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牧瀬先生解説 教育×シティプロモーション 先進事例紹介

第7回
若者の未来を拓く「奨学金返還支援制度」が 移住・定住促進の有力な材料に
静岡県静岡市

2026/04/15 07:00

自治体の移住・定住促進において重要な鍵を握る「シティプロモーション」について、関東学院大学の牧瀬稔教授が「教育」の視点から解説する本コーナー。今回のテーマは「奨学金返還支援」だ。現在、自治体や企業が従業員の奨学金返還を支援する動きが加速している。その背景や意義を解説するとともに、独自の制度を導入した静岡県静岡市の事例を紹介する。
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解説 若者の未来を拓く「奨学金返還支援制度」が 移住・定住促進の有力な材料に

解説者

牧瀬稔(まきせ・みのる)

関東学院大学 法学部 地域創生学科 教授
日本都市センター研究室、地域開発研究所研究部等を経て、2017年度から同大学勤務。専門は自治体政策学、地域創生、地域政策、行政学。全国各地のまちづくりや政策形成にアドバイザーとしてかかわる。著書に、『牧瀬流まちづくり すぐに使える成功への秘訣』(経済調査会)等多数。

聞き手

齋藤輝之(さいとう・てるゆき)

ベネッセコーポレーション
VIEW next編集部 小中領域担当責任者
高校、大学、行政、社会人領域を担当後、文教総研研究員を経て2023年度より現職。

<齋藤> 移住・定住を促す主要施策の1つに「就職支援」がありますが、それに関する施策で私が注目しているのが、自治体による「奨学金返還支援制度」です。地域に居住し、地域の企業で働く人を対象に、大学等に在学中に借り入れた奨学金の返還を自治体が一部負担するという制度です。2024年度の大学生(昼間部)の奨学金利用率は51.1%(*1)で、2人に1人が利用しています。その多くが貸与型で、利用者が多い日本学生支援機構の場合、借入総額は1人あたり平均323万円(*2)に上ります。そのため、奨学金返還支援制度がある自治体の企業は、学生にとって有力な就職先候補になるはずです。

<牧瀬> 新卒で就職したばかりの人が限られた給与から返還を続けるのは大きな負担です。可処分所得の減少は、居住地だけでなく、結婚や出産といった人生の選択肢を狭める要因にもなりかねません。同制度は、地元出身者の定着はもちろん、進学等で一度地域を離れた若者のUターン就職を後押しする強力な材料になるでしょう。

国も地方創生の一環として、自治体が企業と協力して奨学金の返還を支援する取り組みを推奨しており、2025年度には47都道府県876市区町村が実施しました(図1)。日本学生支援機構が、従業員に代わって企業が機構へ直接返還する仕組みを整えたことや、福利厚生費として法人税の減税や所得税の非課税措置といった税制上のメリットがあることから、従業員のキャリア形成支援や福利厚生の一環として導入する企業も増えています。

<齋藤> 多くの自治体が地域の中小企業への就職や地域への居住を条件とする中、2025年11月に同制度を導入した静岡県静岡市は、市内の企業であれば規模は問わず、居住地が市外の場合でも支援対象としています。採用環境の厳しさを受けて、市内の企業全体の採用活動を支援する意思がうかがえます。市は同制度を、奨学金返還という経済的負担の軽減を通じて若者の将来への不安を和らげ、安心して働き続けられる環境を支える取り組みと位置づけています。市は小学生の仕事体験や高校生へのキャリア形成支援など、学齢期の早い段階から仕事や働くことに触れる機会づくりにも長年取り組んでいます。それらと併せて同制度を実施することで、「キャリア形成を継続的に支援する自治体」というメッセージが住民に伝わるはずです。

<牧瀬> 自治体の新卒採用時の支援はほかにも、都市部の大学への地域の採用情報の提供や地域での就職活動支援などがあります。「子どもには地元に戻ってきてほしい」と願う保護者にとっても、奨学金返還支援や地域の採用情報の提供は非常に魅力的に映ります。そうした観点からも、各制度の周知を図ることは、施策の成功や自治体への信頼につながるでしょう。

