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特集

事例1
多様な子どもを包み込む 市町村・中学校区単位の学校改革
長野県教育委員会

2026/10/15 09:00

長野県教育委員会は2025年度、学校教育の画一的な側面を見直し、多様な子どもを包み込む学校づくりを目指す「ウェルビーイング実践校TOCO−TON(トコトン)」事業を始めた。県全体で目指す学校像を示した上で、市町村・中学校区単位で実践校を指定する一方で、各校が目指す学校像の実現方法は市町村や実践校に一任したところ、各地域で多様な学校づくりが展開されている。

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長野県概要

2023年3月に策定した「第4次長野県教育振興基本計画」において、「個人と社会のウェルビーイングの実現」を掲げ、「一人ひとりの『好き』や『楽しい』、『なぜ』をとことん追求できる『探究県』長野の学び」の方針に基づいた教育施策を展開。豊かな自然環境を生かし、各地域で特色ある教育が実施されている。

人口 約195万6,000人 面積 1万3,561.56㎢
公立学校数 小学校339校、中学校177校、義務教育学校6校、特別支援学校19校、高校83校
児童生徒数 小学生約9万1,000人、中学校約4万9,000人、高校約3万7,000人
教員数 約1万7,000人

お話を伺った方々

武田育夫(たけだ・いくお)

教育長
長野県教育委員会教学指導課課長、長野県公立中学校校長、信濃教育会会長等を経て、2024年4月から現職。

小池徳男(こいけ・のりお)

義務教育改革担当参事、学校改革支援センター長 
長野県公立中学校教諭等を経て、2025年度から現職。

藤井篤徳(ふじい・あつのり)

学校改革支援センター 主任指導主事
長野県公立中学校教諭等を経て、2025年度から現職。

すべての子どもが楽しく、ワクワク学べる学校へ

長野県教育委員会(以下、県教委)では、2025年度から「ウェルビーイング実践校TOCO−TON(トコトン)」事業を推進している。同事業は「すべての子どもが、『好き』や『楽しい』、『なぜ』を追求するために、自ら学び方を選択でき、自己実現できる学校を目指して、学校の仕組み改革に取り組む」ものであり、参画する市町村教育委員会(以下、市町村教委)や学校を県教委が支援する。武田育夫教育長は同事業の背景を次のように説明する。

「県内では、不登校の子どもや海外にルーツのある子ども、特別な支援を必要とする子どもが増加傾向にあり、子どもの多様化が進んでいます。従来の学校教育では、同年齢の子どもが1つの教室に集まり、同じ教材・同じペースで学び、服装や持ち物もある程度一律にそろえられてきました。しかし、そうした画一的な環境が不登校や特別支援学級の増加の一因になったと考えました。かつてつくった枠組みに子どもをあてはめるのではなく、学校のあり方を見直すことで、すべての子どもが学校で楽しく、ワクワク学べるようになることを目指し、本事業をスタートさせました」

同事業では、保護者や地域と連携した学校づくりを重視している。その背景には、進学・就職による若者の県外流出や、山間部の学校の小規模化といった課題がある。武田教育長は同県の学校と地域の関係についてこう話す。

「本県は山間部に小規模校が点在しており、通学距離などの点から、これ以上の統廃合が難しい状況です。そこで学校を地域に開かれた、子どもと住民が一緒に学ぶコミュニティセンターにすることで、子どもの学びがより豊かになるとともに、過疎化が進む中でも学校の存在意義が高まると考えました。また、子どもが小・中学校時代に『地域に育まれた』という原体験を持てば、将来において地域貢献意識が芽生えることも期待できます」

「山頂」は県が示し、「ルート」は現場が決める

同事業の特徴は市町村教委、または中学校区単位で、実践校を指定している点だ。地域全体が同じように改革に取り組めば、保護者や地域から改革に対する理解を得やすく、各校も一歩を踏み出しやすいのではないかと考えた。また、学校単独での取り組みだと校長の異動が取り組みの継続を左右するが、地域全体で取り組めば、長期的な視野で実践を進めやすい。

目指す学校像という「山頂」は県教委が示しつつも、そこへ至る「ルート」は各市町村教委が決定するという点も特徴の1つだ(図1)。同事業の指定要件は、「学校の仕組み改革を行うこと」と「子ども・保護者・地域を巻き込んだ取り組みにすること」の2点のみとし、取り組みの具体的な内容は例示にとどめている。

図1 「ウェルビーイング実践校TOCO−TON」 推進のポイント

そのようにした背景には同県の地域性がある。全国で2番目に多い77の市町村を有する同県では、各市町村が理念と誇りを持って教育に取り組んでいる。学校改革支援センター長であり、義務教育改革担当の小池徳男(のりお)参事は次のように語る。

「市町村教委や教員が自ら考え、行動することこそが本県の強みです。県教委がトップダウンで一律に取り組みを指示する方法は本県には合わないと判断しました」

その結果、2025年度は12市町村70校が、2026年度は23市町村143校が、実践校への指定を申し出た。「授業時間の見直し」「幼・保・小・中の枠を超えた異年齢での学習」「地域参加型授業」「児童生徒によるルールメイキング」「探究的な学びを進めるための特設教科の設置」など、市町村ごと、中学校区ごとに多様な取り組みが推進されている(図2)。

