中島さち子(なかじま・さちこ)

ジャズピアニスト、数学研究者、STEAM教育者。株式会社steAm代表取締役

詳しいプロフィールはこちら

  • #STEAM
  • #探究学習
  • #未来の教育
  • #社会の変化

STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(s)(芸術/リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の各頭文字から成る造語です。STEAM教育と聞くと、「理系を重視する教育」「理数系にアートを加えた新たな教科教育」などをイメージし、実はどのような教育を指すのかよく分からない、という方も多いのではないでしょうか。私はジャズピアニストであるとともに、数学研究者、そしてSTEAM教育者として、学校や企業向けのワークショップや研修を多数手がけてきました。今回はSTEAM教育とは何か、なぜ今、STEAM教育が必要とされているのかを、私自身の体験も踏まえてお話しします。

数学者・音楽家として気づいた「終わりのない旅」のワクワク感

私は幼い頃からピアノに親しみ、特に自由に弾いたり、作曲をしたりすることが好きでした。当時はヤマハ音楽院の作曲専門コースに通っていたのですが、自分は似たような曲ばかりを作っていると感じ始めた中学2年生の頃、ピアノはいったんやめました。ぽっかりと時間ができたその時に出合ったのが、たまたま書店で手に取った雑誌に掲載されていた数学の問題です。それから一気に数学にのめり込んでいきました。私が通っていた学校のおおらかな校風や、個性を尊重してくれる先生方の存在も、数学にのめり込むことへの大きな後押しになったと思っています。

高校時代には国際数学オリンピックに出場し、日本人女性として初めて金メダルを獲得しました(写真)。出題された問いには当然「正解」はありますが、証明がほとんどなのでやり方は無数にありますし、正解かどうかは一切気にならない、1日中考えていたいと思わせる面白い問いばかりで、遊びの延長のような感覚で取り組んだことをよく覚えています。大学では数学を専攻し、どれだけ自分独自の新たな領域に踏み込めているか、ワクワクしながら日々、数学に向き合いました。

数学に没頭しつつも、ジャズピアニストとなるきっかけに出合ったのも大学時代です。ビッグバンドサークルに入ったのですが、元々即興演奏が好きだったことに加えて、人間の混沌(こんとん)とした泥臭さのようなものにも惹かれて再びピアノを弾くことの楽しさを実感し、ジャズにはまっていきました。数学科のあった駒場から本郷にあるジャズ研究会に通うようにもなりました。卒業後、本格的に音楽活動を開始することになります。

そのように、数学と音楽、それぞれの世界に没頭する日々を重ねる中で、30代になった頃、気づいたことがあります。それは、誰かに与えられた問いを正解に向かって効率よく解く作業ではなく、答えがどこにあるかも分からない場所を手探りで進んでいく「終わりのない旅」こそが、数学にも音楽にも共通する創造のプロセスであり、私のワクワクの源泉だということです。

数学は正確な計算ができなければ取り組めない学問というわけではありません。実際、計算が苦手な数学者や、数字より絵で考える方が得意な数学者はたくさんいます。また、ジャズには正解の譜面があるわけではありません。次の瞬間を想像できず、うまくいく保証もない中で、その場の音の応答から次の1音を探っていく即興性がジャズの醍醐味(だいごみ)です。テストで正解を出せることや上手に演奏できることは、あくまで結果の1つに過ぎません。

同時期に、社会的な課題にも目が向くようになりました。いくつかのプロジェクトにかかわり、分野や立場の異なる人と共創・協奏する経験を通じて、社会はオーケストラのように多様な人たちによって創られているということや、数学や音楽で味わってきた「終わりのない旅」の面白さは分野を問わず通じるものだということも、実感するようになりました。そのような創造する面白さや喜びをもっと人に伝えたいと思っていたところ、STEAMの考え方に出合い、現在に至っています。

STEAMとは「学ぶ内容」ではなく、「学び方」

自分の経験も踏まえると、STEAM教育を「理数系+アートの教科」などと捉えることは誤解であると、私は考えています。STEAM教育は、複数の教科を横断して教えなければならない特別な「コンテンツ(内容)」だとイメージされがちですが、それは本質ではありません。STEAMとは「学び方」です。英語では「the way of learning」「the way of living」といった言葉が使われており、特定の内容を指すコンテンツではなく、学び方や生き方を意味します。

