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教育DXで地域差を埋め、世界へとつなぐ 〜「まずはやってみる」姿勢で学校現場の挑戦を後押し〜
2026/03/09 09:00

全国の教育長に教育施策の立案の視点について尋ねる本コーナー。第13回は、自身の海外での研修・勤務の経験からグローバル人材の育成に力を入れ、デジタルと探究学習をかけ合わせた教育を推進している、京都府京丹後市教育長の松本明彦(まつもと あきひこ)氏に、その具体的な施策や背景にある思いについて、話を聞いた。
京丹後市 概要
京都府の北部に位置し、日本海に面したまち。松葉ガニやメロンなどの農・水産業、丹後ちりめんなどの伝統産業に加え、精密機械工業が盛ん。ユネスコ世界ジオパークに認定された山陰海岸ジオパークなど、豊かな自然を生かした観光産業も地域社会を支えている。
人口 約4万9,000人
面積 501.85㎢
市立学校数 小学校16校(2026年度から14校)、中学校6校
教員数 約400人
児童生徒数 約3,400人
お話を伺った教育長

京丹後市 教育委員会 教育長
松本明彦(まつもと あきひこ)
(プロフィール)
京丹後市の公立小学校教員として勤務中に、アメリカでの教員研修や、オーストラリアのシドニー日本人国際学校への赴任(1995年4月〜1998年3月)を経験。帰国後は、赴任した小学校において海外で学んだ探究的な学びを実践。京都府丹後教育局・京丹後市教育委員会には指導主事、教育理事等で計9年間勤務。2021年4月から現職。
聞き手

