保護者の皆さんが中学生や高校生だった時代から、英語の授業や大学入試は大きく変わりました。そのような変化や、これからの時代を考えた時に、保護者は、子どもに対してどのようなサポートをしていけばよいのか。奈良県の私立西大和学園中学校・高校と兵庫県の私立灘中学校・高校で、33年間英語を教えてきた私の経験と考えに基づき、お話ししたいと思います。

大学入試の英語において、
保護者が押さえておきたい変化のポイント

かつての学校の英語の授業は、生徒が予習で訳してきた長文などを、教師が1文ずつ丁寧に説明しながら進む、「訳読式」と言われるスタイルが主流でした。現在は、文章の概要を捉えて、たくさんの情報を素早く処理する「速読即解」の力をつける授業を心がける教師が増えています。その背景の1つには、大学入試で速読即解力が試される問題が増加したことがあります。

また、日本の大学の共通入学試験である「大学入試センター試験」は、2021年度大学入学者選抜から「大学入学共通テスト」に変わりましたが、英語においては、リーディングの配点が200点から100点に、リスニングの配点が50点から100点に変わっており、その配点比からも、リスニングの重要性が高まっていることが分かります。そうした傾向に呼応して、単語集やリーディング用のテキスト1つを取っても、音声が付属している教材を選ぶ教師が増えています。

以上のように、変化した点がある一方で、大学入試全体の出題傾向はあまり変わっていません。入試が変わったのは、大学入学共通テスト及び日本の大学入学者の約2割を占める国公立大学における二次試験であり、約8割を占める私立大学の入試傾向は、大きくは変化していません。まとめると、英語に関して、保護者の皆さんが中学生や高校生だった時代から大きく変化したのは、国公立大学の入試と高校の授業であり、私立大学の入試にはそれほど大きな変化はないということです。

翻訳機能が進化すれば、英語を学ぶ必要はなくなる?

AI(人工知能)などの進化により、高度な翻訳機能ができれば、英語を学ぶ必要はなくなるのでは? と考える生徒がいますが、私は、主に2つの理由から、英語の学習は必要だと伝えています。

1つは、ストレスが全くないレベルでコミュニケーションが取れるほどAIが進化するのは、かなり先だと考えているからです。翻訳ツールの性能は日々向上していますが、互いが話す度にその内容を入力し、記憶させてから翻訳して発声するプロセスには、手間も時間もかかり、スムーズな会話には程遠い状態です。また、AIが話した(聞き取った)英語が正しいかどうかは、英語が分かる人間でないと判断できません。時には、その英語に修正を加える必要があります。そうした課題がすべてクリアになった高性能の翻訳ツールが開発され、普及するのは、当分先の話だと私は思っています。

英語力は国際社会における「名刺」

英語の学習が必要なもう1つの理由は、国際社会においては、英語が話せる人は一定の信用を得ることができるという実態があることです。例えば、国際会議の場で、英語を話せる人と話せない人がいる場合、英語が話せる人同士だけでその後の関係が深まるというのは、よくあることです。また、有色人種である日本人は、特に欧米社会において、今なお差別を受けることが残念ながらあります。日本ではトップクラスの学校に通い、他の教科の成績がいくら優れていても、英語がスムーズに話せないだけで、海外でひどい差別を受けたという教え子が何人もいました。日本で生きている中では実感できないかもしれませんが、英語が話せることは、日本人が国際社会において他者とかかわるために必要な「名刺」のような役割を果たすのです。

「うちの子は、海外とは関係ない職業に就くだろうから、英語が話せなくても大丈夫」と思われている保護者の方もいるかもしれません。ただ、どんな職業に就くのかを決めるのは、子ども自身です。将来、どのような形で海外とかかわるか分かりませんし、海外とは関係ないと決めつけて、子どもの可能性を狭める必要はないと思います。

小・中学生のうちは、「国語力」を貯金しよう

英語の力を伸ばすためには、単語力と文法力を高めることが不可欠ですが、そもそも母語である日本語の単語や文法の知識が乏しければ、英語の力は頭打ちになります。また、興味のない文章や話でも、きちんと最後まで読んだり、聞いたりすることができることは、社会では必須のスキルであり、大学入試で英文を速読即解する力にもつながります。ですから、保護者の皆さんにはぜひ、本や新聞が身近にある環境を整え、日本語の力が高まるためのサポートをしていただきたいと思います。保護者自らが本や新聞を読む習慣をつけ、その姿を子どもに見せたり、本や新聞に書かれている内容を子どもと共有したりしてみるとよいでしょう。

そうした取り組みは、できるだけ早いうちから行うことをお勧めします。子どもは、年齢が上がれば上がるほど、自我が発達して親の言うことを素直に聞かなくなります。中学生くらいまでの時期に、どれだけ「国語力」を貯金しておくことができるかが重要です。

保護者の皆さんへ、子どもに伝えてほしいこと

今、私が非常に危惧していることで、お子さんにぜひ伝えていただきたいことがあります。子どもたちは、これからあと70~80年、あるいはそれ以上生きていきます。西暦2100年となると、様々なことが今とは大きく変わっているでしょう。例えば、日本人の人口は現在の約半分の6,000万人ほどになると、かなり高い確度で予測されています。日本の国力は落ち、国家の形が大幅に変わっているかもしれません。そうなった時に、学歴は何の役にも立たなくなっているでしょう。代わりに、豊かな教養や体力、精神力を含めた「生きる力」そのものが、強みになるかもしれません。これからの社会は、日本は、どうなっていくのか。そうしたことを考えた上で、何を自身の強みにしていくべきなのかを、保護者は人生の先人として子どもに伝え、投げかけ、ともに考えていく必要があると思います。それこそが、英語に限らず、子どものために保護者ができる最大のサポートではないでしょうか。

受験は体力勝負でもある

最後に、中学・高校3年生のお子さんを持つ保護者の皆さんには、お子さんの体力や気力を充実させることの大切さも再認識していただきたいと思っています。私は、模擬試験で常にA判定を取っていた生徒が志望校に合格できず、C判定やD判定ばかりだった生徒が合格した例を数多く見ています。教科学力が十分ありながら本番で力を発揮できない理由の1つとして考えられるのは、体力不足です。例えば、大学入学共通テストを受験する生徒の多くは、2日間試験に臨みますが、1日中椅子に座っていても集中することができるだけの体力と気力がなければ、持っている力を発揮することはできません。受験勉強ばかりしていると、体力や精神力が衰えがちです。睡眠をしっかり取らせるなど、保護者は子どもの体調が整うよう、フォローしてあげてください。受験を乗り切って、夢を実現しようと成長し続ける大人が1人でも増えることを願っています。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

木村達哉(きむら・たつや)

作家

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