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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2023年度 10月号

【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」⾃分で考え、思いを語ったことで、 ルール違反は成⻑の起点となった
⿃取県⽴⿃取東⾼校 福島卓也

2023/10/16 09:30

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

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福島卓也(ふくしま・たくや)

同校に赴任して1年⽬。教頭。⿃取県教育委員会認定「エキスパート教員(⾼校英語)」として、⿃取県の英語教育をけん引してきた。「⽣徒に化学反応を起こす触媒が教師である」という信念の下、⽣徒と向き合い続ける。

毎⽇昼休みに廊下を歩き、「⽣徒」を肌で感じる

今回お話したエピソードに出てきた、⼥⼦⽣徒(仮にAさんとします)が、携帯電話を通じた友⼈とのつき合い⽅で悩んでいたことを、当時の私は知りませんでした。ですから、携帯電話を返却した時のA さんの突然の涙には驚きましたし、もしも「普段は真⾯⽬な⽣徒なのだから」と⾒て⾒ぬ振りをしていたらどうなっていたのだろうかと思うと、あらためて教師という仕事の難しさや責任の⼤きさを実感し、怖くなりました。

ただ、確かに⼀瞬⾒て⾒ぬ振りをしようと思ったものの、そうすることができなかったのには、実は⾃分の中に理由があったのではないかと、私は考えています。

当時、2学年主任を務めていた私は、会議や来客、⽣徒からの相談事などがない限りは、昼休みに2学年の教室が並ぶ廊下を歩くことを⽇課としていました。⽣徒たちがつくるその場の空気を感じたい、授業で知っている⽣徒とは違う⽣徒の姿を知りたいと思ったからです。

廊下を歩く時は、「騒いでいる⽣徒はいないか」「勉強しているのはどの⽣徒か」といったチェックなどはしません。ありのままの光景を⽬にしながらゆっくりと歩き、⽣徒たちがつくる「間」に私もすっと⼊っていく。そんな感覚でした。

昼休みのリラックスした雰囲気の中に私の姿を⾒つけた⽣徒たちは、最初のうちはハッとした表情を⾒せていました。盛り上がっていた雑談を⽌める⽣徒もいました。きっと「何か悪いことでもしていないか、先⽣がチェックしにきたんだ!」とでも思ったのでしょう。しかし、こちらにはそんな気は少しもありませんでしたから、「どうしたの?  話し続ければ?」と声をかけながら通り過ぎます。そのようなことを毎⽇続けていると、⽣徒にとって、昼休みの私の存在は⽇常になります。そして、私の姿を⾒かけても話を⽌めなくなり、⽬が合えば、雑談しながら軽く⽬礼する⽣徒も現れるようになりました。私がチェックをするために歩いているのではないと、⽣徒たちは理解したからだと思います。

昼休みの空間からは、⽣徒たちのリアルな⾔葉が聞こえ、それぞれの⽣徒の授業時などとは異なる姿・表情が⾒て取れました。当時、320⼈いた2学年の⽣徒全員のことを詳細につかむことはできませんでしたが、それでも、毎⽇⽣徒たちの間を歩き続けることで、彼ら、彼⼥らの興味・関⼼や感性、学びに向かう姿勢などを、⽇々の学校⽣活の中で綴られるストーリーとして感じ取ることができるようになりました。また、普段は⽬⽴たない、いわゆる⼿のかからない⽣徒にも⽬を向けられる、授業とは違った⽣徒理解の時間でした。そうした時間を経ていたからこそ、携帯電話を⼿にしていたA さんに対して、⼀瞬は通り過ぎようと思ったものの、「なぜ、あの⼦が?」と、⾜が⽌まったのではないかと思うのです。

⼀律の指導ではなく、その⽣徒を育てる指導を⽬指した

Aさんは、教室の⼀番後ろの席の、机の下で、⼿元を隠すように携帯電話を操作していました。それまでにも、携帯電話をこっそり操作する⽣徒たちを何度か⽬撃していました。そのような時は、私は黙ってその様⼦を⾒つめるようにしました。私の視線に気づくと、⽣徒たちは「しまった!」という表情で携帯電話を私に差し出しました。

⽣徒が携帯電話に夢中になったまま、私に気づかない時は、私はあえて黙ってその場を離れました。⼤抵の場合、私の存在に気づいていたクラスメートに促されるなどして、⽣徒⾃ら職員室まで携帯電話を預けにきました。

そのように、ルール違反を発⾒した場合の私の対応は様々でした。⼀律にその場で声をかけて携帯電話を没収するよりも、本⼈にどうするべきかを考えさせることの⽅が、⽣徒の成⻑につながると考えたからです。そのため、私に⾒つかったことを周囲から伝えられたのにもかかわらず、⾃ら携帯電話を預けにこない⽣徒がいても、それはそれで構わないと思っていました。重要なのは、携帯電話を預かることではなく、その出来事について⽣徒⾃⾝に考えさせることだからです。

