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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2023年度 4月号

【誌面連動】ウェブで詳しく!『これからの進路指導のための世の中トレンド解説』トレンドワード:リスキリング

2023/04/14 09:30

生徒の学びや進路選択、その後の人生に影響を与えるような革新的な技術や価値観を「社会のトレンド」として、「学ぶ」「働く」「暮らす」の観点から解説します。

本誌記事はこちらをご覧ください。

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お話を伺ったのはこの方

【解説者】
株式会社ベネッセコーポレーション
社会人教育事業部 部長
Udemy日本事業責任者
飯田智紀(いいだ・とものり)

ソフトバンクグループ株式会社で経営企画・グループ会社管理などに従事後、現職。

リスキリングが必須となる社会が到来

AIの飛躍的な進化などを受けて、社会は急激に変化しています。その速さを肌身に感じている人は多いでしょう。様々な業界で進められているDX(デジタルトランスフォーメーション)や働き方改革の流れは、ますます加速しています。スキルのアップデートを怠ると、すぐに取り残されてしまうというのが、世界共通の認識になりつつあります。

そうした社会環境を背景として、「リスキリング」が注目されています。その言葉は、社会や技術の変化に適応するために、職務上必要なスキルを習得することを意味します。今持っているスキルを磨き続けながら、+αの新たなスキルを身につけるといった意味合いが強く、「学び直し」(A→A’)ではなく、「学び足し」(A→A’+α)と捉えられます。これまで、耳にすることが多かった「リカレント教育」は、個人が人生を豊かにするために学び続けることを意味し、いったん休職をして高等教育機関で学び直すことなどを指しました。一方、リスキリングは、企業などの組織が推進主体となり、新たな価値を創造するための戦略を立て、構成員にスキルや知識の習得を促すといったことを指します(図1)。業務のDX推進のため、社員に対してデジタルスキルの習得を求めるといったケースが、その典型例です。

 

図1 「リカレント教育」と「リスキリング」の違い
※飯田氏の提供資料を基に編集部で作成。

個人が主体的に学ぶ姿勢が求められる

リスキリングは組織が推進主体になりますが、個人が受動的に指示を待っていればよいというわけではありません。組織が作成した戦略や計画、また、その背景にある課題を自分事と捉えて、個人が主体的に取り組むことが求められます。なお、個人がセルフブランディングの観点から、新たなスキルを身につけてキャリアアップを図ることも、リスキリングの一環として捉えてよいでしょう。

現在、リスキリングというと、デジタルスキルの習得を指す場合が多いですが、その他の様々なスキルを身につけることも、リスキリングに含まれます。例えば、GX(グリーン・トランスフォーメーション、*1)、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション、*2)も重視されています。そうした社会の動きに合わせて、多様なスキルが注目されるでしょう。

*1 産業革命以来の化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体を変革させること。日本では、「GX実現に向けた基本方針」が2023年2月に閣議決定され、GXの推進が打ち出されている。

*2 社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを「同期化」させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)を指す。経済産業省が立ち上げた「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)」の検討により、2022年8月に「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」の取りまとめと、「価値協創ガイダンス2.0」の策定がなされた。

【学ぶ】
アウトプットを伴う学びで、「戦略的学習力」の育成を

2030年時点で仕事をする際に最も重要になると言われているスキルの1つが、「戦略的学習力(ラーニング・ストラテジー)」です。それは、新しいことを学んだり、教えたりする際に、状況に応じた学習方法や指導方法を適切に選んで実行する力を指します。

これまでは、学校で学んだ知識を生かして社会に貢献するという考え方でしたが、これからの社会で価値を生み出すためには、社会人になった後もリスキリングを重ねることが欠かせません。戦略的学習力を発揮して、新たなスキルを効率的に身につけることが必要になると考えられるので、高校時代から、「学び方を学ぶ」という視点がとても大切になるでしょう。

学び方は、知識をインプットするだけの学びでは身につきません。アウトプットを伴うことで、次のインプットの仕方が改善するなど、PDCAサイクルが機能してこそ、自分に合った学び方が分かっていきます。高校の探究学習では、生徒が地域社会における課題の発見や問題解決策の提案などに取り組んでいると思いますが、そこからもう一歩踏み込み、その提案を社会で実践し、どのような結果に結びつくのかを体験することが、大切だと考えます。

結果が成功か失敗かは、あまり重要ではありません。自分の提案を実践することを通じて、インプットしたことがどのようにアウトプットに生かせるのかを体感したり、自分のスキルの価値を評価したりすることで、社会に出てから役に立つ学び方が身につくと考えています。今の子どもたちは、いわゆるデジタルネイティブであり、教師よりもデジタルスキルに長けていることもあるでしょう。そのため、学校はデジタルスキルを教えること以上に、そうしたスキルを社会問題の解決につなげる場を設定するサポートが重要なのではないでしょうか。学ぶことにどのような意味があるのか、どんなよいことがあるのかを高校生のうちに体験することは、大人になっても学び続ける習慣が持続することにつながります。小さなPDCAでもちろん構いません。生徒が学びの価値を実感する原体験となるような機会を、ぜひ学校でもつくっていただきたいと思います。