図2 「ウェルビーイング実践校TOCO─TON」2025年度指定地域・学校の主な取り組み

人事と支援を連動させて現場に伴走する

県教委の役割は、独自のルートを進む市町村教委や実践校への「装備支援」だ。具体的には、加配教員等の「人材支援」、指導主事による「伴走支援」、研修・視察機会といった「情報整理・発信環境の整備」を一体的に提供している。その一環として、現場支援を担う組織「学校改革支援センター」を事業開始と同時に開設した。同センターは、各地域の加配教員と隔週でオンライン会議を開き、全国の先進事例などを共有するとともに、加配教員からは進捗の報告や課題の相談を受ける。その状況に応じて教員研修を実施するなど、臨機応変に現場を支援している。

「事業の推進においては、人事と現場支援を一体的に機能させることが重要だと考えています。ありがちなのは、人事部門が教員を加配した後に学校の状況を把握していなかったり、指導主事が現場の人手不足を考慮せずに理想論の下で現場に提案や助言をしたりすることです。それでは事業を成功に導くことはできません。人事と現場支援を連動させれば、指導主事は現場のリソースを踏まえた提案・支援を行うことができますし、人事部門は現場の状況に応じた適切な人員配置が可能になると考えています」(小池参事)

同センター所属の指導主事6人(兼務を含む)に求められるのは、市町村教委や実践校、教員に対して指導や評価を行うのではなく、伴走者としてともに仕組み改革に取り組んでいくという姿勢だ。学校改革支援センターの藤井篤徳(あつのり)主任指導主事はこう語る。

「学校を訪問する際には、子どもを主語とした授業のあり方を一緒に考えるために、私が模擬授業を行い、授業後は、教員だけでなく子どもも交えて授業研究会を開くことがあります。また、市町村の教育長や学校長との懇談では、まず、その地域や学校が何を目指しているのか、どんな思いを持っているのかをじっくり聞き、その上で県教委としてどのような支援ができるかを伝えています」

保護者や地域から「自由進度学習を実施しても、学力は保障されるのか」といった声が上がることもあるが、その際には、県教委が市町村教委や学校長とともに、その意義やねらい、期待される成果を保護者や地域に丁寧に伝え、理解を得ている。

県教委が学校とそうしたかかわりを続けていく中で、現場からは「以前と比べて県教委に相談しやすくなった」といった声が多く聞かれるようになったという。

休みがちな児童生徒が減少。子ども主体の活動が広がる

同センターは2026年7月、実践校143校を対象に、児童生徒や教職員、保護者・地域住民の変化に関するアンケート調査を実施した(図3)。

その結果、全体の約75%にあたる107校が、「児童生徒に変化があった」と回答した。例えば、「生徒の視点で捉え直す学校づくり」を推進する中野市立中学校では、校則や制服の決まりを見直す活動を、生徒が主体となって行ったところ、生徒対象のアンケートにおいて「学校は自分たちの意見で変えられる」と回答した生徒が約97%に上った。生徒を起点とした仕組み改革が、生徒の学校参画に対する意識に好影響を与えていることがうかがえる。

また、「休みがちな児童・生徒が減少している」と回答した学校は約69%に上った。例えば、「フレームレスの未来の学校をデザインする」を掲げ、学校の枠にとらわれず、市全体を1つの学びの場と捉える取り組みを推進している佐久市教委が、校内外に支援センターを設け、教室に入りにくい子どもが「ここなら学べる」という場所を見つけやすくしたところ、同市立臼田小学校では、休みがちな児童が前年度の3分の1程度に減少した。

小池参事は「子どもの変化は教員の意識を変える原動力になっている」と語る。

「実践校では、運動会の開・閉会式などの行事の企画・運営を子どもに任せる取り組みがよく見られます。そうした取り組みは、『子どもに失敗させてはいけない』『保護者や地域の方にきちんとした姿を見せたい』という思いを持つ教員にとって、相当な勇気がいることです。しかし、見事に自分たちの力で進行役を務めた子どもから『これまでで一番楽しい運動会だった』といった声を聞くと、教員は自分たちの取り組みの方向性は間違っていなかったと確認します。そうした経験は、見栄えよりも主体性に基づく子どもの達成感を大切にする姿勢の醸成につながっています」

図3 「ウェルビーイング実践校TOCO─TON」実践校での成果

同事業の成果として注目すべきことは、実践校に指定されていない学校にも子どもを主語とした仕組み改革に着手する動きが広がっていることだ。県教委が県内全公立小・中学校に実施したアンケートでは、回答があった公立小・中学校364校のうち、「一斉一律ではない授業方法を採用している学校」は337校、「子どもが学校づくりに参画している学校」は296校に上った。

「本事業は2027年度までを実施期間としています。今後の課題は、実践校の事例や知見を県内の小・中学校に広めていくことです。そのため、本事業に関する研修会は、実践校に限らず、県内すべての公立学校に参加を呼びかけています」(藤井主任指導主事)

小池参事は今後の展望をこう語る。

「学校の仕組み改革に終わりはありません。現在の子どもにとってベストな仕組みでも、時代や社会の変化、学校の状況に応じて見直す必要があるからです。常に子どもを主語とし、変化し続けられる学校文化を定着させることが、私たちの目指すゴールだと捉えています」

 

『VIEW next』教育委員会版 2026年度 Vol.2
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