- 教育委員会版バックナンバー
教育長の視点~その先にあるもの~
第14回
伝統の「3S(スリーステップ)学習」を哲学対話と教育DXで進化 〜対話を大切にした子ども主体の教育をデザインする〜
福井県小浜市
2026/04/14 09:00

全国の教育長に教育施策の立案の視点について尋ねる本コーナー。第14回は、高校教員時代に生徒が開発した「宇宙食サバ缶」が数多くのメディアに取り上げられるなど、生徒主体・地域連携を軸に据えた探究学習に取り組んできた、福井県小浜市の小坂康之教育長に、小浜市の教育をさらに進化させる施策やその背景にある思いについて、話を聞いた。
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小浜市 概要
福井県の南西部に位置する、若狭地域の中核都市。古くから日本海を隔てた対岸諸国との交易を開き、日本海側屈指の要港として発展。大陸からもたらされた文化や各地の物産は「鯖街道(さばかいどう)」などを経て京都などに運ばれた。豊かな水産資源を背景に「食のまちづくり」を推進している。
人口 約2万7,000人
面積 233.11㎢
市立学校数 小学校9校、中学校2校
教員数 約230人
児童生徒数 約2,130人
お話を伺った教育長

小坂康之(こさか やすゆき)
小浜市 教育委員会 教育長
2001年度、福井県立小浜水産高校(現・若狭高校)に赴任し、地域資源を題材に生徒主体で進める探究学習に取り組む。生徒とともに約14年かけて研究開発したサバ缶は、高校生が手がけた製品としては初めて宇宙航空研究開発機構から宇宙日本食に認証された。勤務の傍ら博士号(生物資源学)を取得。著書に『さばの缶づめ、宇宙へいく』(共著、イースト・プレス)。2025年4月から現職。
聞き手

