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特集
有識者解説
「公正」と「子ども主体」の視点で公教育の枠組みを再設計する
上智大学 総合人間科学部教育学科 教授 奈須正裕
2026/10/15 09:00
次期学習指導要領に向けた基盤となる方向性の1つとして示された「多様性の包摂」は、一人ひとりの個性や特性、背景を踏まえて子どもたちを支援し、すべての子どもの豊かな学びを保障することを目的としている。その具現化に向けて求められる視点や考え方とは何か。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の部会長である上智大学の奈須正裕教授に話を聞いた。
有識者

奈須正裕(なす・まさひろ)
専門は教育方法学、教育心理学、カリキュラム論。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会教育課程企画特別部会委員等を歴任。現在も、次期学習指導要領の議論にかかわる。著書に『転移する学力』(共編著、東洋館出版社)、『個別最適な学びの足場を組む。』(教育開発研究所)など。
一人ひとりの豊かな学びを支援する「公正性」を拡大
学校は、子ども一人ひとりの幸せを実現するために存在します。先生方が子どもに丁寧に向き合う姿勢や一斉指導などの高い授業力によって、日本の子どもの学力は世界でも上位を維持しています。それは今年9月に公表されたPISA2025の結果(*1)からも明らかです。日本の学校教育はOECDからも高く評価されており、今後も継続すべき学校教育の確固たる基盤と言えます。
一方で、依然として集団での同質性を前提とした指導が中心であり、子どもの個別の特性や背景を踏まえた柔軟な対応には課題があります。現在、不登校の子どもや特別な支援を必要とする子ども、外国にルーツのある子ども、特定分野に特異な才能のある子ども、家庭が経済的に厳しい子どもなど、子どもの特性や背景の多様化が進み、その数も増えています。また、問題なく授業を受けているように見える子どもも、理解の仕方や学びのペースはそれぞれ異なります。
しかし、現行の教育課程の仕組みや指導のあり方では、そうした子ども一人ひとりの学びを保障するのは困難です。そこで、次期学習指導要領の基本的な方向性の1つとして「多様性の包摂」が示されました。日本の学校教育では長らく、すべての子どもに同じ指導を提供することが重視されがちでしたが、本来目指すべきなのは、子ども一人ひとりの個性や特性、背景を踏まえて子どもたちを支援し、誰もが豊かに学ぶ「公正性」です。それが「多様性の包摂」の本質なのです。
*1 2025年実施のPISA(OECD生徒の学習到達度調査)では、科学コンピテンシー、読解力、数学的リテラシーの3分野すべてにおいて、日本は調査開始以降初めてOECD加盟国中の1位となった。
第1に重要なのは、自校の実態に応じた教育課程の編成
次期学習指導要領に向けた議論では、「多様性の包摂」を具現化する方策を「1階」と「2階」の形で示しています(図)。1階は「学校として編成する教育課程の柔軟化」です。標準授業時数の運用を弾力化することで、各校が自校の実態に応じて柔軟に教育課程を編成できるようにします。一方、2階は「個々の児童生徒に着目した特例の新設・拡充」です。通級指導や日本語指導が必要な子ども、不登校の子ども、特定分野に特異な才能のある子どもなどに対して、個別の支援や特例的な対応を進めます。
ここで大事なのは、1階部分である日々の学校生活における包摂性を最大限に高めていくことが大原則であるという点です。2階部分(*2)である個別の支援を手厚くすることは不可欠ではありますが、まずは子どもが楽しく学び、安心して過ごせるような授業づくりや学級運営を推進する。それによって多くの子どもを包摂できます。
また、1階と2階を別々の手立てとは捉えず、子どもの状況に応じて1階と2階を行き来しながら、最適な手立てを選択できるようにすることも、運用面では重要な視点になります。
*2 1階部分の教育課程の柔軟化に関する先進事例は、本特集の「事例1 長野県教育委員会」「事例2 東京都渋谷区」「事例3 王寺町立王寺南義務教育学校」。2階部分の個々の児童生徒に着目した特例の新設・拡充に関する先進事例は、本誌2024年度Vol.1の特集「不登校児童生徒も安心して学べる場を創る」をご覧ください。左の特集タイトルをクリックするとアクセスいただけます。
教科の本質や見方・考え方を「習得」する授業へ
教育課程の柔軟化については、1コマの時間の短縮や各教科の授業時数の削減が学力の低下を招くのではないかといった声を耳にします。しかし、国内外の研究結果は、学力と授業時間数が単純な比例関係にはないことを示しています。学びにおいて重要なのは、授業やカリキュラムの質です。
留意したいのは、学びにおける「習得」の捉え方が変わってきていることです。これまで、「習得」と言えば一つひとつの知識を記憶して再生できるようにすることでした。知識の習得は引き続き重要ですが、生成AIが浸透したことで、個別の知識の記憶と再生の価値は低下しています。今求められているのは、知識を活用し、自ら探究する力であり、「習得」すべきは教科の本質や見方・考え方です。
次期学習指導要領に示される「知識及び技能に関する統合的な理解」と「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」を踏まえた単元構想・授業づくりによって、すべての子どもに「深い学び」を実現すること、さらにデジタル技術を活用して学び全体の効率化・個別化を高めることが、教育課程の柔軟化において大切な視点です。
問題は環境の側にあるという視点で方策を検討
「多様性の包摂」の方策を検討する上では、「社会モデル」の考え方を取り入れることも重要です。それは、問題の原因は個人の中だけにあるのではなく、個人を取り巻く環境との関係にあるとする考え方です。例えば、授業のあり方や環境が変わったことで、不登校だった子どもが教室に入れるようになったという事例は少なくありません。子どもに合わせて学びの環境を工夫するという考え方が多様性の包摂の実現につながります。
そして、1階・2階のいずれの方策も、学校だけで抱え込むのではなく、地域や企業、NPOなどと連携・協働して進めていきましょう。英語教育やデジタル技術の活用、放課後学習、部活動の地域展開、フリースクールなど、様々な分野で民間組織が知見や機動力を発揮して子どもを支えています。民間組織の知見が教育政策や学習指導要領の検討に生かされるケースも増えています。外部連携・協働の強化によって学びの選択肢が広がり、支援のネットワークもより豊かになるはずです。
先進事例を数多く視察し、具体をつかんだ上で施策立案を
「多様性の包摂」の具現化にあたり、教育委員会がまずすべきは、地域の状況を把握し、地域に何が必要なのかを自分たちで考えることです。「審議まとめ」(*3)の内容をそのままあてはめるのではなく、次期学習指導要領の理念を理解した上で、様々な先進事例を視察し、直接見て、聞いて得た実感を基に、施策を構築してもらいたいと思います。視察先の自治体は、規模や財務状況、地域の特性、首長・教育長のリーダーシップなどが似ているところが参考にしやすいはずです。学校の視察は、規模や地域性などにかかわらず、よい実践、気になる実践をしている学校を見に行くとよいでしょう。
そして何より重要なのは、特定のモデルを全校に一律で義務づけないということです。教員が主体性や創造性を発揮してこそ、質の高い実践は生まれます。教育委員会の役割は、学校と次期学習指導要領の理念を共有しつつ、各校が工夫を凝らせる環境を整え、伴走支援することです。自治体と学校がそれぞれの強みを生かし、子ども一人ひとりの幸せに向かって前進し


