- 学校教育関係者全体向け
「支援する学校」から「共に学ぶ学校」へ ―多文化共生型学校教育の再構築-
神戸山手グローバル中学校高等学校 校長
関西国際大学 客員教授
平井 正朗
2026/08/20 18:30

『VIEW next』教育委員会版2023年Vol.2の特集「中学校英語 」、『VIEW next』高校版2021年8月号の「指導変革の軌跡」にご登場いただきました平井正朗先生に、「多文化共生型学校教育の再構築」について、寄稿いただきました。
今日、海外にルーツをもつ生徒の存在は、もはや学校教育における「特別なケース」ではない。文部科学省の令和7年度「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」によれば、令和7年5月1日現在、公立学校に在籍する日本語指導が必要な児童生徒は84,759人に達し、前回調査から22.6%増加した。今回から国立・私立学校も調査対象となり、これらを含めた総数は88,045人に上る。多様な言語、文化、価値観をもつ子どもたちが共に学ぶことは、もはや一部の学校だけの課題ではない。
こうした変化を踏まえ、これからの学校経営には、「海外にルーツをもつ生徒を支援する学校」から「海外にルーツをもつ生徒と日本人生徒が共に学び、育ち合う学校」への転換が求められる。その際、日本語能力と学ぶ力を同一視しないことが重要である。日本語による表現に困難があっても、数学的思考力や科学的探究心、母語を通して培った知識や経験まで失われるわけではない。日本語指導も、単に日本語を習得して通常の学級で学ぶための準備ではなく、教科の学びと接続し、「日本語を用いて学ぶ力」を育てる教育として捉える必要がある。
公平とは、すべての生徒に同じものを与えることではない。必要な生徒に日本語指導や個別の学習支援を保障することは、学習への参加を実質的に保障するための教育的配慮である。一方で、個別支援と共に学ぶことを分離してはならない。必要な支援を受けながら、教室では日本人生徒と同じ課題に向き合い、対話し、協働する。この「支援」と「共学」の往還を教育課程に位置づけることが、多文化共生型学校教育の基盤となる。
海外にルーツをもつ生徒を「支援される側」としてのみ捉えてはならない。そこにある言語、文化、生活経験、価値観は、すべての生徒の学びを深める教育資源となる。社会科で日本社会の「あたり前」を問い直し、英語や探究学習で異なる文化的背景をもつ生徒が協働する。こうした日常の学びを通して、異なる他者を理解し、問い、聴き、協働する力が育まれる。多文化共生は、グローバル・シティズンシップを育成する教育そのものでもある。だからこそ、多文化共生を単発の国際交流行事で終わらせてはならない。学校として育成したい資質・能力を明確にし、国語、社会、数学、理科、英語、探究、特別活動、学級経営を有機的に結びつけるカリキュラム・マネジメントが求められる。例えば、海外にルーツをもつ生徒を含む小集団を継続的な学習コミュニティーとして編成し、教科を超えて対話と協働を積み重ねる。日本語指導もこうした学びと接続することで、個別の「支援」から学校全体の「学び」へと転換できる。同時に、これを担任教師の個人的な力量や献身に委ねるだけでなく、組織として支える体制が必要である。多文化共生型学校教育とは、個々の教師の努力を学校全体の教育力へと転換する学校経営でもある。
この改革は、海外にルーツをもつ生徒だけのためのものではない。日本人生徒にとっても、異なる文化や価値観をもつ他者と学ぶことは、自らの価値観を相対化し、「違い」を理解し、対話し、協働する力を育てる機会となる。多文化共生とは、「違い」をなくすことではなく、「違い」があることを前提として、互いの強みを生かしながら共に学ぶ環境をつくることである。
これからの学校経営に求められるのは、多様性を「対応すべき課題」として処理する力だけではない。多様性そのものを教育資源として教育課程と学校組織に位置づけ、すべての生徒の学びへと還元する力である。海外にルーツをもつ生徒の増加を「課題」と捉えるのか、「学校教育を更新する契機」と捉えるのか。その認識が、これからの学校の姿を左右する。「支援する学校」から「共に学ぶ学校」へ。多様な言語、文化、経験、価値観をもつ生徒が互いを教育資源として学び合う環境を学校教育の中心に据えることに、多文化共生型学校教育の新たな可能性がある。