森下芳行(もりした よしゆき)
株式会社ベネッセコーポレーション
学校カンパニー 小中学校事業本部
義務教育支援2課(西日本) 課長
1.40年以上取り組んできた、子ども主体の「3S学習」
<森下>教育長に就任されて約1年が経ちました。市の伝統を大切にしつつ、新たな施策にも取り組まれていると伺っています。
<小坂>日本海に面した本市は、大陸文化の玄関口として栄えてきました。地域の伝統を重んじつつ、新しいものを取り入れながら発展してきた、グローバル化の先駆けとも言えるまちです。
そうした歴史的背景がある本市で、教育において40年以上継承されているのが「3S学習」です。それは1コマの授業を3つのステップで展開するもので、ステップ1は、始業と同時に前時の計画に沿って動き出す「時間になったらする仕事」、ステップ2は、個別に課題を追究する「ひとりしらべ」を経て、クラス全体で問いを深める「みんなしらべ」を行う「新しい仕事」、そしてステップ3は、次時の計画を立てる「次時の計画」です(写真1)。3S学習により、子どもは常に学びの見通しを持って授業に臨んでいます。
<森下> 現在では全国の学校が「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指して子ども主体で対話を大切にした授業を行っています。小浜市ではそうした授業を長年積み重ねてこられたのですね。
<小坂>先日、「生き物の命」を題材にした、小学3年生の道徳の授業を参観しました。「ひとりしらべ」を経て「みんなしらべ」の問いを立てる過程で、教員が子どもの意見に対して「なぜ、そう思ったの?」「もう少し具体的に教えて」などと丁寧に問いかけたところ、子どもから「後悔とは何だろう」という問いが生まれ、哲学的な対話へと発展していったその様子を見て、非常に感動しました。
2.3S学習を基盤としつつ、哲学対話や教育DXで授業がさらに進化
<森下>3S学習は小浜市が誇るべき教育資産だと言えますね。
<小坂>その通りです。しかし、伝統があるが故に型にはまることを心配する教員もいます。そこで2025年度の「小浜市学校教育方針」に、3S学習は授業の基盤であることを明記しました。
その上でさらなる進化を目指して導入したのが、子どものための哲学対話「p4c」(*1)です。それは心理的安全性が保たれた場で、参加者の「なぜ」という内なる問い「ワンダー」を起点に出し合った考えを深めていく手法です。教員や子どもがそうした対話を通じて安心して考えを出し合えば、自分が持っていた価値観が揺さぶられ、新しい視点や考え方に気づくことが期待できます。私は教員時代にアメリカの大学で哲学対話を学び、それを高校の探究学習に取り入れたところ、活動が一層充実しました。そこで小・中学校にもp4cを展開しようと考えました。
<森下>地域の高校で成果が出た手法を小・中学校にも取り入れることで、義務教育から高校まで、一貫性のある連続した学びの実現が期待できますね。
<小坂>3S学習の進化に生かそうと、教育DXにも力を入れています。例えば、協働学習アプリでクラス全員の考えをリアルタイムに共有・比較すれば、対話の質が向上します。紙面や口頭で伝えるよりも効率的で、対話そのものや思考の時間をより多く確保できます。
また、学力調査や定期考査などのデータを詳細に分析し、それを子どもの学力の向上につなげたいと考えています。私は教員時代に、模擬試験などのデータの分析結果を基に授業改善や学習指導を行い、生徒の希望進路の実現を支援しました。小・中学校でも同様に、テストの結果から子ども一人ひとりのつまずきを可視化し、個々に寄り添った支援を充実させていきます。
そうした専門的なデータの分析を学校や教育委員会が行うことには限界があるため、ビッグデータを持つ外部機関との連携が必須です。英語については中学1年生と3年生で英語4技能検定(*2)を実施し、4技能ごとの到達度や弱点などを分析して、生徒の学習改善や教員の授業改善に役立てています。
<森下>対話の手法を身につけた上で教育DXを活用して対話を促進し、データなどの共通の話題があることで、対話の質が高まると期待できますね。
*1 Philosophy for Childrenの略称。
*2 ベネッセが提供する、小・中学生を対象とした、タブレットで受検する形式のスコア型英語4技能検定「GTEC」。
3.小・中学校から高校へと探究学習をつなぐ
<森下>小浜市は、現場での豊富な経験に基づいた、具体的で説得力のある施策を推進されていると感じました。
<小坂>私は市内の県立高校で、水産科の教員として20年余り勤めました。本市の豊かな水産資源を生かした探究学習に取り組む中で確信したのが、学びの基盤は「対話」であり、子どもこそが「教育の主体」であることです。
教育長に就任した当初は、自分の経験を現場に還元しようと意気込んでいましたが、いざ現場を訪れると、そこには既に子ども主体の教育と対話を大切にする土壌ができていました。私の教育長としての役割は、本市が築いてきた教育を改めて価値づけて実践を後押しするとともに、時代に応じた進化をさせることだと気づいたのです。
今思えば、私が高校で接してきた生徒も3S学習で育ちました。生徒が探究学習に熱心だった原点が今、ようやく分かった思いです。
<森下>生徒の探究学習に対する熱量の高さは、小・中学校での「ふるさと学習」の経験もその要因の1つになっているのではないでしょうか。
<小坂>おっしゃる通りです。小学校では近くの河川での川遊び安全教室(写真2)や海辺の立地を生かした塩作りなどを実施しています。そうした五感を使った体験学習が充実していることも本市の強みの1つです。中学校は2校とも、生徒が課題を設定する探究学習に、3学年合同の縦割りの班で取り組んでいます。地域の伝統の味を守るための商品開発や若者の地元就職率向上を目指す地域企業の調査など、地域に密着した課題を生徒は設定します。その経験は高校での高度な探究学習につながると確信しています。
写真2 同市の小学校では地域をフィールドに五感を使う体験学習が盛ん。写真は子どもの遊び場である川での安全教室の様子。食育にも力を入れており、調理を通して地域の食文化を学び、命をいただくことへの感謝の心も育んでいる。
4.子どもを真ん中に教育委員会と学校が対話を重ねる
<森下>今後の展望をお聞かせください。
<小坂>次期教育大綱の策定には当事者である子どもが参画すべきだと考え、2025年度は小学生から大学生までが一緒に語り合う「こども未来会議」を3回開催しました(写真3)。その会議で「幸せになるために必要な力は何か」と子どもに問うと、「挑戦する力」が最も多く挙がりました。そこで「挑戦するためにはどんな環境が必要か」と尋ねました。すると、「失敗しても茶化されない」「難しそうでも応援してくれる」といった声が返ってきました。
そうした力や環境は大人の社会でも必要なものではないでしょうか。私は十数人の校長の下で勤めましたが、教員や生徒の挑戦を見守り、失敗してもフォローしてくれる校長がいる学校は、学校全体が活気づき、生徒が大きく成長していました。子どもが挑戦できる環境を学校がつくり、学校が挑戦できる環境を教育委員会がつくる。それが私たちの役割だと思っています。
教育の目的は、子ども、教職員、地域住民すべての「幸せ(ウェルビーイング)」の実現にあると私は考えています。教育委員会と学校は教育をともに創造するパートナーです。子どもを真ん中に、そして子どもにかかわるデータも真ん中に置いて対話を積み重ねることで、小浜市の教育をより確かなものにしていきたいと思っています。