図1 地方公共団体における奨学金返還支援の取り組み状況
*1 出典は日本学生支援機構「令和6年度学生生活調査」。
*2 出典は日本学生支援機構「奨学金事業に関するデータ集」(2026年1月)。2025年3月に貸与を終了した奨学金のみが対象。第1種奨学金あるいは第2種奨学金の貸与を受けた場合だけでなく、両方の貸与を受けた場合もすべて含めた貸与総額の平均。

事例 静岡市
若者の経済的負担を軽減し、キャリア形成を下支えすることで、市内の企業の採用活動・人材確保を支援

静岡市 概要

静岡県の県庁所在地である政令指定都市。徳川家康公の城下町としての歴史や文化を有し、それらに基づいた多様な産業が発展。3,000メートル級の山々や水深2,000メートルの駿河湾など、起伏に富んだ自然を有する。

静岡市が2025年11月に奨学金返還支援事業補助金を導入したのは、若者が安心して働ける環境を整えてキャリア形成を下支えし、市内の企業の採用活動や人材確保を支援することが目的だ。例年、奨学金を利用した新入行員が一定数いる静岡銀行は、同様の制度を先行して2020年度から独自に実施。その結果、若年層の定着が進んでいるという。

人口 約66万6,000人(2026年2月末現在) 面積 1,411.93㎢ 市立学校数 小学校81校、中学校43校、高校2校 児童生徒数 小学校約2万7,900人、中学校約1万4,000人、高校約1,600人 教員数 約3,000人(市立学校数、児童生徒数、教員数は2025年5月1日現在)

小林以津子(こばやし・いつこ)

静岡市 経済局
商工部商業労政課 課長

岡村萌香(おかむら・もえか)

静岡市 経済局
商工部商業労政課
雇用・産業人材係 主査

企業規模や居住地は不問。対象は市内の企業の正社員

静岡市は2025年11月、従業員の奨学金返還を支援し、一定条件を満たす市内の企業に対して、その負担額を一部補助する「奨学金返還支援事業補助金」を始めた。同制度を利用する企業猪の従業員は、市の補助と合わせて企業から年間で最大18万円、最長6年間、計108万円まで支援を受けられる。

同様の制度は全国の自治体で導入が進んでいるが、同市の制度には2つの特徴がある(図2)。1つは企業の規模を問わない点だ。補助額は大企業で自社の負担額の2分の1(上限額1人あたり年間9万円)、中小企業で3分の2(上限額1人あたり年間12万円)と差はあるが、多くの自治体が中小企業のみを対象とする中、難波喬司(たかし)市長の意向により、大企業も補助対象とした。静岡市経済局商工部商業労政課の小林以津子課長は、その経緯を次のように説明する。

「自治体の支援は中小企業に重点が置かれ、大企業には自助努力を求めがちです。しかし、規模や業種を問わず、どの企業も採用に苦戦する今、難波市長が『すべての企業を支援し、市全体で採用力を高めていくべき』と判断し、制限を設けない形にしました」

もう1つの特徴は補助対象の従業員の居住地や年齢を問わない点だ。多くの自治体が「地域内居住」や「30歳まで」といった条件を設けているが、同市は市内の企業の正社員であれば、原則どこに住んでいても、何歳でも対象とする。それも市内の企業全体の採用活動を支援するためだと、同市経済局商工部商業労政課の岡村萌香主査は語る。

「本市の企業には近隣地域から通勤している従業員が大勢いるため、居住地は問わないことにしました。また、今や若者でも転職は一般的ですから、中途採用者でも奨学金を返還中であれば対象としました」

制度開始時の説明会には約40社が参加。2026年2月末時点で12社が導入した。今後も同制度の周知を図り、導入企業を増やしていく予定だ。

図2 静岡市「奨学金返還支援補助金」 概要

若者が安心して働ける環境づくりを通じて、企業の採用力強化を支援

同市は同制度の設計にあたり、若者が安心して働き続けられる環境を整えることで、市内の企業の採用活動や人材確保を後押しすることを重視した。小林課長は次のように語る。

「全国的に人口減少が進む中、本市の経済が発展していくためには、すべての企業で次世代を担う従業員が活躍することが不可欠です。しかし、優れた企業が多いのにもかかわらず、若者への認知度が不十分なために採用に苦慮している企業が少なくありません。その課題に向けた施策を検討する過程で、若者が奨学金の返還に大きな不安を感じ、人生設計を立てにくい状況が見えてきました。そこで、奨学金返還という若者の経済的・心理的負担を軽減し、 安心して働き続けられる環境を整えることで、企業の人材確保・定着につながる制度を目指したのです」

