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【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」生徒の力を最大限に引き出そうと努力をした。だが、もっとできることがあった
鳥取県立米子東高校 蓑原知也 先生

2025/11/28 09:30

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

蓑原知也 先生

同校に赴任して1年目。教頭。
英語科の教師として協働的な学びの実現を目指した授業づくりをいち早く実践してきた。バスケットボールの指導にも力を入れ、鳥取県バスケットボール協会の技術委員長を務める。

厳しく伝えるだけでは、教師の思いは生徒の心に届かないこともある

初めて学年主任を務めたのは今から16年前のことです。クラス担任としての経験を通して、人間性、社会性が向上することなしには学力は向上しないことを確信していた私は、学年主任として、「学力=生活力」という考えを学年全体の指導の土台に据えました。

生徒には3年間を通して、無遅刻、服装などの校則の順守、提出物の期限厳守といった「凡事徹底」を求めました。例えば、武道場で行われる学年集会では、定刻の前に全員がそろい、チャイムが鳴るのを静かに待つよう、生徒に指示しました。生徒にとっては間違いなく、私は「厳しい先生」だったと思います。しかし私には、学年団の教師全員が生徒に凡事徹底を求めることで、将来社会で必要になる力を育成することができるという信念がありました。

学年集会で私が厳しい口調で話をした後、担任を務めるクラスに戻ると、生徒たちは静まり返っていました。「きつく言い過ぎたな……」「さっきの言葉は全体に向けてのもので、このクラスの生徒にはできていることもたくさんあるのだけどな……」などと思っていたところ、私はふと、自分がクラス担任だけを務めていた頃のことを思い出しました。

クラス担任として心がけていたのは、管理職や学年主任、進路主任の話を自分のクラスの生徒に向けた言葉に置き換えて説明することでした。全体に向けた厳しい言葉だけで伝えても、教師の思いが生徒の心に届かないこともあるからです。

「私が学年主任として厳しく振る舞った後、各クラス担任はそれぞれの教室で、私と同じメッセージを、私とは異なる表情、言葉で語っているだろう。そうであるならば私も、自分のクラスでは担任として、目の前の生徒たちに合った言葉で語り直そう」。そのように考えました。

私は、生徒たちの表情をしっかり見て、クラスのよいところ、伸びしろのあるところ、生徒一人ひとりの頑張りなどを、クラス担任の言葉で語りかけました。「クラス」と一口に言っても、そこにいる40人は、それぞれの目標も、そこに到達するまでの距離も様々ですし、学校生活や学習に対する意欲も異なります。まずは私が、40人の一人ひとりを理解しようとするクラス担任として生徒の前に立ち、生徒に心の扉を開いてもらえるよう、努めました。

 

「クラス担任である自分のせいでは?」と悩んだことも

学年主任とクラス担任を兼務したことで、クラスの生徒に寄り添える時間はどうしても少なくなりました。高校生は学習や友人間係、進路のことなどで日々悩みながら成長していきますが、自分のクラスの生徒に指導が必要な出来事が起きる度に、「クラス担任である私のかかわりが少ないから、フォローが行き届いていないから、生徒たちに余計な苦労をさせているのではないか」と自分を責めました。

卒業式の日、私は生徒たちの前で、「学年主任の仕事に追われ、担任として十分なことをしてやれなかった」といった後悔の言葉を何度も口にしました。そんな言い訳は聞きたくないという生徒や保護者もいたかもしれませんが、それが私の正直な気持ちでしたし、生徒に対するけじめとして必要なことだと思いました。

クラス担任としての思いを語り終えた私に、生徒一人ひとりが机の中からメッセージカードとともに1輪のバラを取り出し、感謝の言葉とともに私に手渡してくれました。私は、こみ上げてくる感情を我慢することができませんでした。そんな私の姿を見て、「あれこそ、鬼の目にも涙だ」と生徒たちが言っていたと、後日知りました。本当にその通りだと思いました。

今でも大切に保管しているその時のメッセージカードには、「厳しい話も自分のことだと思って聞きました」「つらい時に話を聞いてもらって、めちゃくちゃ助かりました」「部活動が本当にきつかった時に、話を聞いてくださったことがうれしかったです」といった、高校生らしい言葉が書かれていました。それらの言葉から私は、学年主任としての自分とクラス担任としての自分、その両方を、生徒はしっかりと見守ってくれていたことを実感しました。