教科学習の指導内容も変革を求められている状況にあると感じます。技術の進化や社会の変化に伴い、教科間の境界線はなくなりつつあります。一例を挙げると、絵画の画像を生成するAI技術を活用するためには、AIに指示を出す際の語彙力や表現力が重要になります。すると、美術の授業に国語の要素が入ったり、AIの仕組みを理解するために数学的な知識が必要になったりするかもしれません。教師がリスキリングにより、新たなスキルや知識を身につけることで、社会の変化に合わせて授業の内容や質を変えることができるでしょう。

【働く】
「最新学習歴」が働く上で重要に

これまでは、終身雇用制度を採る企業が多く、就職後、1つの企業で勤め上げる人が大半でした。ところが、現在は、企業の寿命がどんどん短くなっており、個人の働く年数はそれを大幅に上回りつつあります(図2)。そのため、今後は最初に入社した企業で働き続けるという単線的なキャリアではなく、転職や副業を視野に入れた複線的なキャリアがより一般的になると考えられます。

 

図2 企業と個人の関係性の変化
※飯田氏の提供資料を基に編集部で作成。

 

転職などに際しては、評価の要素の1つとして、最新の学習歴がこれまで以上に重要視されるでしょう。既に欧米では、スキルベースの雇用になりつつあります。履歴書などに最終学歴の記入欄がなく、あくまでもスキルに基づいて、自社で成果を出せる人材であるかどうかを判断する採用のあり方です。日本でも、どのようなスキルを持っているかを評価する企業が増えていくと考えられます。そして、労働者の企業選びの基準も変化し、従業員に多くの成長の機会を提供できる企業に求職者が集まるなど、個人と組織の関係性は大きく変化していくはずです。

学び続ける人と学ばない人の差は広がり、ある種の格差が生じてしまうことが考えられます。ベネッセの調査では、社会人の4割が、「社会人になって以降、学んだ経験がなく、今後1年以内に学ぶ意向もない」と回答しています(図3)。この中には、学びたくても日々の業務に追われていたり、経済的な事情で諦めていたりする人も多いと考えられます。学ぶ意欲がある人が学べるようにするためには、働きながら学べる環境を整えるとともに、社会全体が学びに価値を置き、学び続ける人を応援し合える「ラーニング・カルチャー」を醸成することが重要ではないでしょうか。

 

図3 社会人の学習状況
学習経験の有無別×学習意欲の有無別に、学習状況を4つのセグメントに分けた結果。
18〜64歳の男女(学生を除く)n=35,508

※(株)ベネッセコーポレーション「社会人の学びに関する意識調査2022」を基に編集部で作成。

 

学校も例外ではありません。教育のICT化やデータ利活用の進展に伴い、教師にもデジタル関連のスキルやリテラシーが必須となっています。今後、教育現場においては、手作業で行っていた業務をデジタルツールで自動化して効率化するといったICT活用を出発点として、各種データを利活用することで、生徒の学びや姿を可視化して指導改善につなげたり、新たな教育をデザインしたりする動きが広がっていくでしょう。そこで求められるようなスキルを教師が身につけるためには、教育委員会や学校といった組織が率先して、「このスキルを習得すれば、このポジションで、こんな活躍ができる」といった具体的な姿を提示し、個人のリスキリングを促して支える仕組みも重要になると思います。

【暮らす】
学ぶことは、「よく生きる」社会の実現につながる

リスキリングが求められる社会は、常に自分を成長させ続けなければ生き残れない、厳しい環境だと感じる人もいるかもしれませんが、私は「最新学習歴」をより誇れる社会になっていくことを、前向きに捉えています。過去の行動や選択によって残りの人生の過ごし方が決まるのではなく、新たに学び直すことで、自分らしい生き方や働き方をデザインしやすくなるからです。学びは、仕事上のキャリアを高めるだけではなく、人生そのものを豊かにする資産として、ますます価値のあるものとなっていくでしょう。

例えば、出産を機に退職をしたある女性は、育児との兼ね合いでフルタイムの仕事に就くのは難しい状況でしたが、新たなスキルを身につけて自分らしいキャリアを築くことを思い立ち、Udemyの講座を受講して、ウェブデザインのスキルを習得しました。そして、クラウドソーシングのサービスを利用して、フリーランスとしての活動をスタートし、子どもとの時間を大切にしながら定期収入を得ています。オンラインツールなどの普及によって、学び方の選択肢が増え、一歩を踏み出せば、自分に合った生活や仕事の仕方を追求できる環境が整いつつあります。学び続ける人が輝き、それを応援する組織も同じように輝く社会は、一人ひとりが「よく生きる」ことができる社会とも言えるのではないでしょうか。そのような社会の実現に向けて、リスキリングが後押しとなることを願っています。

※プロフィール、及び「Udemy」の概要は、2023年3月時点のものです。

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