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【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」20年以上前の失敗を出発点に目指す、 互いをリスペクトする教師集団づくり
公立・T高校 Y先生

2024/08/20 09:30

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

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公立・T高校 Y先生

進学校での勤務が長く、データに基づいた納得度の高い進路指導を追求してきた。管理職となった現在は、キャリアの多様な教師が連携し、組織として指導力を向上させることができる学校づくりに注力している。

高い志望を貫く意志を、データで支えたかった

女子生徒のAさんの一件があった当時の勤務校は、論理的思考力やコミュニケーション能力に秀でた、いわゆる「地頭」のよい生徒が多い学校でした。教師に対して物怖じせずに自分の考えを伝えることができる生徒もたくさんいました。

そのような生徒たちと接する中で、私たち教師は、「この学校には、東京大学を志望する生徒がもっと増えるべきだ」と考えていました。しかし、現状としては、医学部を目指す生徒は多かったものの、そのほかの学部を志望する生徒の大半が地元の国立大学を目指していました。生徒たちに将来、社会の第一線で活躍してもらうために、そして生徒たちが自分の持つ力を社会のために最大限生かせるように、私たち教師は「東大受験生」を育てることを意識していたのです。

その頃30代半ばだった私は、3年生の学年団で最年少の担任でした。生徒が東京大学のような高い志望を持ち、それを貫き通すためには、進路指導においてもっとデータを活用すべきだと私は考えていました。当時の勤務校の生徒たちは、模擬試験の判定に一喜一憂しがちで、自分の成績の推移を踏まえて学習計画を立てたり、修正したりすることが十分にはできていませんでした。

そこで私は、たとえ今、成績が低迷していたとしても、何をどう頑張ると、今後、どのような伸びが期待できるかをデータで示し、「まだ諦める必要はない」と、生徒に元気を出してもらおうと考えました。具体的には、生徒たちの成績データを分析した様々な資料を作成し、学年団の先生方の求めに応じて提供しました。データに基づいて今後の見通しと改善点を明確にすれば、学年団の先生方が生徒に、安易に目標を諦めさせないような面談を行ってくれると信頼していました。

データを独り歩きさせたことが私の失敗

センター試験の自己採点後にAさんが、彼女の担任ではなかった私に「東大と京大、どちらが合格しやすいですか」と尋ねてきたのは、私が学年団の中で進路指導に関するデータの作成を中心的に担っていたことを知っていたからだと思います。

Aさんに限らず、受験生は、「不合格になったらどうしよう」「合格可能性の高い大学を受験した方がよいのではないか」などと不安に苛まれることがあります。きっとAさんもそうした気持ちを抱えて私に相談にきたのでしょう。

そんなAさんに私は、「今のAさんが合格する可能性が高いのは、京都大学だよ」と、現状における合格可能性だけを伝えました。Aさんのセンター試験の結果と、両大学の個別学力検査で課される科目・配点などを基にした客観的な答えではありましたが、担任とそれまでどのような話をしてきたのか、Aさんがどんな受験勉強をしてきて、今、どんな気持ちなのかといったことまでは聞きませんでしたし、今後どうすればよいかも助言しませんでした。

そして私は、「どちらの大学を受験するかは、担任の先生としっかり話をした上で決めてね」といったことも言いませんでした。不合格になりたくない気持ちが強くなっていたAさんが、私の言葉を渡りに船と受け取ったとしても致し方なかったと思います。

合格と同じくらい大切なことがあったのに……

今の私なら、結論は担任と話をしてから出すようにと、Aさんに念押しするとともに、Aさんに、「今日の話は担任の先生にも共有していいよね?」などと言って本人の了解を得た上で、すぐに担任に、生徒と話した内容と、その時の生徒の様子を報告するでしょう。

しかし、そうしたことを、当時の私はおろそかにしてしまいました。教師である自分のひと言が、大学受験の真っただ中の生徒にどういう影響を与えるのか、十分に理解できていなかったのだと思います。