江田 幸司(えだこうじ)
株式会社ベネッセコーポレーション
学校カンパニー 小中学校事業本部
義務教育支援2課(西日本) 課長
1. 教育DXで子どもたちの探究的な学びを支える
<江田>京丹後市が掲げる「グローバル人材の育成」について、具体的な取り組みを教えてください。
<松本>本市は、2024年1月に新たな教育・人材育成のあり方の方向性を示すとともに、具体的な教育施策を策定しました。まず、目指す人材像を「世界を舞台に活躍することができるとともに、地域に還(かえ)ったり、域外から地域にかかわったりすることを通して、未来を創っていく人材」としました。そして、「世界のコミュニケーションツールとしての英語」を基盤として、今の社会を生き抜く力である「課題解決能力」「他者との協働力」「コミュニケーション力」の3つを、育成を目指す資質・能力の軸に据えました(図1)。
「グローバル人材の育成」という教育ビジョンを実現するために必要不可欠なことと位置づけているのが、ICT活用の徹底、すなわち教育DXです。パイロット校2校が「まずはやってみる」という姿勢で、AIドリルの活用などに挑戦し、その実践を主にチャットを通じて市内全校へ広げていきました。教育委員会が活用を促すよりも、同じ学校現場の教員の実践報告であれば身近に感じ、新しいツールへの不安を拭い去ることができると考えたのです。
<江田>2025年度は、京丹後市でのAIドリルの活用率は前年度を大幅に上回り、全国平均よりも高い数値を上げています(図2)。
図2 京丹後市のAIドリル(ドリルパーク)の2025年度(今年度)と2024年度(昨年度)の活用状況
※ドリルパークは、手書き入力問題も含めた豊富な問題数、宿題配信機能、リアルタイムモニター、AI機能(算数・数学のみ)、学力調査との連動などを備えたミライシードのAIドリル。
<松本>AIドリルで個別の知識・技能の習得を効率化すれば、子どもや教員に「余白の時間」が生まれます。その時間を使い、子ども同士や、子どもと教員がじっくり対話をしたり、子どもが自分の考えを深めたりする「探究的な学び」を充実させることが、ICT活用の真のねらいです。最近では、教員の発する問いが、個別の知識・技能を問うものから、子どもそれぞれの考えを問うものへと変化してきており、子どものアウトプットの量が格段に増えています。
2.ICTは地域差や学力差を埋め、学びを深めるツール
<江田>ICT活用を強く推進される背景には、何があるのでしょうか。
<松本>教育の様々な「差」を埋めたいという思いがあります。本市は、空港や新幹線の駅から遠いため、公共交通機関を利用したアクセスが非常に不便で、「東京から最も遠いまち」と言われていますが、その地理的制約もICTを使えばかなりの部分を克服できます。そこで、「東京から最も遠いまちから、世界に最も近い人材を」を合言葉に、英語教育や探究学習において、オンラインも活用しながら国内外の機関と連携した活動を行っています(図3)。その最上位プログラムとして、有志の中高生を対象に、まちの持続可能性を探究するプログラム「Kyotango Sea Labo」をアメリカのスタンフォード大学やカナダのトロント大学の研究者らと連携して実施しています。
<江田>地域の特性から塾が少ないため、公教育に対する保護者の期待も大きいのではないでしょうか。
<松本>はい、その点でもICT活用は大きな役割を果たしています。AIドリルによって個々の学力に応じた学習ができますし、また、ICTによってクラスメートの考えをすぐに共有できるため、例えば何を書けばよいか分からない子は、ほかの子の考えを参考に学習を進めることができます。また、学力が高い子も、ほかの子の考えを踏まえて自分の考えをさらに深められるというように、ICTを活用することで、すべての学力層の子どもに個別最適な学びを実現できるのです。ただ、中には子どもに課題を提出させるところでICT活用が止まっている教員もいます。ICTだからこそできる即時共有や共同編集、即時のフィードバックをさらに広めることが、今後の課題です。
家庭学習においても、端末の持ち帰りが定着し、家庭の経済環境に左右されずに学びの質を高められるようになりました。また、ある中学校では、高校入試の面接対策として生成AIを活用した模擬面接を実施したところ、人前で話すことが苦手な生徒が積極的に取り組むなど、ICT活用の新しい可能性も広がっています。
3.海外の学校教育での経験を糧に、教育施策を立案
<江田>グローバル人材の育成やICT活用に対する松本教育長の強い思いは、どこから来ているのでしょうか。
<松本>1990年代に海外の学校教育を経験したことが私の原点です。Windows 95の発売前の1990年代前半に、アメリカのオレゴン州の小・中学校で2か月間研修を受けました。そこでは既に各教室に1台のパソコンが置かれ、図書館は情報活用センターの役割を果たしていました。また、1995年4月から3年間勤務したオーストラリアのシドニー日本人国際学校には、現地の教育制度の下で授業を行うクラスがあり、そこでは今で言う“探究学習”がICTを活用しながら行われていました。
帰国後、私自身も小学校の担任として、社会科の授業でディベートを実施したり、教科の授業に探究的な学びを取り入れたりして、自分なりに挑戦しました。また、当時始まったばかりの「総合的な学習の時間」では、有志の教員と研究を重ね、子どもがスライドを作成して発表するといった活動も取り入れました。
<江田>教育長自身が新しい教育に挑戦されてきたのですね。
<松本>海外での経験は、日本の学校教育のよさを実感する場にもなりました。日本の学校教育に探究学習やICT活用を取り入れれば、教育活動はよりよくなるという確信もありました。探究学習やICT活用が強く求められる時代に教育長になり、これまで私が目指してきた教育の実現に向けて着実に進んでいると手応えを感じています。
4.同僚性の高さが教育改革の推進力に
<江田>これまでのお話から、学校現場が主体的に動いている印象を受けました。教育委員会はどのようにリーダーシップを発揮しているのでしょうか。
<松本>教育委員会がビジョンを提示するトップダウンと、学校現場の実践を積み上げていくボトムアップの両面を重視しています。私が繰り返し示すビジョンを指導主事が理解し、指導主事が校長や教頭にそのビジョンの浸透を図り、教務主任や研究主任へと落とし込んでいきます。また、本市は中学校区単位で学園を形成して保幼小中一貫教育に取り組んでおり、授業研究も学園ごとに行っているため、研究を積み重ねることでもビジョンが学園全体に広がっていきます。
ビジョンの伝え方も工夫しています。私が「結果は後からついてくる。まずは学びを変えよう」と発信し、指導主事や学校現場が挑戦しやすい雰囲気づくりに努めました。さらに、当初は「ICTを活用しよう」と言っていましたが、途中から「業務にICTを効果的に活用しよう」という言葉遣いに変えました。そして、ICT活用単独の研修ではなく、授業づくりなどの研修にICTを活用する場を組み込み、普段の業務にICTがどう活用でき、いかに業務の効率化が進むのかを実感できるようにしました。
<江田>教育委員会と学校現場が力を合わせて新しい教育を築かれているのですね。
<松本>本市の強みは同僚性の高さにあります。教員対象のストレスチェックの結果では、業務量の数値は全国平均よりやや高いものの、周囲のサポートや人間関係のよさに関する数値が非常に高く、全体として全国平均よりストレスが低い状況がここ数年継続しています。業務改善は必須ですが、そうした同僚性の高さが教育改革の推進力になっています。
教育委員会内でも行政職と指導主事の同僚性が高く、頼もしい限りです。例えば、1人1台端末の機種を切り替えましたが、それを判断する際には学校現場の声を丁寧に拾い上げ、切り替えても教員が実現したいことに支障は出ないか、予算的に対応可能かといった点について議論を尽くしました。教育委員会のフロアにフリーアドレスを導入したところ、対話が活発になり、風通しがますますよくなりました。そうした同僚性が学校現場との信頼関係の構築、そしてスピード感ある教育改革につながっていると思います。
5.地域に貢献する、起業家精神を持つ人材を育てたい
<江田>今後の展望をお聞かせください。
<松本>現在、有志の若手教員9人が、外部の専門家の助言を受けながら授業研究に取り組んでいます。「9人の侍」とも言える彼らが、先頭集団として新しい教育を実践し、その成果を各校に広め、ほかの教員も「これなら自分もできる」「自分の授業に取り入れよう」と実践できるような流れをつくろうとしています。
本市には高等教育機関がないため、高校卒業後には約9割の若者が市外に転出し、その後本市に戻る割合は3割に満たない状況です。地域の方々からも「優秀な人材を育てても、都会へ出たきりで戻ってこないのではないか」といった懸念の声が聞かれます。しかし、私たちが育成を目指すのは「未来を創る人材」です。それは「仕事がないから戻らない」のではなく、「起業してでもこの地に生き、貢献したい」「世界のどこにいても、故郷とつながり続けたい」と願う志を持った人材です。
そのため、幼保小中一貫教育を軸に、高校とも連携を深め、高校卒業後のキャリアを見据えた教育を強化しようと考えています。現在、経済産業省や文部科学省、さらには大学や民間企業、NPOといった外部の知見を積極的に取り入れながら、施策を検討しています。「外部の専門性」と「学校現場の熱」を融合させ、本市の教育をさらに進化させていきたいと思っています。




