前回は、主に保護者の方に向けてお話ししました。今回は、学校現場で英語指導にかかわる先生方に向けて、同じ立場にあった私の経験を基に、今必要とされている英語指導について、日々考えていることをお話ししたいと思います。

「使える英語」を身につけさせるには、宿題の質を変える

新学習指導要領では、4技能をバランスよく育成し、英語を通したコミュニケーション能力を高める取り組みが、小学校から高校まで一貫して求められています。小・中学校・高校の各校種における英語の授業時数は増加しましたが、英語教育に熱心な一部の私立学校を除き、学校の授業を受けるだけで「使える英語」が身につくだけの十分な時間が確保できているとは、私は思っていません。

そこで重要となるのが、家庭学習の充実です。それは、「提出」を前提とした宿題ではなく、「習熟的な学習」を前提とした宿題を課すことがポイントになります。各国首脳の会議などで、そばにいる通訳者が即時に滑らかに英語を訳している場面を見たことがあると思います。あれは、会議の内容が事前におおよそ決まっており、通訳者はそれを前日までにインプットしているため、会議の場で会話の内容に応じた最適な訳を選んで伝えることができているのです。翻訳者を養成する学校でも、授業の中で、事前と本番(発表)の2回にわたってインプットを重ねることで、実践的な翻訳力を高めるシステムを採っています。

それと似たような考え方で、事前インプットの部分を家庭学習に担わせます。例えば、次の授業の学習範囲でリーディングの授業をするとして、家庭では音声を聞いて発音だけはマスターしておくことを宿題として課し、学校では文法的語法的解説ができるようにしておくということが考えられます。そうすると、「やってこない子がいる」と懸念する教師がいるかもしれませんが、それは、提出することを前提とした宿題でも同じことが言えるのではないでしょうか。宿題をやらない生徒に合わせて授業の効果を半減させるのは、むしろやる気のある生徒を伸ばさないことにつながるはずです。「習熟的な学習」を前提とした宿題を課すことで、限られた授業時数でも、「使える英語」の習得に近づくことができるのではないでしょうか。

その指導方法は「今」を捉えているか?

時代の変化に応じて、今、求められている英語力を身につける学習方法を、生徒に正しく伝えることも大切です。かつて自分が教師から教わった学習方法を、生徒にそのまま伝えていないでしょうか。学習内容のバランス1つを取っても、例えば、正しいスペリングを覚える重要性は、以前と比べて下がっています。今は、ごく簡単な操作でパソコンが正しい表記を教えてくれますし、入試問題でもスペリングの出題は減少傾向にあります。もちろん、スペルの学習は大事ですが、それに必要以上の時間を割かせるような指導は適切とは言えません。時代の変化に応じて、指導すべき内容や方法を変化させましょう。学校現場では、残念なことに、昔ながらの指導法を固持する教師がいて、同じ職場の同僚教師が違和感を覚えたとしても、なかなか意見を言えないといったケースが見られます。指導的な役割や、決定権を持つ立場にある教師は、目の前の生徒たちのためになるような授業づくりや教材選択を常に考えてほしいと思っています。

まず考えさせるべきは、志望校ではなく、その生徒の人生

かつては、学校の進学実績を上げるために、生徒の偏差値に最大限見合う大学や学部を勧めることが一般的に行われていました。法学部を希望する生徒に対して、「今の偏差値だと、同じ大学の教育学部なら合格することができそうだぞ」といった助言をするなど、生徒の希望進路の実現に向けて真摯に向き合っているとは言えない状況でした。正直、私自身も思いあたる節がありますし、生徒の側も、より偏差値の高い大学に行ければそれでよしと考え、模擬試験の偏差値から逆算的に大学を選ぶ風潮があったことは否定できません。

米国屈指の大学に進学した教え子によると、米国では、有名大学に合格しただけで本人や周囲が喜び浮かれることはないそうです。大学入学時点では、社会に1円の利益も生み出しておらず、そうした状態にある人を褒めたたえることはあり得ないそうです。

何のために大学に行くのか。細かい選択はさておき、自分はどの分野に関心があるのか、どのようなことで困っている人たちの力になりたいのか。そうしたことを考えさせないと、生徒自身も周囲も幸せになれません。大学選択はその次です。教師も生徒も、志望校を考える前に、人生についてもっと真剣に考えるべきです。「この偏差値だから、この大学に進め」は、進路指導とは言えません。例えば、教育に関連した仕事に興味がある生徒がいたら、教師になる、塾で働く、民間企業に就職する、あるいは大学院で研究するなど、様々な選択肢があります。それらを知らない生徒たちに選択肢を示して、自分はどうすべきかを生徒自身に考えさせることこそ、進路指導であり、教師の役割だと思います。

また、1つのことを成し遂げたり、習得したりすることは容易ではありませんが、好きではないことだとしても、それに向き合い、努力する大変さを生徒に伝え、体感させることも重要ではないでしょうか。進路選択の際、様々な理由から、希望する道を諦めようとする生徒がいます。その時、困難を安易に回避するための方法を示したり、何となく頑張ろうなどと、あいまいな助言をしたりするのではなく、現実にも将来にも、正面から向き合うことを生徒に促してほしいと思います。

教師は、その子の人生を決めることはできませんが、アドバイスをすることはできます。数多くの最新の選択肢を生徒に伝えるためにも、常にアンテナを張って、情報を仕入れておかないといけません。これからの教師には、自分の知識や考えを一方的に伝えることよりも、カウンセラーに近い立場でいることが求められるのかもしれません。教師としての各自の矜持(きょうじ)は大切にしつつ、あくまで子どもの支援者として、自分自身の健康にも気をつけながら、1人でも多くの生徒の夢をかなえられるように、ともに活動していきましょう。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

木村達哉(きむら・たつや)

作家

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