
- #防災教育
私は被災地の支援活動にかかわりながら、地域や被災者が中心となって進める災害復興のあり方を社会心理学の側面から研究しています。そのきっかけは、学生時代に参加した新潟県中越地震での支援活動を通じて、被災地の人たちと出会ったことでした。自然災害の脅威に直面し続ける日本で、地域の要とも言える学校における防災教育が果たす役割や目指す姿とはどのようなものなのか。課題や具体的なプログラムイメージも交えながらお話しします。
「災害」は「災害因」と「社会の脆弱性」のかけ算で生じる
現在の防災教育は、避難訓練が中心だった戦後の防災教育から大きく進化し、教材も充実していて、より効果的な内容へと進化しているように感じます。
一方で、大きく分けて2つの課題があると私は考えています。1つは、災害は自然現象と社会現象が組み合わさって生じますが、自然現象の部分ばかりが注目されがちな点です。もう1つは、災害直後の被害を対象にした防災の意識が強すぎて、避難所生活に代表される中長期的な視点に立った防災の視点が弱い点です。
それぞれについて、具体的に説明しましょう。
まずは1つめの「災害」の捉え方について説明します。「災害」という言葉を聞いて多くの人が思い浮かべるのは地震や大雨、大雪などだと思います。それらは学術的には「災害」ではなく、災害の原因となる「災害因」(ハザード/ナチュラル・ハザード)にあたります。地震や大雨といった「災害因」に、「社会の脆弱性」(バルネラビリティ)が加わることで「災害」になるのです。
例えば大雨が降ったとします。かつては単に「雨がたくさん降る」という自然現象だったのが、現在は同じ雨量でも洪水が起きて災害になってしまうケースが増えています。降水時は、雨水は道路脇の側溝を通って下水道や河川に排水されますが、側溝の清掃が行き届いていないと雨水が運ぶ泥や固形物が詰まり、水があふれやすくなります。側溝の清掃は大抵地域の人が行いますが、自治会の加入率が低下したり、清掃をする体力のある人が減少したりすることでその頻度が減り、大雨に弱く、災害を引き起こしやすい地域になってしまうのです。
そのように、災害は「災害因」と「社会の脆弱性」のかけ算によって生じていて、災害因が変わらなくても社会が変化することで、災害が起こりやすくなったり、起こりにくくなったりします。
これまでは国や社会が「災害因」を科学の力で何とかしようと注力してきました。それを受けて、防災教育も「災害因」の学習を重視した内容になっているのが実情です。地震や大雨を想定した避難訓練や体験イベントの実施、知識の習得などはとても重要です。一方で、地域の力の衰退や高齢化といった「社会の脆弱性」に目を向け、それについて学ぶことも重要なのです。
次に、2つめの「防災」の視点について説明します。災害から身を守るためには、それによる直接的・物理的な影響から逃れるだけでは不十分です。避難中や避難後の環境変化など、災害の間接的な影響による心身の状態の悪化(災害関連死など)から身を守ることも必要です。実際、過去に発生した複数の大規模震災では、地震による直接的な影響よりも、それ以外の間接的な要因による犠牲者の人数が多かったことが分かっています。防災教育においても、一次災害から逃れて救われた命が避難生活の過ごし方によって失われてしまうかもしれないことや、それを防ぐための手立てについて、もっと伝える必要があると私は考えています。
2つの課題はいずれも学校教育に起因する課題というよりは、災害や防災に対する社会全体の課題といえます。「だから解決は難しいので仕方がない」と捉えるのではなく、学校が未来を生きる人材を育てる場所であるからこそ、防災教育の内容も、現代の社会の実態に即した生きる知恵を伝えるものにしないといけません。
「災間(さいかん)社会」をいかに生きるか
日本ではここ30年ほどの間に何度も災害が起きています。次の災害もいつ起きてもおかしくなく、先の災害の傷が癒えないうちに次の災害がやってくるのです。社会学者の仁平典宏さんはそのような状況について、災害を一時的な出来事ではなく、日常的なリスクと捉え、防災意識や社会構造の見直しを促す視点から「災間」と名づけました。
日本は「災間」にあるだけでなく、高齢化や過疎化が進み、自然災害に対応可能な社会資源が減少し、社会の脆弱性が増しています。しかも、不安定な状況が今後も続くことが予想されており、「自分に都合が悪いことは見なかったことにしよう・考えないでおこう」などと考える空気が漂う社会になっていってしまいます。そうした中で次の災害が起こると、犠牲者数が増えたり、被災者の苦しみが増したりしてしまうでしょう。なぜなら、ボランティア活動や支援金、行政の取り組みなどが被災地に十分行き渡らなくなるからです。そのような中でさらに次の災害が起きるといった負の連鎖が続くことを、私は強く危惧しています。
私たちは目の前のリスクや社会の脆弱性に向き合い、普段の生活や社会のあり方自体を根本的に変えていく必要に迫られています。そうした警鐘を鳴らすために、私は現在の日本を「災間社会」と呼んでいます。災害因が増えて社会の脆弱性が増している災間社会をいかに生き、負の連鎖を断ち切るか。一人ひとりができることを実践することが大切ですし、そのために教育が果たす役割は非常に大きいと思っています。
2021年に開催した、災害復興に対するかかわり方を様々な実践者と議論するプロジェクト「災間の社会を生きる術(すべ/アート)を探る」において、ディスカッションのナビゲーターを務めた時の様子。「当時はコロナ禍の先にある希望を求めて社会全体がもがいていたように思う」と宮本氏。
ボランティア活動は高校生ならではの貢献と成長がある
私は2004年10月に発生した新潟県中越地震での支援活動をきっかけに、震災後の長期的な復興過程について研究してきました。アクションリサーチ(*)の過程では、被災地の住人やボランティアに訪れる若者と長期にわたって交流する機会が数多くあります。教師に引率されて高校生が活動する様子を目にすることもありますが、教師が作成したプログラム通りに動くのではなく、生徒が自主的に動く余地を残したボランティア活動の方が生徒の印象に残りやすいと、生徒たちから聞きました。被災地の現場では、高校生が力になれることは限られるため、「自分には何ができるだろう」と自分なりに悩み、考えて行動することが貴重な経験となるからしょう。
高校生は未熟な部分も多いですが、自分で判断して行動できることもあります。被災地でのボランティア活動に限らず、学校での普段の防災教育を始めとする教育活動を通して、自分で考え、判断し、行動できる子どもたちを育成することは、非常事態になった時にも大きな意味を持つのではないでしょうか。例えば、避難生活を送る高齢者の様子をこまめに見に行ったり、その高齢者に声をかけたりして、気づいた点があれば避難所の担当職員に共有するといったことは、避難者の変化に気づけなかったがために犠牲となってしまう人を減らすことにつながります。また、できることを何とか見つけて動こうとする子どもたちの姿は周囲を明るくします。東日本大震災で被災した岩手県の大槌町にある避難所を訪問した時、とても雰囲気がよく、笑顔の多い避難所で驚きました。よく見ると小学生から高校生までの多くの児童・生徒が、自分たちができることを相談しながら率先して行っていました。そうした子どもたちを育む地域や教育の力の大きさは計り知れません。先生方にはぜひ、普段の教育活動がいざという時の行動につながることを意識していただきたいと思っています。
後編では、主に高校を対象に、学校現場における防災教育を企画・実施する際のポイントをお話しします。
* 防災・減災活動において当事者の主体性を回復し、地域社会の防災力の向上を目指すための手法
(本記事の執筆者:神田 有希子)