同市は2025年3月末に独自の制度の導入を決定。6月の補正予算で財源を確保し、11月から運用を開始するなど、スピーディーに進行させた。

制度設計時には市内外の大学生約30人にヒアリング調査を実施。「制度の有無だけでは就職先を決めないが、有力な判断材料になる」「奨学金を借りていなくても、制度があることで、従業員を大切にする企業だと評価できる」といった回答があり、同制度は若者への訴求力があることが分かった。

また、市内の企業約30社へのヒアリング調査では、制度自体には概ね賛同を得られた一方で、中小企業からは、「半額負担は厳しいが、3分の2程度を市が補助するなら参加を検討したい」といった声が上がり、現実的な状況がつかめた。

「本市の制度は、企業が従業員に奨学金返還支援を行い、その企業負担分の一部について、市が企業に補助金を交付するという仕組みにしました。企業が従業員を直接支援する仕組みにすることで、従業員は会社への安心感や満足度を高め、自社への帰属意識が向上することが期待できます。それにより、支援期間終了後も離職することなく、継続して活躍してくれると考えています」(岡村主査)

市内の企業に関する情報誌を市内高校の卒業生に直送

そうした新たな施策の前から、同市は小・中学生の仕事体験や高校生へのキャリア形成支援に関する取り組みなどを10年以上にわたって継続してきた実績がある。小学生に向けては、児童が学ぶ・遊ぶ・つくるを体験できる施設「静岡市こどもクリエイティブタウンま・あ・る」において、「こども店長」が運営する店の社員として商品づくりや接客などの仕事をする、体験型のイベント「こどもバザール」を実施している(写真)。

写真 子どもが店を運営して仕事体験をする「こどもバザール」は、土・日・祝日と長期休業中に開催。市役所や銀行、ハローワーク、雑貨店、ゲーム店など、様々な仕事を体験できる。

また、同市と静岡商工会議所が連携し、市内の高校生を対象とする職業人インタビューやインターンシップ、企業研究なども実施している。

「高校生の職業観を養うとともに、市内の企業を知る機会にもしています。2025年度は市内の高校9校による、企業研究の合同発表会を実施しました。協力企業も来場し、発表の講評やワークショップを通じて高校生と活発に交流しました」(岡村主査)

さらに、静岡市・静岡商工会議所・静岡市内にある全日制高校26校の同窓会が連携し、市内の企業を紹介する冊子「静岡で働こう。」を毎年製作。卒業後3年以内の既卒者と高校生に送付している(図3)。各企業の社員が自身の仕事を紹介する「先輩社会人からのメッセージ」には、可能な限り26校の卒業生を起用。身近な先輩の姿を通じて、各企業に親しみを持ってもらえるようにしている。

「市外に進学した大学生が正月の帰省時に、家族と将来について話し合うきっかけになればと思い、冊子は毎年12月までには届くようにしています。企業の名前を知らなければ、その企業は就職活動の選択肢に入りません。大企業の間に埋もれてしまわないよう、独自の媒体で企業の情報を届けることを重視しています」(小林課長)

図3 静岡市の企業の情報を発信「静岡で働こう。Vol.13」
表紙のイラストは各校の在校生の写真に変更できるなど、冊子を受け取った学生・生徒の興味・関心を引く工夫を取り入れている。

1つの企業に2分の1ページを割き、事業内容などとともに「先輩社会人からのメッセージ」を掲載。できるだけ送付先の26校の卒業生を登場させて、高校生や大学生が企業を身近に感じられる工夫をしている。2025年度は3万部を発行し、市内の高校出身の大学生と市内の高校生などに配布した。
※静岡市の提供資料より。

事例 静岡銀行
独自の奨学金返済支援など、特色ある人事制度を新設

松永双視(まつなが・そうし)

静岡銀行
経営管理部 人事開発グループ
課長

吉田英里(よしだ・えり)