Aさんが京都大学に合格したことが分かった後も、私の心は晴れませんでした。それは大学受験を通じて人間的に成長する機会を、私がAさんから奪ってしまったのではないかという思いがあったからです。大学受験では、多くの生徒が何かしらの葛藤や挫折に直面しますが、確固たる目標とそこに向けた強い思いがあれば、つまずいても立ち上がることができます。確固たる目標と強い思いを持つことは、高校生にとって、合格と同じくらい重要なことだと私は思うのです。Aさんが確固たる目標と強い思いを持てたのかどうかは結局、確かめることはできませんでした。

互いにリスペクトし合う教師集団として生徒に向き合う

生徒の進路選択における一番の支援者は担任ですが、だからと言って担任以外の教師がかかわっていけないわけではありません。患者が診断結果や治療方法などについて、担当医とは別の医師に意見を求めるセカンドオピニオンのように、生徒が担任以外の教師に意見を求めることは、答えが1つではない進路選択に臨む上ではむしろよいことだと思います。

ただ、私たち教師は、互いの意見が異なる可能性があるからこそ、同僚に対してリスペクトの気持ちを持つことが求められます。中でも、生徒のことを最もよく知る担任の意見には、最大限の敬意を払うべきだと思います。その前提の下、コミュニケーションを取り合い、多様な意見を出し合える教師集団が、私は健全な一枚岩のチームだと考えます。

一枚岩になったチームは、生徒といつ、どんな話をしたかを、包み隠さず担任に共有します。生徒が「ほかの先生には話さないでほしい」などと望んだ場合以外は、すべて担任に伝えます。私もAさんの一件以来、ずっとそうしてきました。そして、生徒と何を話したのか、そこでどんな助言をしたのかなどを担任に伝え、それらに対する担任の考えを聞く中で、私は自分の指導力を磨いてきたように思います。

教師が一枚岩の学校では、生徒の幸福度も高まる

管理職になった今、私は教師間のコミュニケーションの重要性を一層強く感じています。

例えば、最近の若手の教師は、自分が若手だった頃よりも随分優秀です。教科指導力があり、保護者や地域、管理職とのやり取りもスムーズに進めることができます。ただ、状況が急変した時は、どうすればよいかを判断することができないケースが少なくないように思います。そして彼ら、彼女らは、次の同様の事態に備え、マニュアルを整備しようとします。

若手の教師のそうした姿を見ると、「何をするか」は共有されているが、「なぜ、そうするのか」が共有されていないのではないかと思ってしまいます。そのため、想定外の事が起きると、「どうすればよいか」を聞いてくる。それは、マニュアルを整備するだけでは解決できない問題です。

私は、教師同士が互いにどんなことを考えているのかを知り、連携を強固にしていけば、経験知が共有され、一人ひとりが想定外の事態に対応できる力を高めていける組織になると考えています。特に教師の年齢や経験に差がある学校では、そうした横の連携は重要です。

教師同士が互いを知るために、私が管理職として心がけているのは、「手の内を見せ合う学校文化」の醸成です。経験が豊かで指導力のある教師に、「先生はその時、どうしたのですか?」「どんな思いからそうしたのですか?」などと私から問いかけ、その答えを皆で聞くことで、力のある教師の手の内が明かされ、若手の教師はそれを真似ることができるようになります。

そして真似ていくうちに、次第に指導の技術と思いが若手の教師の中に定着し、ついには自分なりの新しい視点を取り入れて改善できるようになります。そのようにして、一枚岩のチームをつくっていきたいと私は思っています。

30余年の教師生活の中で私が確信するに至ったことは、教師たちが一枚岩になろうとしているかどうかを、生徒たちは敏感に察知しているということです。教師同士が互いの違いを認め合った上で、よいチームをつくろうとしていることは、生徒にも確実に伝わります。教師同士がかかわり合いながら、生き生きと働く学校では、生徒の幸福度も高めることができると、私は信じています。

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