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【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」教師も生徒も互いを信じることができたから、 新しい学びの一歩を踏み出せた
公立・N高校 S先生

2025/04/18 09:00

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

S先生

地域有数の進学校で進路指導部長を長く務め、現在は校長に。行政や企業と連携した探究学習の拡充、地域住民と協働した校内学習スペースの運営など、魅力ある学校づくりにエネルギーを傾けている。

担任と生徒との信頼関係を尊重し、納得して校外活動を了承したB先生

探究学習は、学校という枠を超えた多様な出会いと体験を高校生にもたらす学びです。しかし、教頭として赴任したばかりの学校では、当時、生徒の学校外の活動をどのように支援し、見守ればよいか、私たち教師も手探りの状況でした。

 

生徒の安全が第一であることは間違いないけれども、「こんなことが起きるかもしれない」などと想像し始めると、新しいことは何もできなくなってしまいます。失敗を恐れてチャレンジをすることを諦めるのではなく、まずはやってみることをよしとする私でしたから、生徒たちの探究学習の旅の計画を知った時も、「大丈夫だろうか」といった不安よりも、「そういう生徒が現れるのを待っていた!」と、うれしく思う気持ちが勝りました。

 

ただ、生徒指導担当のB先生に「ダメですよ!」と言われた時は、もっともだと思いましたし、自分に思慮が欠けていたと反省しました。それでも、「生徒たちだけで行かせても大丈夫なのではないか」といった思いは消えませんでした。いろいろな人たちと打ち合わせを重ね、保護者の了解も取りつけた生徒たちの計画を頓挫させるわけにはいかないといった気持ちもありました。

 

B先生に指摘されたこと、それを受けて私が自分の考えは浅はかだったと思ったことを、担任のA先生に率直に話し、「どうしようか? 何とかして生徒たちの計画を実現させたいよね」と相談しました。A先生も諦めるわけにはいかない様子でした。A先生と私の思いは同じでしたが、どうすれば生徒の安全が確保できるのか、すぐには妙案は浮かびませんでした。とにかく、B先生と3人で話をしてみようということになりました。

 

担任のA先生、生徒指導担当のB先生、そして教頭の私。職員室などで改まってというよりは、立ち話の方がざっくばらんに話せそうだと思い、廊下で私からB先生に「ちょっといいですか?」と声をかけました。

 

A先生の姿に、B先生の表情が和らぎました。B先生は、校長や教頭の私には遠慮なしにはっきりとものを言うのですが、同僚に対しては常に相手の話を聞こうとする先生でした。

 

「ダメですよ!」と私を厳しく叱った時とは違う温和なトーンで、B先生は「A先生は、大丈夫だと考えているの?」と尋ねました。「大丈夫です」と断言する代わりに、A先生はクラスでの生徒たちの様子や探究学習に取り組む姿勢について語りました。A先生が生徒たちの学校生活を描写することで、B先生に「生徒たちはきっと大丈夫です」と訴えていることがひしひしと伝わってきました。

 

最終的に、「旅の途中、決まった時間に生徒がA先生に電話で状況を報告する」という対応策をB先生が提示してくれたのも、A先生が生徒に寄せている信頼の大きさがB先生に伝わったからだと思います。私たち3人の廊下での立ち話は、互いの信頼を確認する時間だったとも言えます。

管理職は異なる2つの視点を持つことが大切

私は新しいことに挑戦することが大好きですし、何より、新しいことに挑戦する生徒を精いっぱい応援したいといつも思っています。ただ、私が生徒の言動に対して、「いいね!」と即座に反応するからこそ、「それ、大丈夫?」と、自分とは違う視点で物事を見る教師の存在も必要だと考えるようになりました。私のように、「まずはやってみよう!」と行動するタイプの教師と、慎重に考えるタイプの教師が対立するのではなく、対話をし、知恵を出し合うことで、生徒にとってよりよい学校をつくることができる。その思いは、校長になった今、ますます強くなっています。

 

また、管理職としての経験を積む中で痛感するようになったことがあります。それは、よい管理職であろうとするのならば、「いいね!」と「それ、大丈夫?」といった異なる2つの視点を自分の中に持っておくべきだということです。そうすることで、部下である教師の意見が割れた時に、双方の意見や気持ちに耳を傾けた上で、学校としての判断を下せるからです。