それでも、当時の私に教師としての力量が十分にあれば、生徒一人ひとりにしっかりと寄り添い、もっと頻繁に、そして丁寧に個別面談などを行うことができただろうに……といった悔いがあります。特に、大学入試に対するクラス担任からの応援や助言は確実に生徒の力になります。3年次に受け持ったクラスの中には、受験する大学を決める場面で安全志向に傾いた生徒もいました。進路のこと、日々の学習のことを話していても、私に対してまだ十分に心を開いていないと感じる生徒もいました。40人全員の力を最大限に伸ばせたかと考えると、やはりそうではなかったと思います。私にはもっとできたことがありました。

 

「生徒に手をかけてなんぼだ」と考えた時代が確かにあった

私が当時勤務していた学校が所在する地域には、高校生が通える塾や予備校はわずかしかありませんでした。生徒に、「都会の高校生に比べると、地方の高校生は大学入試では不利だ」といった思いをさせないよう、大学入試に向けた学習環境を整備することも私たち教師の仕事でした。

部活動が終わった生徒が平日の放課後に残って、あるいは土日に登校して勉強できるよう、教室を開放していたのもその1つです。学年団の教師が交替で生徒を見守りましたが、自分の当番ではない日に生徒の様子を見に来て、必要に応じて面談や補習を行う教師もたくさんいました。

3年次の朝学習は、11月後半から開始しました。それは、大学入試センター試験(当時)に向けて、生徒の生活リズムを朝型に切り替えることが主なねらいで、毎朝8時前には登校し、始業まで教室で静かに勉強しようと生徒に呼びかけました。多くの生徒が参加し、自学自習に取り組みました。公共交通機関のダイヤの都合により、始発で登校する生徒のために、まだ外が暗いうちに出勤し、3年生の教室の窓を開けて換気してくれる教師もいました。

そうした取り組みは、教師の働き方の見直しが進む今の時代にはふさわしくないということは、もちろん理解しています。ただ、「生徒に手をかけてなんぼだ」と私たち教師が考え、行動していた時代があったのは確かですし、そういった取り組みを通して、勉強への意識や他者への感謝の気持ちが高まり、多くの生徒が希望する進路を実現したことも事実です。

 

大きく変化する社会で、あるべきこれからの教師の姿を考えたい

この16年間で高校は、様々な面で変化しました。「教師が手をかけてなんぼ」という考えに基づく私たちの指導は、生徒の主体性の発揮を支援する指導へと変わってきていると思います。

ただ、私たち教師には、変わってはいけない部分もあると思います。それは、「自分は、生徒が持つ力を最大限に伸ばすことができているだろうか」と自問し続けることです。例えば、進路を検討する場面で、「本人の希望だから」などと生徒の考えをうのみにするのではなく、別の目標や、より高い目標を提示しながら、生徒が本当に望んでいる進路先と、それを実現するために何をすべきかを生徒に考えさせることが重要です。

若い先生方は、生徒に伴走するのがとても上手です。生徒の思いに耳を傾け、それぞれのペースで歩む彼ら・彼女らの少し後をそっと歩いて見守る。それはとても素晴らしいことですし、教師として大切なあり方です。

ただ、時には生徒よりも少し速いペースで先を歩いたり、もっと遠くにあるゴールや高い目標を示したりすることも必要だと、私は思うのです。「このままでいいよ」だけではなく、「もっと頑張れ」だけでもない生徒とのかかわりの中で、生徒の可能性を広げ、高めることは、これからも教師という仕事の醍醐味であり続けるのではないでしょうか。

まだ私が若手と言われていた頃、ある先輩教師が私に尋ねました。「『教員』と『教師』の違いは何だと思う?」。明確に答えられない私に、その方はこう言いました。「『教員』は職員室の頭数の1人に過ぎない。生徒に『師』と仰がれる存在が『教師』だ。きみは『教師』を目指しなさい」。社会が、そして学校が大きく変わる中で、これからの教師とはどうあるべきか。私は、若い先生方とともに考えていきたいと思います。

 

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