教師が抱える、年度初めならではの不安と期待

新年度を迎え、子どもたちとともに、教師も、不安と期待が入り混じった気持ちを抱いていることと思います。教師は、子どもたちといかに良好な関係を構築していくかに最大の関心を抱いているでしょうし、教師同士の関係についても、新年度ならではの緊張感があると思います。

人間関係に加えて、授業づくりについても不安や課題を感じる時期です。新学習指導要領は、高校では2022年度から年次進行で実施され、小・中学校ではそれぞれ3年目、2年目を迎えます。「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指し、授業準備にかかる時間も増加しているかもしれません。どういう状態が「授業がうまくいっている」のか、何が「よい授業」なのかは、一概には言いにくくなっています。

従来の典型的な授業モデルは、教科書の内容や教師が準備してきた学習内容を、言わば教師から子どもへの「おすすめ情報」として伝達するものでした。しかし、現在言われている「個別最適な学び」とは、子ども一人ひとりの特性に応じて、伝える中身や学び方を変えていく学びです。子どもたちの関心や個性、習熟度、バックグラウンド(家庭環境やそれまでの学校教育の経験など)は多様なので、教師の「おすすめ情報」やおすすめの学習方法ではうまくフィットしない子どもが少なくない場合もあるでしょう。たとえば、英語を教科書などの文字情報から学習するのが得意な子もいれば、耳から入る情報(会話や映像)が理解しやすい子もいるでしょう。1人1台端末などのICTを活用すると、個に応じた多様な学びを進めやすくなります。一律の「よい授業」「よい学び」がなくなりつつある中で迎えるこの4、5月は、経験年数や担当教科に関係なく、これからの指導を考え試行する節目と捉えたいものです。

もっと気軽に話し合える教師集団に

この時期に多くの教師が抱える2大不安要素と言えるのが、「(1)子どもや教師との関係構築」と「(2)質の高い授業ができるかどうか」ではないかと思います。その2つの不安を解消できる特効薬は残念ながら存在しません。しかし、手立てを講じることで、不安の少ない新学期を過ごすことはできるはずです。

「(1)子どもや教師との関係構築」についてまずお伝えしたいことは、気負いすぎないでほしい、ということです。教師に限らず社会人であれば誰でも、何かにつまずき、周囲に助けてもらい、それでもまた失敗して、少しずつ成長していくものです。ところが教師の中には、子どもを指導するという立場である特性上、「自分がしっかりしないといけない」という強い使命感や責任感を持っている人が多いように思います。職業柄、弱みを見せづらい側面もあります。ですが、もう少し肩の力を抜いてもよいのではないでしょうか。年度初めは皆が試行錯誤する時期ですし、特に教職歴の浅い教師であれば、赴任早々、周囲や本人の思うように動けないのは当然のことです。しかし、残念なことに、社会人1年目の教師に担任などの責任がある仕事を任せ、「しっかり頑張ってください」と即戦力として一人前の立ち回りを期待してしまう実態があります(特に小学校において顕著です)。周囲の先輩教師も忙しさからフォローできず、皆が気を張る状態が続いているかもしれません。もし、うまくいかないことが起きたとしても、当事者の教師自身も、周りの教師も、温かい気持ちで受け止めていきたいものです。

既に不安を抱えていたり、つまずきかけていたりする教師は、周囲の教師を頼りましょう。「忙しそう」「指導力不足と思われたくない」などと遠慮したくなる気持ちは分かりますが、問題が深刻化するまで相談せず、結果として周囲に、そして何よりも児童や生徒に迷惑をかけてしまっては元も子もありません。本来なら、相談事があっても遠慮するほど皆が多忙であること自体が問題なのです。まずは、すぐにできることとして、教師同士が職員室で気軽に話したり、ちょっとしたコミュニケーションを取ったりすることから始めましょう。管理職は、そうした雰囲気づくりに取り組んだり、対話のきっかけとなる校内研修を充実させたりすることにも目を向けていくことが重要です。フォーマルとインフォーマル両方の側面から、コミュニケーションの機会を増やしていくイメージです。一般企業などでは、1on1ミーティングなどと言いますが、わざわざ定期的に上司が部下の悩みなどを聞く場を設けていたり、雑談タイムを設けていたりするところもあります。人事評価の半年に一度の面談では、悩みなどを確認するには遅いし、評価にかかわるとなると、本音を引き出しづらいためです。働き方改革では効率性が重視されがちですが、なんでもカットしたらよいというものではなく、「必要な無駄、余白」もあります。その意味で、ストーブ談義など、かつてはあたり前だった職員室で雑談に花を咲かせる光景は、もっと再評価されてよいと考えます。

