AIの急速な進化によって、教育は大きな転換点を迎えています。特にChatGPTやGeminiをはじめとする生成AIは、高度な検索だけでなく、要約や翻訳、問題作成、添削、対話支援なども可能にし、教員や児童・生徒が日常的に活用する場面が増えてきました。
「AIを授業でどこまで使ってよいのか」
「学力との関係をどう考えるべきか」
「思考力は本当に育つのか」
多くの先生が、こうした問いに向き合っているのではないでしょうか。
2024年にOECDが実施したTALIS(国際教員指導環境調査)によると、日本の教員が授業でAIを利用した割合は、小中学校ともに20%であり、OECD平均の36%を大きく下回ります。
しかし、学校がAIとの向き合い方を検討している間にも、生徒はどんどんAIを活用しています。
ベネッセ教育総合研究所と東京大学の経年調査によると、生徒が学校外の学習で生成AIを利用した割合は、特に高校生では2024年から2025年にかけて約34%から約58%へと大きく増加しています。
今、教育に求められているのは、「AIを使うかどうか」という議論だけではありません。より重要なのは、「AI時代に、人はどのように学ぶのか」を考えることでしょう。
AIには学びを豊かにする可能性がある
生成AIには、多くの可能性があります。このことは国内外の数多くの論文が示しています。
たとえば、一人ひとりの理解度や学習進度に応じて説明を変えたり、24時間いつでも対話的な支援を提供したりすることができます。
また、学習者の疑問に即時に応答し、多様な視点や例を提示することで、試行錯誤や振り返りを促す効果も期待されています。
これまでの教育では難しかった「個別最適化」「即時フィードバック」「対話的支援」を実現できる存在として、生成AIへの期待は高まっています。
しかし、その効果は、単にAIを導入すれば自動的に生まれるものではありません。どのような授業設計の中で、どのように活用するのかによって、その意味は大きく変わります。
また、AIは「できるようになるまで繰り返す」ことは得意ですが、学習者の感情を読み取りながら励ましたり、「なぜ学ぶのか」という意味をともに考えたりすることは、必ずしも得意ではありません。
だからこそ、AI時代においても、教員の役割がなくなるわけではありません。むしろ、「どのような学びをつくるのか」を考える教員の役割は、これまで以上に重要になっていくのではないでしょうか。
AI活用のパラドックス
AIは、私たちの学習成果や効率を高めてくれます。しかしその一方で、使い方によっては、私たち自身の「知の働き」を弱めてしまう可能性もあります。
次回、その課題を「知の空洞化」「知の他律化」「知の均質化」という三つの視点から考えてみたいと思います。