 

よく「学校としてのベクトルを1つにする」という言い方をしますが、多様である教師を1つにまとめるのは簡単なことではありません。全員が納得する状態がもしあったとしたら、それは奇跡だと思います。だからこそ、校長として判断を下すまでに、一人ひとりの教師の意見をできる限り吸い上げたいと思っています。そして、私が特に耳を傾けたいのは、生徒と強い信頼関係を築いている教師、あの時のA先生のような教師の言葉です。

 

先日、B先生と再会する機会がありました。私は、「B先生に叱られたことがありましたよね。あの時のこと、覚えていますか?」と尋ねました。ところがB先生は、「私が先生を叱った? よく覚えていません」と言うのです。でもB先生は、「生徒とA先生の熱意はすごく伝わりました。『これはもう認めるしかない。応援しよう』と思ったのはよく覚えています」と、私に打ち明けてくれました。B先生が私と同じ気持ちだったことが、とてもうれしかったです。

5人の生徒たちも互いを信じ合っていた

B先生との再会をきっかけに、担任だったA先生にも連絡を取り、あの出来事を、そしてあの時の生徒たちのことも思い出しました。A先生がなぜ生徒たちを信じることができたのか、改めて私も理解することができました。

 

あの時の探究学習のグループは、くじ引きで無作為に決められました。男子生徒2人、女子生徒3人のグループが旅の計画書を持ってきた時、A先生は「探究学習は生徒たちにとって楽しい学びになりそうだ」と歓迎しながらも、1つ気がかりなことがあったそうです。それは5人の生徒のうちの1人が、保健室登校が多いC子さんだったことです。A先生は「ノリがよく、お調子者のほかの生徒が、C子さんの意向も聞かずに計画を進めているのではないか」と思ったのです。

 

心配したA先生は、グループのリーダーの生徒に話を聞きました。リーダーの生徒は、移住促進に力を入れている自治体を見つけてきたのはC子さんであり、保健室にいることが多いC子さんが行ってみたいと言うのならと、ほかのメンバーもやる気になっていったということを教えてくれたそうです。A先生は、「C子さんの思いをみんなが大事にしようとしてくれていたことが、とてもうれしかったです」と話してくれました。

 

B先生に、これではダメだと言われた時のことも、A先生はよく覚えていました。「確かにあの時は、教頭先生も私も、危機管理の意識が十分ではなかったと思います。でも、『B先生に叱られちゃった』と言ってきた教頭先生も、『もう無理だ』といった表情ではなかったですし、私も担任として、あの生徒たちをどう見ているかを伝えれば、きっとB先生は分かってくれると思っていました」と振り返ってくれました。そしてB先生に対しても、「教師であるならば、ここまで考えなければいけないということを教えてくれたことに感謝していました」と、A先生は私に言いました。

生徒たちが見せてくれた探究学習における成長

5人の生徒たちは、2泊3日の旅を経て、探究学習を驚くほど深化させていきました。現場に足を運んで多くの当事者に会い、話を聞いてきた生徒たちは、自分たちが住む町で何かアクションを起こせないかと思うようになりました。生徒たちはいろいろな立場の人たちと「住みやすい町」について考えてみようと、まずは地元の移住センターと協力して、町の親子連れにインタビューを行い、子育て世代にとって「住みやすい町」とはどんな町か、市民とともに考えるための冊子を作成しました。

 

さらに生徒たちは、障害のある人たちにとって住みよい町について考えるようになりました。近隣の特別支援学校を訪問して話を聞いた生徒たちは、地域の鉄道会社と協議し、学校の最寄り駅にユニバーサルデザインの料金表を設置しました。

 

生徒たちは当時、A先生にこんなことを言ったそうです。「探究学習の旅で出会った人たちに、とても温かく迎えてもらい、いろいろなことを教えてもらった。その経験から、温かみのあるまちづくりが重要だと考えるようになった」と。

 

5人の生徒たちの取り組みは、地元のメディアに取り上げられ、生徒たちは探究学習の全国コンテストにも出場しました。ただそうしたことよりも、私たちは生徒たちの探究学習を通した人間的な成長を喜びに感じていました。生徒たちの旅が実現できて、本当によかったと思っています。

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