前回は、生成AI時代における教育の課題として、「知の空洞化」「知の他律化」「知の均質化」という3つの視点を紹介しました。
AIは学びを強力に支援するツールですが、その使い方によっては「自分で考える力」や「主体的に学ぶ力」を弱めてしまう可能性もあります。つまり、重要なのは学習デザインです。
では、AI時代において、私たちはどのように学習をデザインすればよいでしょうか?
その鍵となるのが、「エージェンシー」という考え方です。
エージェンシーとは何か
OECD Education 2030では、2030年に向けた学びの指針として「ラーニング・コンパス」を策定し、その中心にエージェンシーを位置づけました。
エージェンシーとは、以下のように説明されています。
「変化を起こすために、自ら目標を設定し、振り返りながら、責任をもって行動する資質・能力」
単に知識を得るだけではなく、社会の当事者として、自らの学びや行動を主体的に方向づけていく力とも言えます。
私がラーニング・コンパスの策定に参画したのは2016年から2021年にかけてであり、現在のように生成AIが急速に普及する以前でした。
しかし、2026年を迎えた今、AIが容易に答えや方向性を示す時代だからこそ、自ら考え、学びを作り上げていくエージェンシーの重要性は、ますます高まっていると感じています。
では、学習者がエージェンシーを発揮していくために大切なことは何でしょうか?
ここでは「問い続ける」「見極める」「面白がる」「塗り替える」「混ざりあう」という5つの原則を提案します。
問い続ける
AI時代に求められるのは、単に「AIに上手に質問する力」ではありません。
AIは問いに対して瞬時に答えや方向性を示してくれますが、本当に重要なのは、「何を問うべきか」を自分で考えることです。そして、AIが示した答えをそのまま受け入れるのではなく、「なぜそうなるのか」「本当にそれでよいのか」と立ち止まり、問い直し続ける姿勢が欠かせません。
効率よく正解へたどり着くことだけを目指すのではなく、違和感や疑問を簡単に手放さず、自分自身の問いを深めていくこと。その粘り強い思考の積み重ねが、主体的な学びを支えます。
AIが容易に答えを提示する時代だからこそ、問い続けるという「知のスタミナ」が今まで以上に重要になります。
見極める
AIは便利な一方で、誤情報や偏った情報をもっともらしく提示することがあります。だからこそ、AIの答えをそのまま受け入れるのではなく、「本当に正しいのか」「別の見方はないか」と立ち止まって考える姿勢が重要です。
現実社会の課題には唯一の正解があるとは限らず、「誰にとって望ましいのか」「何を優先するのか」によって判断は変わります。その背景には、時代や文化、立場の違いもあります。
見極めるとは、情報の正しさだけでなく、「何が真実か(真)」「何がよりよいか(善)」「何に価値を感じるか(美)」を問い続けることでもあります。
AI時代だからこそ、情報の信頼性を確認するのはもちろん、自分自身の価値観に照らして考え、主体的に判断する力がますます重要になります。
面白がる
AIを使えば、効率よく答えにたどり着くことができます。しかし、本来の学びは、単に正解を早く得ることではありません。
大切なのは、「もっと知りたい」「なぜだろう」と面白がる好奇心を持ち、自分なりの意味を見出していくことです。同じ出来事に触れても、何を感じ、どんな価値を見出すかは人によって異なります。
人間の学びとは、得た情報を自分なりに解釈し直し、新しい視点や価値を生み出していく営みです。AIは答えを示してくれますが、それをどう意味づけるかを決めるのは人間です。
だからこそAI時代には、効率だけを追い求めるのではなく、発見や違和感を面白がりながら、自分自身の問いや学びを深めていくことが重要になります。
塗り替える
AI時代には、知識やスキルの陳腐化がこれまで以上に速く進みます。したがって、新しい知識を増やすことだけでなく、自分自身の考え方や学び方を更新し続けることが大切です。
「塗り替える」とは、経験や対話、試行錯誤を通して、それまで当たり前だと思っていた価値観や理解を見直し、自分を変化させていくことを意味します。
これは、OECD Education 2030 が提唱するAARサイクル(見通し・行動・振り返り)を繰り返しながら、螺旋階段を上るように学びを更新していくことでもあります。
まず、「何を学ぶのか」「なぜ学ぶのか」「どのように学ぶのか」という見通しを持ち、自分なりの目標や方法を考える。そして、AIも活用しながら実際に行動し、試行錯誤を重ねる。さらに、「なぜうまくいったのか」「何が理解できていないのか」「次はどう変えるべきか」を振り返り、次の学びへとつなげていくことが大切です。
混ざりあう
AIとの対話が当たり前になる時代だからこそ、人間同士が対話し、協働する価値はこれまで以上に高まっています。
「混ざりあう」とは、単に意見を共有したり合意したりすることではありません。異なる立場や価値観を持つ相手と向き合い、ときには葛藤しながらも、お互いを尊重して対話することです。
実際、ウェルビーイング研究でも、「社会的つながり」は幸福感を支える重要な要素とされています。「誰かと理解し合えている」「誰かとともに生きている」という感覚は、人間らしく豊かに生きるうえで欠かせません。
一方、AIは一人ひとりに最適化された情報を提示するため、自分と似た価値観の中に閉じこもりやすくなる危険もあります。
だからこそ、自分とは異なる考えに意識的に出会い、対話を通して視野を広げることが重要です。他者との摩擦や違いは、ときに新しい学びや創造のきっかけにもなります。
AI時代に求められるのは、単に「AIをどう使うか」を学ぶことではありません。
より重要なのは、「人間はどのように学び、どのように生きるのか」を問い続けることです。
本稿では、そのための視点として、「問い続ける」「見極める」「面白がる」「塗り替える」「混ざりあう」という5つの原則を提案しました。
AIは効率的で個別最適な学びを支援してくれますが、人間らしい学びとは、違和感を抱えながら考え続け、他者との対話や葛藤を通して、自分自身の価値観や学び方を更新していく営みにあります。
だからこそ、AIに学びを委ねるのではなく、自ら問い、判断し、意味づけしながら学びを方向づけるエージェンシーが重要になります。
そして、AI時代に求められるエージェンシーは、教員が一方的に教え込めるものではありません。
生徒と教員が、ともに問い、学び、磨き続けていくものです。生徒に主体的な学びを求めるのと同じように、教員自身もまた、自らの実践や価値観を更新し続けること。それが、これからの教育を支える重要な鍵であり、AI時代において教員が果たすべきもっとも大きな役割なのではないでしょうか。