静岡銀行
経営管理部 人事開発グループ

同市に先駆けて2020年度に奨学金返済支援制度を導入したのが静岡銀行だ。同行の80周年記念事業として、地域に根差した人財の育成と雇用創出を目的に新設した人事制度の1つで、奨学金返済支援制度のほかにも、地域スポーツ・文化活動団体の選手・団員の正社員採用や大学に通学しながら就業可能な高校卒業者の採用がある(図4)。

図4 静岡銀行 特色ある人事制度(概要)

制度の発案者の1人である同行経営管理部人事開発グループの松永双視課長は次のように語る。

「当行は毎年約180〜200人の大学新卒者を採用しますが、導入当時、新入行員に調査したところ、3割強が奨学金を借り入れていることが分かりました。行員の経済的・心理的負担を取り除き、安心して働ける職場環境を目指して導入しました」

同制度は、返済中の奨学金の残金を共済組合で無利息で借り換え、併せて返済支援金として毎年2万円、さらに勤続3年で10万円、6年で20万円を別途支給する。新卒時に同制度を利用すると入行10年目まで支援を受けられるため、1人あたり最大50万円まで支給される。また、返済の据え置き期間を最長5年間設け、入行直後は返済を猶予するといった仕組みもある。

「導入当時は奨学金の返済を支援する制度を設ける企業は少数でした。それらの企業に話を聞くと、制度があっても利用者が少ないといった課題も聞かれました。そこで、利用者が支援のメリットを感じ、安心して働けることを目指して制度設計をしました」(松永課長)

導入初年度の2020年度は、パートも含めた全従業員から利用者を募ったところ、85人の申し込みがあった。以降、毎年20〜30人の新入行員が利用し、6年間の累計で利用者は200人を超えた。利用者の退職はほぼなく、同制度が行員の定着にも寄与していると考えられる。

「企業説明会で本制度を紹介すると、多くの学生が関心を示します。2026年度の入行予定者では208人中35人程度が利用する見込みです」と、同行経営管理部人事開発グループの吉田英里氏は説明する。

大学に通学しながら就業可能な高校卒業者の採用も、従業員のキャリア形成において大きな意味を持つ制度だ。経済的な理由等で大学への進学を断念する高校生が少なくない中、総合職として雇用した上で大学の受験費用や学費を負担し、テスト期間は勤務時間を考慮するなど、就学を支援している。

「採用した高校卒業者の大半が静岡大学の夜間主コースに通っていて、学業と仕事を両立できるよう、適宜仕組みを見直しています。高校卒業者の採用は毎年数人ですが、真面目で優秀な人材を採用できています」(吉田氏)

今後の展望について、松永課長は次のように語る。

「奨学金返済支援制度は導入から6年が経つ今も他企業からの問い合わせが多く、関心の広がりを感じます。市も25年度に支援制度を導入しました。官民が連携して取り組むことで地域の雇用を創出し、地域全体をよりよい方向に進めていきたいと考えています」

本取材を振り返って

<牧瀬>奨学金返還支援制度を導入する自治体が増える中、今後の鍵を握るのは他自治体との「差別化」と施策の「持続性」です。その中核を成すのが、まちへの愛着・誇りであるシビックプライド(*3)の醸成と言えます。若者が「このまちに住み続けたい」「地元に戻りたい」といった愛着を持ち、地域企業へと意識が向いた時、奨学金返還支援制度は強力な「最後の一押し」となるでしょう。また、支援期間終了後の従業員の定着を確かなものにするにはシビックプライドに加え、働き続けたいと思える雇用環境の整備が不可欠になると考えます。
*3 「シビックプライド」は、株式会社読売広告社の登録商標。

<齋藤>静岡市の取り組みは単なる就職支援という「点」ではなく、学齢期から就業後までを「線」で結ぶ包括的なキャリア形成支援のあり方を示していると感じました。静岡市の方々の当事者意識は高く、「若者がいない」と嘆くのではなく、若者が戻ってきたくなる「理由」と「仕組み」を、スピード感をもって創り上げていました。その熱量こそが今、日本の地域社会に求められている最も重要なエッセンスなのかもしれません。

『VIEW next』教育委員会版 2026年度 Vol.1
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