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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2022年度 8月号

【誌面連動】ウェブで詳しく!『これからの進路指導のための世の中トレンド解説』_メタバース

2022/08/19 09:30

生徒の学びや進路選択、その後の人生に影響を与えるような革新的な技術や価値観を「社会のトレンド」として、「学ぶ」「働く」「暮らす」の観点から解説します。

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お話を伺ったのはこの方

【解説者】
中央大学 国際情報学部 教授、学部長補佐
岡嶋裕史(おかじま・ゆうし)

専門は情報ネットワーク・セキュリティー。富士総合研究所勤務等を経て、現職。著書に『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」』(光文社新書)、『思考からの逃走』(日本経済新聞出版)』等。

デジタル技術によってつくり出された「もう1つの世界」

これまでも私たち人間は、小説や映画、音楽、ゲームといったファンタジーを創作し、非日常の世界に没入する体験を楽しんできました。より魅力的なコンテンツを求める欲求は尽きることなく、コンピューターを用いた仮想的な世界の創出にも挑戦し続けてきました。

以前のコンピューター上の仮想空間は、技術的な制約もあって、一部の愛好家が楽しむ程度でしたが、近年は、CPUやGPUの性能の改善に伴い、描画描画技術や反応速度が飛躍的に向上しました。VR(*1)やAR(*2)、MR(*3)といった新技術が開発され、より多くの人々が利用したくなるような魅力的なサービスが次々に提供されています。例えば、あるオンラインゲームでは、現実さながらのバーチャル空間に世界中のユーザーが集まり、ゲームのミッションに沿って行動するだけではなく、ユーザーそれぞれが理想とするアバター(*4)を作成して、ショッピングを楽しんだり、気の合う者同士で集まって雑談したりと、思い思いに過ごす姿が見られます。

そのような、ユーザーがインターネット上で社会生活を送れるような仮想空間は、「メタバース」と呼ばれます。これまでのところ、「メタバース」に確立された定義はなく、人によってイメージするものは異なりますし、事業者が、自分のビジネスに都合のよい形で「メタバース」という言葉を使う様子も見られますが、総じて、「デジタル技術によってつくり出された『もう1つの世界』」と考えると、実態を捉えやすいのではないでしょうか。

「メタバース」で体験できることは、事業者が提供するサービスによって異なりますが、コミュニケーションや情報共有のほか、ゲームや買い物、学び、スポーツなど、その幅は広がりつつあります。関連技術の進化は目覚ましく、ほかのユーザーと握手やハイタッチができるグローブ型のコントローラーは実用化されていますし、風のそよぎや花の香り、食べ物の味などを感じられるような技術の開発も進められています。

*1 Virtual Realityの略で、「仮想現実」と訳される。現実とは異なる仮想空間をつくり出す技術。

*2 Augmented Realityの略で、「拡張現実」と訳される。現実空間の中にデジタル情報を表示する技術。

*3 Mixed Realityの略で、「複合現実」と訳される。VRとARを組み合わせて、現実世界と融合した仮想世界を表示させる技術。

*4 メタバース上で自分の分身として使われるキャラクター。

図1 メタバースで体験できることのイメージ

※岡嶋教授への取材を基に編集部で作成。

面倒なことから逃げ、気の合う人しかいない「フィルターバブル」

人々が「メタバース」に魅力を感じる理由には、価値観の多様化が挙げられます。画一的な価値観に覆われている社会では、そこから外れた人々は生きづらさを感じます。例えば、「男の子はこうあるべき」「ある程度の年齢に達したら結婚するべき」といった様々な「固定観念」が、人々の思考や行動を縛っていることがあります。しかし、それが近年は、多様な価値観が認められる社会が増えつつあり、人々は自分らしく生きられるようになってきました。それ自体はよいことだと思いますが、弊害もあります。多様な価値観が同じ空間に存在すると、摩擦や衝突が生じやすくなるのです。

