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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2023年度 12月号

【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」⽣徒から学んだ⼤切なこと、 それは「Push」よりも「Pull」
岩手県立葛巻⾼校 抱石鉄也

2023/12/15 09:30

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

本誌記事はこちらをご覧ください。

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抱⽯鉄也(だきいし・てつや)

同校に赴任して3年⽬。英語科。予測困難なVUCA の時代を⽣き抜くために、「dare mighty things(あえて困難に挑戦を)」「ワクワクに突き進もう」を常に⽣徒に伝えている。

若い担任として、⽣徒の⽬線を上げ続けた

「抱⽯先⽣の話を聞けば、両親が⾃分の⼤学進学に前向きになるのではないか」「先⽣が⾃分の⼈⽣を変えてくれるのではないか」。もしかしたらAさんは、そんな期待を抱いていたのではないかと考えることが、20年が経った今でもあります。

A さんの担任として勤務したその学校から4 年制⼤学に進学する⽣徒はごく⼀部で、国公⽴⼤学に合格する⽣徒は学年全体で例年1、2⼈でした。当時の校⻑は、地域の未来のためには、地元の⾼校からでも⼤学進学が可能であることを⽰すことが重要だと考え、国公立大学進学にも対応する進学クラスを設けました。そして、進学クラスの担任を務めたのが私でした。私も、「うちの⾼校からは進学は難しい」といった、選択肢を狭めるような思い込みを⽣徒から払拭したいと考えました。

担任を務めた3 年間は、進路に対する⽣徒の⽬線を上げることを重視しました。⼤学進学や就職試験を⾒据えて、新聞コラムの書写などにクラス全員で取り組みました。⽣徒には「⼆兎を追う」ことを求め、⽂化祭や体育祭にもクラス⼀丸となって取り組みました。若い担任に引っ張られて、どんなことにも前向きに取り組んだクラスでした。また、担当する英語の授業で配布する宿題に、わざわざ県内トップ校の名前を上げ、「打倒!○○⾼校」とタイトルをつけて、⽣徒の気持ちを煽っていました。そのかいがあって、⼤学進学を希望する⽣徒が受験した2年次11⽉の模擬試験では、英語の成績で「打倒!○○⾼校」を実現しました。
A さんは旧帝⼤に⼀般選抜で合格することができるほどの学⼒がありました。A さんに⼤学で学問の世界を楽しんでもらいたい。そうした思いで私は、Aさん、そしてAさんの保護者に、⼤学や奨学⾦についての、情報を提供し続けました。

Aさん親⼦に関する私の反省

ただ、⾼校⼊学の時点で県内屈指の進学校の⽣徒と肩を並べるほどの学⼒を持っていたAさんは、過疎地域の⼩規模校を選んだ段階で、⼤学進学は念頭になかったのかもしれません。事実、A さんの⺟親は、3 年次6 ⽉の三者⾯談で私に、「学校は進学指導に⼒を⼊れているようですが、うちの家庭は、そういうことは学校に期待していません」とはっきり⾔いました。だから、就職という進路が既定路線だったA さん親⼦に私は、横やりを⼊れてしまったのかもしれません。

しかし、⾼校⼊学段階での希望進路が就職であったとしても、様々な進路の選択肢を⽰すことは、教師として必要なことです。まして普段は⾃分から積極的に⼈に話しかけるタイプではないA さんが、数学や理科の教師にはよく質問に⾏く姿を⽬にしていた担任としては、さらに知の探究を楽しめる進路があることを伝えたいと思いました。

ただ、当時の私のA さん親⼦へのかかわり⽅には不⼗分な部分がありました。それは、担任としての思いを伝えることに注⼒し、A さん親⼦の思いに⽿を傾けることが少なかったこと、そして、担任だからと⾃分1⼈で何とかしようとして、学年団や学校というチームでAさんに向き合えていなかったことです。

⽣徒、保護者の思いを引き出せていたか?

当時のA さん親⼦への私のかかわり⽅を振り返ると、進学することのよさに⽬を向けてもらう働きかけが中⼼でした。そのため、「Aさんならどんな⼤学・学部に進めるか」「そこではどんな研究ができるか」といった情報を提供するばかりで、Aさんや保護者の思いに⽿を傾けることが少なかったように思います。特に保護者の⽬線に⽴つことができていませんでした。

Aさんの保護者は、娘が「⼤学で何を学ぶか」ではなく、「我が⼦は4年間、安⼼・安全に暮らせるのか」「卒業後、どんな⼈⽣を送ることになるのか」を知りたかったのではないか。たくさんの保護者と向き合ってきた今は、そう思います。親として当然のことです。それなのに私は、Aさんの学⼒の⾼さや志望先の教育・研究の充実ぶりを語っていました。まずは「お⺟さんはどんなことを⼼配していますか」と聞き、「親として、もっともなことです」と共感した上で、⼼配が安⼼に変わるような事実、データ、エピソードを話すべきだったのです。しかし当時の私には、そうした視点も情報も⾜りていませんでした。

A さん⾃⾝からも、もっと⾔葉を引き出すべきでした。⼤学で学びたい学問や将来の夢を、保護者の前でAさんが⾃分の⾔葉で語っていれば、「娘がそれほど⾔うのなら……」と、⼤学進学という選択肢を俎上に載せることができていたかもしれません。しかし当時の私は、クラスの⽣徒たちに⾃分の思いや願いをぶつけ、前を⾛る⾃分についてこさせることに⼀⽣懸命で、⽣徒の思いを引き出すことができていませんでした。

