私はトランスジェンダーの当事者の1人として、LGBTQの啓発を主な目的としたイベントの運営、全国各地での講演活動などを行っています。物心ついたころから女性であることに違和感を覚え、葛藤しながらも、小学校から高校までを女子校で過ごしました。大学院ではジェンダー・セクシュアリティーを研究しました。現在は、パートナーとの間に2人の子どもを持つ父親です。これまでの活動や経験を交えながら、LGBTQの人たちが置かれている現状や抱えている課題、社会に対する今後の期待について、お話ししたいと思います。

※ 本稿では、LGBTQの当事者を「当事者」と表記しています。

いないのではなく、気づかない。
言わないのではなく、言えない

LGBTQとは、性のあり方(性的指向、性自認など)が何らかの意味で多数派と異なるセクシュアル・マイノリティーの代表的な類型の総称として使われている言葉です。Lがレズビアン(Lesbian:女性の同性愛者)、Gがゲイ(Gay:男性の同性愛者)、Bがバイセクシュアル(Bisexual:恋愛対象が同性・異性の両方)、Tがトランスジェンダー(Transgender:出生時に割りあてられた性別とは異なる性を自認する人)、Qがクエスチョニング(Questioning:性自認・性的指向がはっきりしない、揺れ動いている人)及びクィア(Queer:異性愛や女性・男性の一択を規範とする社会に違和感を覚える人)を示します。「L」「G」「B」は性的指向にかかわる類型で、「T」は性自認に関する類型になります。

LGBTQを自認する人の割合は、調査主体や集計方法などによって幅があるものの、全国で5~8%とされています。学校で考えると、1クラスに1、2人はいる計算です。血液型がAB型である人や左利きの人の割合が10%程度ですので、多くの方が想像されているよりも、LGBTQの人たちが身近にいるという事実に驚くかもしれません。当事者はいないのではなく、周囲が気づいていないだけであり、当事者であることを言わないのではなく、言えないだけなのです。疎外感を抱いたり、自分はこの世に存在する価値がないのではないかと苦しんだりしている人が、大勢います。

様々な啓発活動を通して願うのは、「LGBTQ」とか「セクシュアル・マイノリティー」といった言葉を使わなくてもよい社会の実現です。それは、セクシュアル・マイノリティーだけを暮らしやすくするということではなく、すべての人が尊重され、自己肯定感を持つことができ、その1人として、マイノリティーも自分らしく生きていけるようにするということです。そうした社会が実現できれば、特定のセクシュアリティーを括ってラベリングする必要はなくなり、「LGBTQ」といった表現も不要になることでしょう。ですが、それは残念ながらまだまだ先のことだと思っています。

最大の課題は法整備。ただ、社会に変化は見られる

私はLGBTQの活動家と呼ばれることが多いのですが、活動家を志向していたわけではなく、“普通”に暮らしたいと思っていました。しかし、“普通”に暮らそうとすればするほど活動になってしまった、というのが現実です。例えば、街で清掃活動を行っていたら、「『性同一性障害を乗り越えて』ボランティアなんてすごい!」などと、過剰と言える反応がありました。掃除に性差は関係ないはずですが……。子どもを迎えた時には、取材が殺到しました。日常のささいな行動から、いわゆる結婚、出産といった人生の節目となる出来事まで、普通に過ごしたくても過ごせませんでした。

そうした状況を生み出している最大の要因であり、日本における一番の課題が、LGBTQに関する法制度の未整備です。国民は皆平等であると言われていますが、法律上、LGBTQには生活上の基本的な権利が与えられていないのです。結婚(婚姻)が最たる例で、世界には同性婚を認める国が増えてきていますが、日本では同性婚が法的に認められていないため、同性の2人が家族となり、暮らすことには様々な制約があります。同性カップルが一緒に住める部屋が見つからない、ローンを組みにくい、子どもを迎えても戸籍には通常と異なる記載がなされる、パートナーは家族としての相続ができない等、法的な婚姻関係が認められないことで、生きていくために必要な行動を実現するハードルが非常に高い実態があります。法律がそうなのであれば、世間でもLGBTQへの差別が差別と意識されませんし、知識や世間のLGBTQに対する理解も深まらず、当事者は常に周囲の目を気にしながら生きざるをえません。

ただ、社会は少しずつ変化しています。2015年に創設された同性パートナーシップ制度*には、全国で3,000組以上のカップルが申請しており、現在は総人口の4割以上の自治体人口をカバーしています。

*同性パートナーシップ制度
各自治体が同性同士のカップルを婚姻に相当する関係と認め、証明書を発行する制度。法的拘束力はないが、家族として公営住宅の入居が認められたり、職場の福利厚生制度を利用したりすることができる。ただし、承認を受けた場合でも、法律上の配偶者ではないため、税制上の優遇措置は適用外で、法定相続人にもなれない。2015年11月に東京都渋谷区と世田谷区で施行され、2022年1月時点での施行自治体は全国で147。2022年11月には東京都が同制度を運用開始するなど、全国的な広がりを見せている。

LGBTQの存在や意思の可視化を
進めることで、よりよい社会に

私は社会の変化を、同性パートナーシップ制度の浸透だけではなく、様々な場面で感じています。例えば、社会でLGBTQに関する誤った情報が流されてしまうことがありますが、それをうのみにせず、「〇〇の発言はおかしい」などと声を上げてくれる人が少しずつではありますが増えてきました。

学校や公共の場においても、ジェンダーレスなデザインの制服や水着が採用されたり、性別に関係なく入れるトイレの導入が進んだりしつつあります。2012年にわずか数千人規模で始まった、LGBTQなどのセクシュアル・マイノリティーの存在を社会に広め、「“性”と“生”の多様性」を祝福する、年に一度のイベント「東京レインボープライド」は、2019年には参加者が20万人を超え、2022年はオンラインでの総視聴者数が160万、コロナ禍による人数制限下での総入場者数は6万7,000人に及びました。そうした社会の動きと、法的な制度の整備が並行して進んでいく必要があると思っています。

東京レインボープライドの2018年のパレード。共同代表として先頭を歩く。

私が自分自身の状況を公表したり、様々な活動を積極的に行ったりするのは、LGBTQであることをオープンにして暮らす大人が非常に限られているからです。お手本となる大人がいなければ子どもたちは未来が描けません。幼少期の私自身がそうでした。LGBTQを代表することはできませんが、声をあげることでロールモデルのひとつになれたらと思っています。社会における少数派のことが理解されるためには、その存在や意思が社会に可視化される必要があります。しかし、自分のことを公にしたくないLGBTQの人の割合が、まだ圧倒的に高いのです。現在は、LGBTQの人々が住みやすい社会になっていくまでの過渡期です。そうした段階においては、声を上げられる人から上げていかないと、よりよい方向には進みません。ですから、私は声を上げ、私たちの存在を可視化する役割を担おうと決意しました。私には2人の子どもがいますが、パートナーや、精子提供者でありもう1人の父親でもある友人と相談して、公表に踏み切りました。この子たちが大きくなった時に、自分が隠される存在だったと思ってほしくないからです。可視化されていないだけで、既に多くのLGBTQ当事者が子どもを持ち養育にあたっています。その子たちが大きくなった時のために、社会をもっと変えていこうと活動をしています。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

杉山文野(すぎやま・ふみの)

株式会社ニューキャンバス代表、NPO法人東京レインボープライド共同代表理事、トランスジェンダー

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