⽣徒の⾔葉を待ったから、⽣徒は決意を語った

⼀⽅で、預かった携帯電話を⽣徒に返却する際は、私はどの⽣徒にも「携帯電話のない⽣活はどうだった?」と尋ねるようにしていました。⼀連の出来事を⽣徒⾃⾝に振り返らせることで、変化や成⻑の機会にしてほしかったからです。⽣徒からの返事は、「不便だった」「親に申し訳ない」「校則を破ったことを反省している」など、様々ですが、こう⾔えば先⽣が許してくれるだろうという意図が透けて⾒えた時は、「本当にそう思っているの?  だって、ほかにも破っている校則がなかった?」などと問いかけることで、⾃分⾃⾝との対話を促しました。

Aさんは、「携帯電話のない⽣活はどうだった?」という質問に答える前に泣き始めました。私は突然の涙に驚きながら、黙って彼⼥の⾔葉を待ちました。普段の⾯談などでも⾔えることですが、感情が⾼ぶった⽣徒に、「どうしたの?」「なぜ、泣いているの?」などと教師が聞いてしまうと、⽣徒はその瞬間に⼝にすることができる⾔葉で返事をしようとします。それでは、⽣徒の中に、⾃分の思いを⼗分に語り切れなかったという後悔を残してしまいかねません。A さんが⾃分の⾔葉で答えられるようになるまで待ったから、「実は最近友⼈と……」と真相を語り始め、これからは⾃分の可能なタイミングで携帯電話へのメールの返事をすることを友⼈たちに伝えるという、これからの決意を打ち明けてくれたのだと思います。

結局その場で話をしたのはA さんだけで、私はただ聞くのみでした。私が何か余計な⾔葉を差し挟んだり、答えを急いだりしていたら、彼⼥はあのような決意には⾄らなかったかもしれません。

Aさんは、最後に「ありがとうございました」と私に⾔いました。その⾔葉は、私に対する感謝というよりも、⾃分の決意、覚悟を私に伝えるものだったと思います。「もうしません」といった⾔葉よりも、ずっとインパクトのある⾔葉でした。

卒業式の⽇、Aさんの⽗親と交わした⾔葉

あの経験を経てからは、私は、教師が答えを⽰すのではなく、⽣徒が⾃分で考え、判断することをそれまで以上に⼤切にするようになりました。そして同時に、「恐怖感」を道具に⽣徒を動かすような指導を学校からなくしたいと強く思うようになりました。ここで⾔う「恐怖感」とは、ほかの⽣徒の前で叱責したり、ルールだからと機械的に罰したり、「このままではきっと不合格になる」などと不安を煽ったりすることです。⽣徒をこうした感情で動かすのではなく、⽣徒⾃⾝に今の⾃分について考えさせ、取るべき⾏動を判断させるのが学校教育だと思うのです。

教師の⾔葉や思いは、⽣徒にすぐに伝わるとは限りません。すぐには伝わらないかもしれないけれども、いつか伝わるはずだと信じて、私たち教師は⽣徒に向き合っています。そして、全員に同じ指導をするのではなく、その⽣徒の中に化学反応を起こすためには何が必要なのかを⾒抜き、教師⾃⾝が触媒のようにかかわる。それこそが、不易の⾯での教育の個別最適化だと私は考えています。昼休みに私が廊下を歩き続けたのも、今、ここにはどんな⽣徒たちが集っているのか、⽣徒たちは何を必要としているのかを考えるためでした。

Aさんの⼀件以来、昼休みに廊下を歩いていると、Aさんとよく視線が合うようになりました。そしてそれは、私とだけではないことを、学年団の先⽣⽅から聞くA さんに関する話からも確信していました。彼⼥の中で化学反応が起きたのです。

⽉⽇が経ち、3 学年主任として、⽣徒の卒業を祝う⽇を迎えました。卒業式が終わった後、たくさんの⽣徒たちが、私に旅⽴ちの挨拶をしようと列をつくりました。その中に、Aさんとその両親の姿を⾒つけました。初めて会うAさんの⽗親は、「その節は、娘が⼤変お世話になりました」と、私に⾔いました。そして⺟親は、「この⼦が、福島先⽣に⼀緒に挨拶に⾏こうって……」と続けました。隣に⽴つA さんは穏やかな笑みを浮かべていました。我が⼦の成⻑を促す出来事があったことを、両親はAさん本⼈から聞いていたのです。

いくつか⾔葉を交わした後、その場を離れようとしたA さんの⽗親を私は呼び⽌め、秘密の、しかし楽しい計画でも相談するように、⼩声で話しかけました。「A さんは、⼤学⽣になったら、携帯電話を新しく買い替える予定ですか?  できたら、あのブルーの携帯電話を取っておいてください。きっと⾼校時代の記念になりますよ」と。Aさんの⽗親は、「分かりました」と、笑顔で答えてくれました。

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