私は公立小学校の教員として、23年間教壇に立っていました。現在は教育評論家として、全国各地の様々な保護者や学校関係者と話をする機会があり、そこで伺う子育てに悩む保護者の声はとても切実なものだと感じています。親野智可等という名前には、子どもの将来を支える親の力「親力(おやりょく)」が重要であるという思いと同時に、保護者のお力になりたいという思いも込めています。

基本的な生活習慣は叱って身につくわけではない

私が全国各地で行う講演会や、発信するメールマガジンやSNS等には、保護者から数多くの悩みの声が寄せられます。中には、教育評論家として歩み始めた20年以上前から変わらない悩みもあれば、最近になって目につくようになった悩みもあります。初めに、それぞれの代表的な悩みと、それに対する私なりの考えを紹介します。

まず、変わらない保護者の悩みの代表が、「基本的な生活習慣」と「勉強」に関することです。子どもが朝、自分で起きられない、片づけをしない、忘れ物が多い、なかなか勉強しない、などといった悩みです。「自分の育て方が悪かった」と考えて、さらに悩む保護者が大勢います。そして、「やらないと駄目じゃないの!」と否定的に子どもを叱る回数が増えてしまう――。そのように叱られても、やる気が出る子どもはいませんし、親子関係も悪くなってしまいますよね。
多くの保護者を苦しめているのが、子どもが自分で起きられない、マイペースで何をやっても遅い、やるべきことをやらずにやりたいことを優先する、片づけをしないなどの行動が、自分の育て方やしつけに原因があるという思い込みです。しかし、実はこれらの多くは育て方やしつけのせいではなく、その子が生まれ持った資質によるところが大きいのです。その証拠に、同じように育てている兄弟や姉妹でもできる子とできない子がいます。育て方やしつけで決まるなら、兄弟や姉妹全員ができるようになるか、ならないか、どちらかになるはずです。生まれつきの資質ですから、子どもを責めたり自分を責めたりしても仕方がないわけで、それより少しでも子どもが取り組みやすくなるように工夫をしてあげることが重要です。例えば、なかなか宿題に取り組めない子には、
・学校から帰ったら、すぐにランドセルの中身を出す
・宿題に必要なものを机の上に出す
・さらに、宿題の1ページ目を広げておく
といったことに、まずは取り組ませてみてはいかがでしょうか。子どもが宿題に取りかかるまでのハードルが下がります。

そうした工夫によって子どもの行動が改善することはありますが、改善しないこともあります。なぜなら、生まれつきの資質を変えることは子どもにとって極めて難しいからです。大人であれば、寝坊して遅刻したり忘れ物をしたりしたら仕事に支障をきたす可能性があるため、改善の必要性を強く感じることができます。自分で工夫する力もありますし、必要なものを買うこともできます。子どもより意思力も強いですし、そもそも「自身の行動を改善しなければ」というモチベーションを強く持つことができます。ですので、大人になってからの方が直せる可能性があり、世間でよく言われている「子どものうちなら直せる」というのは迷信なのです。

では、工夫しても行動を改善することが無理な時はどうしたらよいのでしょうか。その時は、保護者が手伝ってあげ、それでも無理なら代わりにやってあげてください。「そんなことをしていると自分でできるようにならない。自立の妨げだ」と言う人がいますが、決してそんなことはありません。発達心理学においては、子どもがどうしてもできないことをいつまでも叱っているよりも、手伝ってあげたり代わりにやってあげたりした方が、かえって自立につながる、と言われています。なぜなら、できないことをいつまでも叱っていると、親子関係が悪化して子どもの自己肯定感が非常に下がるからです。そうなるとかえって自立は遠ざかります。大人の力を借りつつも、子どもが少しずつ自分でできるようになることが増えていけば、自分のペースで着実に自立していくことができます。ですから、手伝ったりやってあげたりしていいのです。ただし、その時は子どもを叱りながらではなく、親子のふれあいの1つとして、楽しみながらやってあげてください。叱りながらやってあげていると、子どもの自己肯定感が下がってしまうので、それでは意味がないのです。

