、「社会を知る(2年次)」、「進路を知る(3・4年次)」の3つのフェーズがある。「自分を知る」では、自分の興味・関心や大切にしたい価値観について向き合い、「社会を知る」では、社会にはどのような職業があり、どのような問題を解決すべきなのか、そしてどのような人材が求められているのかといったことを知る。そして、「進路を知る」では、高校卒業後にどのような進路の選択肢があるのかを知り、自分が進むべき道を選び、踏み出す。生徒たちは4年間をかけて、自分の生き方を探究することになるが、西山正三先生は、「生徒たちには、自由に調べ、考えることの楽しさを味わってほしい」と、生徒に伴走する役割を果たす者としての思いを語る。

 

「3つのいずれのフェーズにおいても、①課題の設定から、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現までの探究学習のサイクルが回されます。しかし生徒たちには、自由に、自分のペースで活動してほしいと伝えています。ゆっくりでもよいので、『自分についてこんなことが分かった』、『こんな分野に興味を持った』などと、自分について探究し、その過程での小さな変化や成長を、私たち教師が認めていくことで、今後の人生を生きていく上で欠かせない自己肯定感が生徒に少しずつ育まれると考えています」

2.自分や他者との対話を通して心が開く

人生を切り拓くために最も重要な学びは、自分の興味・関心を探り、自分の生きがいを見つけていく、1年次の「自分を知る」探究学習だ。マインドマップや自己分析によって自分自身について掘り下げるとともに、答えが1つではない問いについて他者と対話をする哲学対話に取り組む。そして、興味・関心のあるテーマを1つ選び、それについての自分の考察をスライドにまとめて発表する。

 

マインドマップで自分の興味・関心を広げたり、マンダラートで自己分析したりすることは、自己肯定感が十分に育まれていない生徒にとっては、決して簡単なことではない。自分が興味を持っている事柄を語句レベルで1つ、2つ書いたところで、筆記具を持つ手がピタリと止まってしまう生徒もいる。そうした生徒に西山先生は、「たとえ1つでも、好きなことや大切なことがあることは、とても大切なことなんだよ」などと声をかけ、今の生徒の状態を肯定し、「これをヒントに、ほかにどんなことが思いつくかな?」といった、自分を掘り下げるための投げかけを行う。「この時間で少なくともキーワードを10個書こう」などと言って、生徒を急かすようなことはせず、あくまで本人のペースを尊重する。そのため、マインドマップの製作には3コマ、マンダラートにいたっては発表までに6コマと、たっぷりと時間をかける。

 

東京大学大学院総合文化研究科の梶谷真司教授をファシリテーターとして招いた哲学対話は、22年度はオンラインで3コマ、対面で1コマの合計4コマ実施した。

 

「本校には、他者に自分の考えや気持ちを話すことに抵抗感を持っている生徒や、自分のことばかりしゃべりすぎて相手の言葉に耳を傾けるのが苦手な生徒もいます。だからこそ、1つのテーマについて参加者が一緒になって考えを深めていく哲学対話に、1年次に取り組むことがとても大切なのです」

 

哲学対話は、参加者が出し合ったテーマ案の中から1つを選び、スタートする。テーマは、特別な知識や経験がなくても語れるものや、答えが1つとは限らないもの、気軽に話せるものがよいとされている。これまで同校では、次のようなテーマで哲学対話を行ってきた。

「どうして1分は60秒なのか?」

「どうして人は好き嫌いがあるのか?」

「なぜ、色に名前があるのか?」

「なぜ、人間は心を持っているのか?」

「なぜ、人は不得意なことや興味がないものに集中できないのに、得意なことや興味があることに集中できるのか?」

 

また、哲学対話の実施にあたっては、梶谷教授が提唱する「哲学対話の8つのルール」を生徒に掲示している。

①何を言ってもよい

②人の言うことに対して否定的な態度をとらない

③発言せず、ただ聞いているだけでもよい

④お互いに問いかけるようにする

⑤知識ではなく、自分の経験に即して話す

⑥話がまとまらなくてもよい

⑦意見が変わってもよい

⑧分からなくなってもよい

「この8つのルールに沿って対話を重ねていくと、本校の生徒は、他者に対してゆっくりと自分を開いていくような感じで、次第に自分の考えを話すようになっていきます」

3.探究学習で進路を切り拓く力を身につける

同校の生徒たちにとって、「自分を知る」をテーマにした1年次の探究学習は、その後の進路選択に大きな影響を及ぼす学びになっている。

 

ある生徒は、マインドマップに取り組んだことで、自分がファッションに興味を持っていることに気づき、アパレル関係に就職するという目標を持って進学先を選ぶことができた。また、別の生徒は、中学校までは、「人づき合いが苦手」、「数学が苦手」などと、自分の苦手なことばかりに目を向けていたが、探究学習での自己分析を通して、「地道な作業を厭わない」、「タイピングスキルに秀でている」といった、自分が持つ資質・能力を自覚し、高校在学中にプログラミング言語に関する資格を取得。その後、上級学校へと進学した。マインドマップの作成の際には、教師が「マインドマップには間違いなどない。自由に描けばよい」などと声をかけ、生徒の中から言葉が出てくるのを根気強く待つことができれば、生徒自身の新たな自己発見につながっていくという。

 

「ある生徒は、自分の好きなアニメーションに関する事柄を4年間、ずっと調べていました。アニメーションというテーマを掘り下げるうちに、アニメーションそのものだけではなく、アニメーション制作にかかわる職業にも関心を持つようになりました。そして、アニメーションに関する様々な職業を知ったことでその生徒は、社会で自立するためには資格を取得した方がよいのではないかと考えるようになったのです。それから独学で簿記の勉強を始め、わずか2か月で日商簿記検定2級に合格し、その後、商学を学ぶために4年制大学に進学していきました」

 

探究学習と進路選択の関連を、西山先生は次のように説明する。

 

「アニメーションというテーマを深く掘り下げたことで、それまで目が向いていなかった社会人としての自立にまで、生徒の視野が広がりました。そして、大学入試の面接では、探究学習で取り組んだマインドマップなどを紹介し、『混沌とした状況の中でも丁寧に思考を整理していくことで、物事の本質が見えてくる』という、探究学習で自分が身につけた考え方について語ったそうです。もちろん、マインドマップにはアニメーションに関することばかり書かれているのですが、それでもその生徒は、商学部の合格を勝ち取りました。きっと、その生徒が探究学習で身につけた考え方が、商学の世界でも価値のあるものだと、大学が評価してくれたのでしょう」

 

探究学習で深めたテーマが直接進路に結びつかなくても、探究学習を通じた自分の変化や成長は、生徒の進路選択に必ず生きてくると、西山先生は考える。だからこそ探究学習は、自由で、楽しく取り組める時間であることが重要なのだと語る。

 

「最初から社会的・科学的なテーマに限定して探究学習に取り組ませることも、価値はあると思います。しかし、本校の生徒たちには、『どんなテーマでもいいよ』と任せ、寛容な態度で見守る方が合っているように思います。そのようにしても、生徒は時間を無駄に使うようなことはしませんし、私たち教師の想定を超えた形で、自らの進路を切り拓くヒントを見つけていきます。私は、生徒一人ひとりのペースを尊重し、学びを委ねることの大切さを、探究学習、そして生徒から学びました」

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