第1回では、AI活用に解がないからこそ対話とコミュニティづくりが一層重要になりつつある現実について、第2回では、そうした対話を促す起爆剤となる「ガイドライン」のあり方について触れました。最終回となる今回は、少し視点を広げて教育とイノベーションについて考えてみたいと思います。
結論から言えば、AIを起点とする教育のイノベーションは、「AIで何をするか」ではなく、これまで学校教育が十分に応えきれていなかった「生徒の困りごとは何か」から始まるのではないか、というのが今回考えたいことです。
このテーマを考える上で参考にしたいのが、ハーバードで実際に開講されているイノベーションに関する講義です。担当するMichael B. Horn教授は教育イノベーション研究の第一人者の一人です。この講義では、具体的な事例をもとに、教育分野におけるイノベーションが期待通りに機能しない構造を、様々な理論的な枠組みを用いながら分析していきます。
ここではその理論の一つ、「持続的イノベーションと破壊的イノベーション」についてご紹介したいと思います。これからの教育を考える上で、現場の先生方から教育政策に携わる方まで立場に関係なく参考にできるフレームワークのひとつではないかと思います。
持続的イノベーションと破壊的イノベーション
持続的イノベーションとは、既存の仕組みやサービスを、既存の消費者に向けて今ある評価軸に沿ってより良くしていく改善を指し、破壊的イノベーションは、既存のものに比べて性能が劣るものの、よりシンプルで安価に価値を提供するものと定義されます。より手触り感のある言い方をすれば、持続的イノベーションは今あるサービスをよくするものであるのに対して、破壊的イノベーションはこれまでサービスが届かなかった人(無消費層)に価値を届けるものとも言えます。
一例としてしばしば挙げられるのがカメラ市場です。デジタルカメラやスマートフォンが普及する以前、美しい写真を撮影するためには高価なフィルムカメラが必要でした。より高画質な写真を撮影できるカメラを開発し続けることは当時のカメラメーカーにとって重要な競争軸であり、至上命題であったとも言えます。
一方でデジタルカメラやスマートフォンのカメラ機能は登場当初、フィルムカメラの品質には劣るものとみなされていました。しかし、常に持ち歩ける、すぐに撮れる、簡単に共有できるという手軽さによって、これまで日常的にカメラを持っていなかった人々に対して写真体験を広げていきました。
つまり、従来のフィルムカメラは「よりきれいな写真を撮りたい人」の体験を改善したのに対し、デジタルカメラやスマートフォンはそれまで「写真を撮っていなかった人」に、写真体験の機会を届けたのです。こうした人々がいわゆる無消費層であり、デジタルカメラやスマートフォンはフィルムカメラに対する破壊的なイノベーションであったと言えます。
日本の教育に「無消費層」はいるのか
この視点は、AI時代の教育を考える上で大きな示唆を与えてくれます。現在、教育現場におけるAI活用の多くは、授業準備や校務の効率化など、既存の学校教育をより良くする方向で議論されています。もちろんこうした持続的イノベーションの取組は重要であり、教師の負担を軽減し、授業の質を高めるという意味でAIは大きな可能性を持っていることも事実です。
しかし、ここに破壊的イノベーションの視点を持ち込むと、見え方が少し変わります。つまり、教育の無消費層はどこにいるのかという観点です。
就学機会やPISAの学習到達度調査、識字率といったマクロな指標で見れば、日本の教育はほぼ無消費層がいない、世界的にみても非常に高水準なものだと言えます。しかし同時に、この“無消費が見えにくい”という状況こそが、日本の教育において破壊的イノベーションが生まれにくい一因ではないかとも考えられます。
そこで、少しミクロな視点で捉えてみるとどうでしょうか。日本の多くの生徒は一斉授業の消費者ではあっても、個別最適な学びの無消費者かもしれません。また、一見授業は受けていてもその進度についていけない生徒、塾に通うことが難しい生徒、家庭で十分な学習支援を受けにくい生徒、分からないことがあっても先生に直接質問することが苦手な生徒、実は教室には多様な「潜在的な無消費」が存在している可能性があります。そして、こうした無消費に目を向けることが、AI活用のあり方を捉え直す手がかりになります。
教育×AIイノベーションの出発点
もちろん、持続的イノベーションと破壊的イノベーションは決して優劣の問題ではありません。しかし破壊的イノベーションの観点から教育分野でのAI活用を捉えると、より多くの生徒に良質な教育を届けられる可能性が高まります。
生成AIのような画期的なテクノロジーが登場すると、私たちはつい「AIで何ができるか」に目を奪われがちです。しかし、本当に大切なのは、生徒が何に困っていて、学校として何がまだできていないのかを見極めることではないでしょうか。そうした視点こそが、教育現場にある無消費を浮き彫りにし、生徒一人ひとりが満足のいく教育へと繋がっていくのだと思います。活用法ありきで考えることももちろん重要ですが、それ以上に、目の前の生徒の困りごとに高い感度を持って向き合い続けることこそが、教育分野でイノベーションを起こすための出発点なのかもしれません。

上村 洸貴