ゲームやスマートフォンのルールを親子で話し合いを重ねて決めることは、信頼関係を構築するきっかけにもなる

最近よく聞く保護者の悩みと言えば、ゲームのやり過ぎやスマートフォン(以下、「スマホ」)の使い過ぎの問題です。かつてはテレビの見過ぎを気にする保護者がいましたが、家庭にあるテレビの台数は限られており、子どもが見続ける状況は起こりにくかったものです。しかし、スマホは個人で所持して利用するため、誰かが制限をかけなければ、ゲームもSNSも際限なく利用できてしまう点がテレビとの大きな違いです。

ゲームやスマホは、大人が思っている以上に子どもの生活の中で大きな存在になっています。そのようなものに対して保護者が何の理解も示さずに一方的に注意すると、子どもは悲しくなり、孤独を感じてしまいます。苦言を呈する前に、例えば、「どんなゲームをやっているの?」などと尋ねて、話を聞いてみましょう。普段の会話だとすぐに終わってしまうところが、ゲームのことになると話したい内容がたくさんある子どもは大勢います。また「ママにも教えて」「パパと一緒にやろう」などと話しかけてみるのもいいですね。ゲームで対立するのではなく、親子関係を良好にする手段としてゲームを活用するのです。そのようなよい雰囲気をつくった上で、ゲームをする時のルールを一緒につくることなどを提案してみましょう。

多くの子どもは、自分はゲームをやり過ぎているなと自覚しているものです。自分が好きなことに対して理解してくれようとしている保護者が言うことであれば、ルールづくりにも協力しようという気持ちになるはずです。
家庭内のルールは、保護者が決めたことを上意下達するのではなく、本人が納得できる着地点を民主的に話し合いながら、親子で一緒につくっていきます。決めたルールは、ホワイトボードに書くなど、家族全員が見やすい場所に示し、運用してみて不具合があれば、再び話し合って修正します。そうした民主的な対話を重ねておくと、子どもが困った時などに相談する相手として、保護者が「お守り」のような存在になります。子どもの成長に伴い、様々な問題が突然生じることがあります。いじめや不登校といった問題に直面するかもしれません。そういった時に親子で話し合うことができるような信頼関係を築いておくと、早い段階で子どもは保護者に相談するでしょうし、問題が深刻化する前に、保護者が解決の手を差し伸べやすくなります。

「主体性」の意味を大人はきちんと理解できているか

ほかにも保護者からよくいただく相談の1つに、「もっと主体性を持ってほしい」といった悩みがあります。そもそも「主体性」とは何でしょうか。大人がこうしてほしいと願っていることを、子どもがどんどんやってくれることを「主体性」だと考えてしまっている保護者もいるのではないでしょうか。

「人に言われたことは、何でもやります」といった考えを持っている人は、今後AIなどのテクノロジーに代替される仕事が増えていく世の中では、多少の知識やスキルがあっても通用しにくくなります。自分がやりたいことを自分で見つけて、それを表現し、周囲を巻き込める人、が社会では必要とされています。やりたいこと、あるいはやりたいことを自ら見つけたいと動くことこそが「主体性」です。
魚が大好な、子どもにも人気の有名人に話を聞いたことがあります。彼は、好きな魚のことを知ったら、忘れたくないのだそうで、図鑑を見ながら、「この魚が生きていくための適温は摂氏〇〇度程度なのか」などと知識を身につけていく。「この魚はなぜこのような体型をしているのだろう」などと考えを巡らすことで思考力が伸びる。そういった話題を周囲に伝えることで話す力が身につく。人は好きなことに取り組むと夢中になり、頭をフル活用するのです。
勉強が好きだという子どもは実はあまり多くないので、勉強に対して主体性を持たせることは難しいかもしれません。しかし並行して、子どもが大好きなこと、自らやりたいと思う気持ちをぜひ大切にしてあげてください。そこで本当の意味での主体性が発揮され、将来にわたって必要な力が身についていくはずです。

勉強に対する主体性を持たせることだけにこだわらなくてよいので、まずは本人が好きなことを応援してあげてほしいと思います。そうすれば、主体的に自己実現する力がつきますし、自信もつきます。好きなことに熱中している時は、非認知能力がついたり脳のシナプスが増えて地頭がよくなったりすることが発達心理学や脳科学の研究などで分かっていますので、勉強にもよい影響が出てきます。

2024年8月6日に行われた「東山梨教育協議会 教育講演会」の様子。

 

(本記事の執筆者:神田 有希子)

親野・智可等(おやの・ちから)

教育評論家

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