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  • 【誌面連動】『VIEW next』教育委員会版 2024年度 Vol.3

まちの発展に尽力する大人。その姿を見て育つ子どもにも多彩な学びの環境を用意
茨城県猿島(さしま)郡 境町(さかいまち)

2025/06/18 09:00

ここ数年、「移住者急増のまち」としてメディアに度々取り上げられている茨城県境町。ふるさと納税を財源の1つとしつつ、様々な補助金を活用することで、住民が負担なく住みやすいまちづくりを進めている。教育施策では「英語移住」をうたい、ALTを1校に2人以上配置するなど、充実した英語教育を展開。子どもの英語力は着実に向上しているという。橋本正裕町長、境町教育委員会に、教育施策などによるまちづくりについて話を聞いた。

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境町 概要

茨城県の西南部に位置する。利根川と江戸川の分岐点という立地を生かし、江戸時代には水運を利用した利根川随一の「河岸のまち」として栄えた。2014年に就任した橋本正裕町長は、財政の立て直しと移住施策に注力。『田舎暮らしの本2025』(宝島社)の「移住者増の人気地ベスト100」で全国1位を獲得した。

人口 約2万3,800人 面積 46.59㎢
町立学校数 小学校5校、中学校2校
児童生徒数 小学校約1,200人、中学校約610人

お話を伺った方

橋本正裕(はしもと・まさひろ)

町長

半村 忍(はんむら・しのぶ)

教育委員会
教育学習課 課長

影山敬紀(かげやま・ひろき)

教育学習課学校教育担当 係長

小澤智史(おざわ・さとし)

教育学習課学校教育担当 主幹

齋藤亮一郎(さいとう・りょういちろう)

教育学習課 指導主事

ALTを1校に2人以上配置。子どもが日常的に英語に触れる環境をつくる

茨城県境町は2018年4月、英語教育の充実を図る「境町スーパーグローバルスクール事業」をスタートさせた(図1)。

図1 「境町スーパーグローバルスクール事業」の主な施策

同町が英語教育に力を入れ始めた背景には、2012年度に隣接する市に中等教育学校が設置されて以降、約1割の子どもが町外の中学校に進学するという状況があった。2014年3月に就任した橋本正裕町長は公教育の魅力化が急務だと考え、英語教育の強化を打ち出した。

「ある調査結果から、英語力と保護者の世帯年収には相関があり、施策を講じるべき分野であることが分かりました。さらに、保護者は英語教育への関心は高いけれども、塾の費用や送迎を負担に感じている状況も見えてきました。そこで本町では、学校で高い英語力が身につけられるようにしようと考えたのです」(橋本町長)

同事業の最大の特徴は、ALTの複数人配置だ。町立小・中学校全7校に、それぞれ2〜5人のALTを配置。すべての英語の授業に毎回ALTが2人以上入るようにしている。1人は担任とやり取りしながら授業の進行を補助し、もう1人は子ども一人ひとりに目を配りながら、個別の支援を行う。

さらに、複数のALTを学校に配置している状況をより生かすため、子どもが英語に触れる時間を増やすという橋本町長の提案を教育委員会が具体化。同町の裁量で小学1・2年生において英語活動を週1時間実施するとともに、文部科学省の教育課程特例校制度の指定を受けて、小学3~6年生の英語の授業時数を学習指導要領で定める標準時数よりも週1時間増やした。また、中学1~3年生においても「総合的な学習の時間」に探究的な学習として英語の授業を実施し、英語の授業時数を標準時数よりも1時間増やした。

ALTは各校に常駐しており、朝のあいさつ運動から休み時間、給食、清掃まで、子どもと一緒に活動している。

2024年度まで同町立境小学校に勤務していた、教育学習課の齋藤亮一郎指導主事は次のように語る。

「登校時には英語であいさつを交わし、休み時間に遊んだり、一緒に給食を食べたりするなど、子どもはいろいろな場面でALTとコミュニケーションを取っています。ALTも子どもの顔と名前を覚えて、積極的に声をかけてくれます。そのように、日常的に英語を使っていれば、英語の資格・検定試験を受けたくなったり、海外に行ってみたくなったりすると思います。ALTが複数人いて、子どもと毎日触れ合うことで、子どもの英語への関心と英語力を高め、可能性を広げていると感じます」

ホームステイやサマーキャンプなど、英語力を発揮する場も用意

そうして培った英語力を発揮する場として、姉妹都市のアメリカ・ホノルル市、アルゼンチン共和国との国際交流を定期的に実施。また、夏季休業中には、イングリッシュサマーキャンプも行っている(写真1)。

写真1 イングリッシュサマーキャンプの様子。企画・運営はALTが担当。教員に負担をかけることなく実施できている。

英語の資格・検定試験の受験については、同町が受験費用を負担し、オンデマンドの学習教材の無償配布などの支援を行っている。その結果、CEFR A1レベル相当以上の英語力(*1)を有する中学3年生が、2019年度は19.0%だったのに対し、2023年度は52.2%となるなど、子どもの英語力は着実に向上している。

*1 ヨーロッパ言語共通参照枠(Common European Framework of Reference for Languages)の略称。語学シラバスやカリキュラムの手引きの作成、学習指導教材の編集、外国語運用能力の評価のために、透明性が高く、包括的な基盤を提供するものとして、2001 年に欧州評議会が発表。A(基礎段階の言語使用者)、B(自立した言語使用者)、C(熟達した言語使用者)ごとに2 レベル、計6レベルが設定されている。