SNSの急速な普及の背景には、そうした人間関係の面倒なことから逃れたいという人々の思いがあると考えています。SNSでは、自分と価値観の異なる人との接触をブロックし、気の合う人だけの小集団を形成できます。そこでは、何を言っても「いいね!」と反応してもらえる、実に居心地のよい空間です。SNSには人と人とのつながりを広げていくイメージがあるかもしれませんが、それとは逆に、SNSの本質は、人とのつながりを遮断し、人を囲い込むことにあると考えています。そうした状態は、自分だけの考え方や価値観だけでつくられた小さな「バブル(泡)」の中で孤立しているように見えることから、「フィルターバブル」と呼ばれます。

バブルの中で過ごす時間は実に快適ですが、実際には、学校や仕事など、現実世界での活動があるため、SNSの世界にとどまり続けるわけにはいきません。そうしたSNSの不完全さを強力に補完するサービスが、「メタバース」です。「メタバース」では、SNSよりも多様な活動を体験して長時間を過ごせるため、「バブルの中で暮らしたい」といった人々の欲求を満たしやすくなるのです。

今後、遊んだり、学んだり、さらにはお金を稼いだりと、現実世界の活動を代替する様々な体験が「メタバース」の中でできるようになると、食事や排せつといった最低限の生理的な活動を除き、仮想空間にこもり切りになる人は増えていくかもしれません。それが健全であるかどうかは別として、そうしたニーズは確実にあるはずです。

図2 インターネット上に無数に存在する「フィルターバブル」

※岡嶋教授への取材を基に編集部で作成。

現実世界では満たされない思いを実現できる空間

「メタバース」では、年齢や性別、外見、身体能力など、現実世界では固定されている属性から解き放たれて、一人ひとりの人生の可能性が広がるよさがあると考えています。例えば、「メタバース」の空間では、高齢者や体の不自由な人でも思い切り体を動かせますし、現実世界では自分の性別に違和感を抱く人が、アバターを通してより自分らしく振る舞うことができます。リアルな世界では生きづらさを感じる人が、「メタバース」の空間でなら、居場所を見つけられるかもしれません。

今後、技術の進化とともに、空を飛んだり、深海に潜ったりといった、現実では難しい様々な体験が可能になっていくでしょう。もしかしたら、10年後の旅行は、時間やお金をかけず、環境への負荷も小さい、「メタバース」の空間での旅行が一般的になっているかもしれません。そのように、「メタバース」には、人間の行動の幅を大きく広げる力があるのです。

【学ぶ】
「体験」をコピーすることで、大きく広がる学びの可能性

「メタバース」は、教育分野にも大いに活用できます。学びは突き詰めると「体験」であると、私は考えています。学校での学びは、教室で授業を受けることに始まり、社会科見学を行ったり、実験や観察をしたりと、多様な体験で構成されています。ただし、これまでのそうした体験は、時間や場所、費用などの面で大きな制約を受けてきました。

一方、「メタバース」では、体験を容易にコピーできます。例えば、体をミクロサイズにし、ケーブルの中に入ってコンピューターの仕組みを学んだり、人体の中に入って体の働きを見学してみたりと、想像を超える体験的な学びが可能になるでしょう。

授業のあり方も大きく変わるかもしれません。子どもが「メタバース」で授業を受けられるようになると、同じ場所と時間に集まって学ぶ意味を、捉え直す必要があるでしょう。既に、リモート授業は一般的になってきましたが、現状のシステムでは、一人ひとりが画面越しに対面する形式が一般的です。それに対し、「メタバース」では、それぞれのアバターが集まって横並びになって授業を行います。私も実験的に大学の授業を「メタバース」で行ってみました(図3)が、通常のリモート授業よりも和やかな一体感が生まれ、対話が促されやすいと感じました。

図3 メタバース(セカンドライフ)内で授業を行った様子

コロナ禍で対面授業ができない中で、岡嶋先生がセカンドライフ(※)内で授業をした様子。
(https://shinsho.kobunsha.com/n/n40e7165c78d5より。)
※セカンドライフとは、アメリカのLinden Lab 社が運営を行う、3DCGで構成されたインターネット上に存在する仮想世界(メタバース)。