そして、⾃分が担任のクラスの⽣徒の問題とはいえ、同僚や先輩の⼒を借りて、チームでAさんを⽀えるという意識も必要でした。もちろん、ほかの先⽣との間でA さんのことは何度も話題に上がりましたが、Aさんのためにできることを、クラスや学年を超えてみんなで具体的に検討しようといったところまでには⾄りませんでした。きっと、「⾃分が担任なのだから」という私の気負いを、先⽣⽅が感じ取っていたのだと思います。

進路保証の⼟台として満⾜度を重視する

Aさんたちが⾼校を卒業してから約20年の間に、私の進路指導は⼤きく変わりました。いえ、指導という改まったものではなく、⽇々のコミュニケーションの中で、その時その時の⽣徒の思いを「Pullする(引き出す・傾聴する)」ことを常に⼼がけています。教師の考えを「Push する(分からせる)」指導は、⽣徒を⾃分の思った通りに動かそうという「説得」です。そうではなく、⽣徒が⾃分の考えを⾃分の⾔葉で語り、「納得」に⾄るようなコミュニケーションを⼤切にしています。

また、教師がチームになればできることが増え、⽣徒にとっても居⼼地のよい学校になることは、現在の勤務校の状況を⾒ても明らかです。私の現在の勤務校である葛巻⾼校も過疎地の学校ですが、⼩規模校の利点を⽣かし、教師が学年の枠を超えてきめ細かな⾯談を⾏っています。そして職員室で、とにかく⽣徒のことを話しています。だから、1年⽣の担任が3年⽣の進路の悩みを把握し、折に触れてその⽣徒に声をかけることなどができています(*1)。

葛巻⾼校は、岩⼿県内でも⽣徒のウェルビーイングが⾼い学校です。県が⾏ったある調査では、学校に対する満⾜度が、⽣徒、保護者、教師のいずれにおいても⾼い結果だったそうです。そして、2023年度は約140⼈の⽣徒が在籍していますが、⻑期⽋席者も途中退学者もいません。

葛巻⾼校の⽣徒たちは学校の情報を「note」で発信していますが、そこではよく卒業⽣も登場します(*2)。希望進路が実現した⼈もいれば、そうでなかった⼈もいますが、どの卒業⽣も、⾃分の⾼校⽣活と進路選択におけるチャレンジについて誇らしげに語ります。それは⾼校3年間の満⾜度が⾼かったからにほかなりません。

⾼校3 年間を通して、⽣徒や保護者の声を引き出し、教師がチームになって⽀えたとしても、⽣徒の希望進路が必ずかなうとは限りません。⽣徒本⼈は⼤学で研究したいテーマがあり、県外の⼤学への進学を希望しているのに、保護者が県内進学にこだわり、⽣徒の志望がかなわなかったといったことは今でもあります。私たち教師にできることは、⾼校3 年間の満⾜度を⾼め続けることだけしかないのかもしれません。保護者の意向を始め、様々な事情で⾃分の希望がかなわなかったとしても、⾼校⽣活の満⾜度が⾼ければ、最終的に選択した進路に対する納得度も⾼いのではないでしょうか。

教師の学びは痛みを伴う

私たち教師に求められることは、⽣徒の⾼校⽣活の満⾜度を⾼める努⼒をし続けること、そして⽣徒とのかかわりの中で経験した教師としての痛みからも学ぶことだと思います。20年前、A さんたちの学年は、それまで1、2⼈だった国公⽴⼤合格者が7⼈に上りました。
⼊試実績の⾯ではまさに⼤躍進です。ただ、「教師としてもっと成⻑しなければ……」と私を突き動かしてきたのは、⾃分の無⼒さを感じたA さんとの時間です。教師の学びは痛みを伴うものなのだと思います。

A さんたちが卒業の⽇を迎える何⽇か前、私はクラスの⽣徒たちを前に、「将来、みんなに⼦どもができたら、ぜひこの⾼校に通わせてほしい。その時は先⽣がみんなの⼦どもの夢をかなえるから」と話しました。私の⽬の前には、進学する⽣徒も就職する⽣徒もいました。
夢がかなった⽣徒も夢がかなわなかった⽣徒もいました。もちろん、Aさんもいました。20代の教師が痛みから学び、成⻑し続けていくことを、私は⽣徒に誓おうとしたのかもしれません。

Aさんと会ったのは、Aさんの職場での再会が最後です。教え⼦たちに聞いても、Aさんが今、どこで何をしているのかは分かりません。
Aさんの同級⽣の中には、⽗親や⺟親となった者も少なくありません。そしてその⼦どもたちの多くは、⾼校⼊学を控えた年頃です。いつかA さんたちと過ごしたあの学校に戻り、今度は教え⼦たちの⼦どもを教え、育てたい。それぞれが希望進路を実現する⼿伝いをしたい。それが私の夢です。

(*1)抱石先生が学年主任を務めた、葛巻高校2022年度3学年団の取り組みはこちらから(『VIEW next』高校版2022年度10月号)ご覧いただくことができます。

(*2)葛巻高校の「note」はこちらからご覧いただくことができます。

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