教育学習課学校教育担当の影山敬紀(ひろき)係長は次のように語る。

「地方創生課移住定住推進担当は移住の相談に来た人に、本町の充実した英語の授業やホノルル市との交流などについて説明します。『英語教育に力を入れていることを魅力に感じて移住した』といった声も実際によく聞かれるようです」

同町はほかにも、次のような公教育の充実に力を入れ、子どもが学びやすい環境を整えている。

・全町立小・中学校の教室や体育館に冷暖房を完備
・水泳の授業を町内の屋内温水プールで実施
・境小学校の校庭を人工芝に改修

アーバンスポーツでまちづくり。交流人口と移住者を増やす

同町では、英語教育以外にもスポーツを核としたまちづくりを進めており、子どもの可能性を広げている。具体的には、国際基準のBMX(*2)やスケートボードのパーク、ホッケーフィールドなどを整備。それらの施設は国内では数が少ないため、同町で日本選手権などが開催されるほか、国内外の選手やチームが合宿地として同町を訪れることなどが、交流人口の増加につながっている。

*2 Bicycle Motocrossの略。自転車競技の一種。

各種競技の現役選手や、それらの競技において世界での活躍を目指す子どもが家族と移住するケースも少なくない。教育学習課学校教育担当の小澤智史(さとし)主幹は次のように語る。

「本町に移住した各種競技の選手に講師を依頼し、子どもを対象にした無料の体験教室を開いています(写真2)。野球やサッカーなどのメジャースポーツから、BMXやスケートボードなどのアーバンスポーツまで、子どもが興味・関心を持った競技にチャレンジしやすい環境がつくられていると思います。また、学校に全国大会や世界大会に出場する同級生がいることは、子どもにとっても刺激になっています」

橋本町長は「将来、境町の子どもから日本代表選手が輩出するかもしれません」と期待を込める。

写真2 「地域おこし協力隊」に任命されて移住した各種競技の選手を講師に招き、無料の体験教室を開いている。

同町では、住みやすく、にぎわうまちづくりに向けて、斬新な取り組みを意欲的に進めている。人々が集まる道の駅や美術館などの設計の監修を著名な建築家である隈研吾氏に依頼したり、子どもの通塾や高齢者の移動の足として利用できるよう、町内に無料の自動運転バスを走らせたりしている。

新たな施策の検討のために先進地域を視察する際には、担当職員に加えて町長や町議員も赴き、自分たちの目で直接その取り組みを見るようにしているという。

「どんなによい取り組みでも、伝聞では具体的な内容や効果がイメージしづらいものです。そこで私や町議員も視察に同行し、最先端の状況を自分たちの目で確かめるようにしています」(橋本町長)

葉たばこ農家の転作を支援し、干し芋を人気の返礼品に

次々と新たな施策を打ち出す境町。施策の財源の1つは、7年連続で関東地方の自治体の中で最高額を達成したふるさと納税だ。マーケティングに基づき、随時、人気のある返礼品を加えている。例えば干し芋は、国から転作を奨励されている葉たばこ農家に、さつまいも栽培への転作を打診。収穫したさつまいもはすべて同町が買い上げ、干し芋の加工施設も新たに建設した。そうして町内に雇用を生みつつ、主力となる返礼品を創り出した。

道の駅やホッケーフィールドなど、新たな施設の建設では、同町の持ち出し分を抑えるため、社会資本整備総合交付金や地方創生拠点整備交付金など、様々な補助金を活用。また、施設の運営は一般社団法人に委托し、同町が維持管理の負担を負わないようにしている。さらに、公用車は中古にし、役場の備品も見積もりを丁寧にチェックするなど、コスト削減にも余念がない。

転入者が増加。今後はSTEAM教育に注力

同町では、ここまで紹介してきた様々な施策に加え、25年間住み続ければ家と土地を無償提供するという住宅施策も相まって、2024年度には1,420人が転入。人口の社会増減が272人増となり、増加傾向が加速している(図2)。

図2 境町の人口の社会増減
※境町役場の提供資料を基に編集部で作成。

発展を続けるまちの姿と、まちづくりに向けて努力する大人の姿は、子どもが同町が持つ可能性を感じ、まちの創り手として育っていくことにつながっている。小・中学生が製作した英語で境町を紹介する動画には、まちに誇りを感じながら堂々と英語で同町のことをアピールする子どもたちの姿があった。

「現在、社会科の副読本の改訂作業を次年度に向けて行っています。ホノルル市との交流や新たなスポーツ施設、自動運転バスなど、本町の今の状況をふんだんに盛り込み、子どもが本町のことをもっと知りたくなったり、誇りに思えたりするような教材にしたいと考えています」(齋藤指導主事)

そして、新たな教育施策として準備を進めているのがSTEAM教育だ。教育学習課の半村忍課長は次のように説明する。

「ホノルル市の学校が取り組むSTEAM教育を見て、そうした先進的な教育が本町にも必要だと、橋本町長も私たちも実感しています。既に3Dプリンターやレーザー加工機などをモデル校に配備し、現在、国内の先進校の視察やSTEAM教育を担当する講師の選定を進めています。今後も子どもたちに最先端の教育を提供できるよう、努めていきます」

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