「メタバース」が浸透した社会では、従来とは異なるリテラシーの育成が求められると考えます。その1つが、分断化する社会に対応する力です。

「メタバース」では、同じ価値観を持つ者による小集団の形成、いわゆるフィルターバブルの状態がこれまで以上に増えるでしょう。異なる価値観を持つ者同士が交わった時に起こる典型的な反応は、今もネット上で頻発する「炎上」です。そうした状況に対してどう対応するべきか、これまでの教育では十分に教えられていなかったと思います。

さらに、バーチャルな世界とどうつき合うかといったことも、今後の教育の重要なテーマとなるでしょう。人格形成期である子どもの時代から、居心地のよい仮想空間だけに入り浸っていると、他者との衝突や失敗、挫折を通じて人間的に成長するチャンスが失われてしまいます。リアルとバーチャルの世界をどう使い分けるかを、大人も子どももしっかりと考える必要があるでしょう。

【働く】
新しい形の協働で、付加価値や生産性が高まる可能性

企業では、会議やコミュニケーションなど、社員が集まることで、付加価値を生み出したり、生産性を高めたりしています。「メタバース」は、社員の集まり方に新たな可能性をもたらし、働き方の多様化や柔軟化を促す一面があると考えています。

既にプログラミングの共同開発などの場では、「メタバース」のような仕組みを導入して、複数のユーザーが協力して開発作業をしたり、共同作業のチームメイトが並行して作業を行う中で、その進捗をリアルタイムで確認できるようにしたりして、業務効率を高めている例もあります。そうした働き方が広がっていくと、対面のコミュニケーションが苦手な人でも、無理なく協働を進められるようになるかもしれません。

会議などでは、立場や年齢といった属性が、発言の内容や影響力を左右することがよくあります。「メタバース」での会議においては、アバターを用いることで、属性による先入観を持つことなく、誰もが発言しやすい場を形成しやすくなるのではないでしょうか。

「メタバース」が進展すれば、新たな職業も生まれるでしょう。例えば、バーチャル空間で使われるアイテムをデザインして販売したり、アバターのヘアカットをしたりしてお金を稼いでいる人は、既に存在します。今後も「メタバース」の進化に伴い、これまで想像もしなかった需要が次々に生まれてくるはずです。

【暮らす】
リアルとバーチャルの融合により、アイデンティティーのあり方が変化

リアルとバーチャルの世界は融合しつつあります。生活に必要な様々なサービスがインターネット上で利用できるようになりましたし、子どもが放課後、ゲーム内で友人と会って雑談するといった過ごし方が一般化しつつあるなど、人々のライフスタイルは大きく変化しています。この先、さらに「メタバース」が生活空間として定着すると、リアルでは会ったことのない友人がたくさんできたり、仮想空間で恋愛したりすることすら、普通になるかもしれません。

そのように、仮想空間で長時間過ごせるようになると、リアルとバーチャルのどちらに、どれくらい重点を置いて生活するかが、人々のアイデンティティーを大きく左右すると考えています。ある人は、現実世界の学校や職場での活動に生きがいを感じる一方で、別の人は、バーチャルな世界で過ごす時のキャラクターこそ本当の自分と感じるかもしれません。「『メタバース』は一切利用しない」と言う人もいるかもしれませんが、これからも進化をし続けるサービスを拒絶することで、不便や損を強いられる場合があることは留意しておくべきでしょう。

これまでは、リアルの世界で充実した生活を送ることが重視される傾向がありましたが、これからは、リアルとバーチャルのどちらに軸足を置いて、自分の人生を形成していくかが選択できるようになると考えています。そうした多様なアイデンティティーのあり方を認め合える社会をつくっていくことで、一人ひとりがよりよい人生を生きられるようになるのではないでしょうか。

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