そうした教師同士の支え合いが、実は授業づくりにもよい効果をもたらすことが、米国の実証研究(*1)でも明らかになっています。算数の授業力の高さを決めるのは、算数の指導が得意かどうかだけでなく、教師間の同僚性の高さや、コミュニケーションがうまくいっているかどうかである、という結果が得られたのです。ソーシャル・キャピタル(social capital)(*2)と呼ばれていることで、日本でもいくつかその重要性が検証されています。

昨今の教育改革にかかわる文科省や中教審の文書を読むと、「教師の資質・能力の向上」や「校長のリーダーシップ」といったキーワードがよく出てきます。しかし、そうした個人を高めたらよいという発想だけでは不十分であり、チームとしての関係性を向上させていくこととセットで実施される必要があります。教師同士が職場で支え合い、チームとしてレベルアップしていくことは、我々が思っている以上に今後大切になっていきます。職員室での関係性が向上すれば、教室における児童生徒との関係性にも好影響を及ぼしていくでしょう。

*1 Carrie R. Leana ‟The Missing Link in School Reform”, Stanford Social Innovation Review(2011)

*2 「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴。または、そうした社会組織を重視する概念。

アンラーニングのすすめ

「(2)質の高い授業ができるかどうか」については、何がよい授業か、正解は1つだけではないことを前提に、「個別最適な学び」や「協働的・探究的な学び」をどこまで充実できるかを、丁寧に見ていくことが大切です。従来の指導スタイルのよい点もありますし、すべてを変える必要はありませんが、ペーパーテストで測定可能な学習理解度だけを伸ばせばよいわけでもありません。特に、中学・高校の教師には、入試対策だけに注力するのではなく、生涯にわたり学び続ける力をいかに育てていくかに関心を持っていただきたいと思います。

具体的には、教職歴や教科を超えた校内研修や学び合いの機会をもっと充実させるべきだと考えます。ポイントは、アンラーニング(unlearning)です。アンラーニングとは、今まで学んだ知識や既存の常識をいったん意識的に捨て去り、ゼロベースから新しく学び直すことによってさらなる学びや成長につなげるプロセスのことで、「学びほぐし」ともいわれています。学校は、子どもたちだけでなく、教師にとっても学びと成長の場であってほしいと願っています。従来の指導とは異なる考えや手法を取り入れるのは、簡単ではないかもしれません。しかし、今回の学習指導要領の趣旨に鑑みれば、教師自身が、自分の価値観やこれまでの仕事のやり方を疑ってみる批判的な思考と、これまでの行動や基本的な考え方を振り返ってみることが不可欠です。校内外の研修も、あの発問がよかったとか、授業のねらいが明確だったといった話し合いだけでなく、教師が教え込み過ぎようとしていないかなど、指導観、教育観からリフレクションする場になった方がよいのではないでしょうか。そうした教師同士の学びが充実することは、「(1)子どもや教師との関係構築」でお話しした、ソーシャル・キャピタル、コミュニケーションを深めるきっかけにもなると思います。

過去の経験を客観的に振り返ることが不可欠です。その機会として校内研究や研修会などを実施し、学校全体でアンラーニングを進めていけば、教師個人の指導力だけでなく、集団としてもレベルアップを図ることができ、「(1)子どもや教師との関係構築」でお話しした、集団でのコミュニケーションを深めるきっかけにもなるのではないでしょうか。

妹尾昌俊(せのお・まさとし)

教育研究家、合同会社ライフ&ワーク 代表

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