STEAM教育の本質は、知りたいとワクワクする気持ちが何かを創りたいという衝動につながり、実際に創ってみることでまた新しい問いが生まれる、そうした循環にあります。私も議論にかかわっていた経済産業省 「『未来の教室』ビジョン」が示す「学びのSTEAM化」(図)にも、まさにこの「知る」と「創る」の循環が、「ワクワク」を中心に表現されています。大切なのは、日々の学びの中に、その循環をなるべく生み出し、深めていくことで、「学びをSTEAM化していく」という捉え方をすることです。その循環がどれだけ深まっているかでSTEAM教育の度合いが決まるのであって、「これがSTEAMだ」と線引きするものでも、複数分野を横断しているかどうかで判断するものでもありません。

出典:経済産業省「『未来の教室』ビジョン」(2019年6月公表)

ただ、何かのプロジェクトにワクワクしながら本気で取り組めば、その学びは自然と教科の壁を越えていきます。最初から横断性そのものを目指しすぎると、取り組みの手法が限定的になる恐れがありますが、まずは1つの教科をとことん掘り下げていけば、やがてその学びがSTEAM化されていく可能性は十分ありますし、私のように複数の分野に魅惑されていくことでその共通性に気づき、そこから創造性につながっていくこともあります。

関連して、STEAM教育は「コンテンツ(内容)」を否定するものではありません。数学や国語、社会、理科といった各分野そのものが面白く、創造的なものであるという認識が、STEAM教育の大前提としてあります。「知る」ことと「創る」ことの両方が大切であり、「創る」ことばかりに偏ってしまっても浅い学びにとどまってしまいます。知識は先人たちが積み重ねてきた創造の結晶であり、それを踏まえてこそ、「知る」ことを新しく「創る」ことに生かしていける。ですから、これまでの教科の授業が不要になるわけではありません。大切なのは、与えられた正解を「知る」ことだけにとどめずに、自分なりに深掘りしたり、新しい視点で捉えてみたりしながら、「創る」ことへと循環させていくという学び方なのです。

なぜ今、STEAM教育なのか?――20世紀型教育からの転換

では、なぜ今、そうした学び方が必要とされているのでしょうか。背景には社会そのものの転換があると私は考えています。20世紀は大量生産・大量消費を支えるために、画一化と効率化を進めてきた時代でした。学校教育もその要請に応じて、皆が同じ内容を同じペースで学ぶ仕組みをつくり上げてきました。

しかし、テクノロジーの発達によって、状況は大きく変わりつつあります。一人ひとりの個性や特性に合わせて価値を生み出せる「個別最適」な社会、誰もが創り手となって発信することができる社会になりつつあります。だからこそ従来の画一化・効率化優先の社会では見過ごされてきた、「弱さ」や「不器用さ」も含めた多様性が新しい発想を生む力になると考えます。

実際、2025年の大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーとして手がけたパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」を生み出す過程では、目や耳の不自由な方、車いすを使う方など、障害がある方にも初期段階からチームに加わっていただき、例えば、クラゲ館地下の暗闇で立体音を楽しむ「わたしを聴く」や、ゲルを触ると光や音が出る「音触」、歩きながらいろんな高さで触れるニョロニョロ「振るーと」などの展示物を共創してきました。得手・不得手や専門・専門外の垣根を外し、あえて一緒くたになる。多様な仲間と手を動かしたからこそ、思いもよらない発想がいくつも生まれました。効率を優先すれば見過ごしてしまうような視点を、今の社会では「弱さ」とされがちな特性がある仲間がたくさんもたらしてくれました。多数派に合わせて全体の仕組みを創る20世紀型の考え方(マジョリティーデザイン)では気づかれていなかった視点こそが、これからの新しい発想の種になると、私は考えています。

音楽なら単にきれいに弾く、数学なら正解を出すということだけであれば、生成AIで事足ります。しかし、生成AIでは出せない、その人ならではのアウトプットがあるから、私たちの心は揺さぶられるのではないでしょうか。それは万博のような特別な場に限らず、例えば多様な児童生徒が集まる教室や、個性の異なる兄弟姉妹がいる家庭でも同様だと思います。

STEAM教育は特別な才能を持つ人だけのものではありませんし、年齢制限もありません。私は誰もが学び続けられるという意味で「0歳から120歳までの子ども」という表現をよく使いますが、STEAM教育はいつからでも始められ、誰もが本来持っている「知りたい」「創りたい」というワクワクする気持ちを、改めて学びの軸に置く視点だと言えるでしょう。では、「ワクワク」を中心とした「知る」と「創る」の循環を、私たち大人は教室や家庭でどうすればつくれるのでしょうか。後編では、学校における実践への第一歩や、保護者の子どもへの向き合い方についてお話しします。

【参考】
いのちの遊び場 クラゲ館 – 2025年日本国際博覧会テーマ事業 「いのちを高める」

(本記事の執筆者:神田 有希子)