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  • 【誌面連動】『VIEW next』高校版 2025年度7月号

【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」あの時の悔いを忘れることなく目指す「すべての生徒が納得いく進路を踏み出せる学校」
宮崎県立延岡星雲高校 栁井健二 先生

2025/07/04 09:00

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

栁井健二 先生

同校に赴任して1年目。校長。
「 その時に分かりやすいこと」よりも「時間が経っても心に残る学びや姿勢」を大切に、生徒の人生に深くかかわる日々を歩んできた。

経済的な事情で入学手続きができなかったAさんは、いくつも私にサインを出していた

家庭の経済的事情から、合格した大学の入学手続きをしなかった生徒Aさん。地域の進学校で私がAさんの担任を務めた20数年前、子どもの貧困や教育格差の問題は、今ほどは注目されていませんでした。

ですが、Aさんの家庭を訪問した際、私はAさんの母親に、生活に疲れているような雰囲気を感じました。家庭訪問後にAさんに、「もしも家庭のことや進路のことで気がかりなことがあったら、いつでも相談してね」などと声をかけるべきだったのかもしれません。もちろん、声をかけたからといって、必ずしもAさんが私に何かを相談するとは限りませんが、当時の自分はそのような発想すら持ち合わせていなかったことに、今となっては教師としての未熟さを感じています。

改めて振り返ると、Aさんに声をかけるべきタイミングはほかにもありました。大学入試センター試験(当時)の結果が芳しくなく、個別学力検査に出願する大学・学部を変更した時、Aさんに当初の第1志望校へのこだわりは見られず、あっさりと第2志望校の受験を決めていました。既にその時点で、「自分は合格しても家庭の経済的な理由で進学できない」と分かっていたのかもしれません。

もしもその時、私がAさんに、「十分考えた上での志望変更?」「1年間予備校で勉強する選択肢もあるよ」などと問いかけ、時間をかけて話し合っていたら、その過程でAさんは、「家庭が経済的に厳しいので、予備校には行けません」「親は大学進学の費用を工面するのに苦労しています」などと私に打ち明けてくれた可能性もあったと思います。しかし、当時の私は、「これで間違いなくAさんは国公立大学に現役合格だ」と安堵し、Aさんの志望変更に抱いた違和感を放置してしまったのです。

3月上旬にAさんが合格の報告に来た時に、少し沈んだ表情をしていたことも、後になって考えると見逃してはいけないサインでした。当時の私は、「合格したのが第2志望の大学・学部だったからだろう」と、あまり気にしなかったのですが、後になってみれば、「合格はしたけれども入学はできない」というつらい現実を受け止めていた表情だったようにも思えます。もしも私がAさんの表情に抱いた違和感を放置せず、「新生活は安心して始められそう?」「入学準備で困っていることはない?」などと聞いていたら、入学手続き締め切り日を迎える前までに、Aさんが直面している問題を察知し、奨学金や教育ローン、教育支援資金などの利用を検討することができたかもしれません。しかし、Aさんの現役合格に安心した私は、「おめでとう」のひと言で済ませてしまいました。

3月末の離任式の日、久しぶりに学校を訪れたAさんは取り乱すこともなく、「入学手続きは、しませんでした」と、私に言いました。淡々と話すAさんでしたが、心の中では「私が置かれている状況に、どうして誰も気づいてくれなかったのか」といった悲しみや怒りの感情もあったのではないか……。「入学手続きは、しませんでした」と私に言った時のAさんの表情を思い出すと、今でも私は申し訳ない思いでいっぱいになります。

Aさんは1年間浪人をしながら大学進学費用をためることになりましたが、その費用の工面や受験勉強のサポートについては、すべてAさん本人と私が相談して決めました。それらのことについて、私からAさんの保護者には連絡しませんでした。それはAさんが保護者に頼らなくても進学できるようにしてあげたかったからですが、一方で、Aさんの保護者にどのような声をかけたらよいか分からなかったからでもありました。私がどんな言葉をかけても、きっと保護者の尊厳を傷つけてしまう。そう思っていました。

進学指導から進路指導へ。生徒への接し方が変化した

当時30代半ばだった私は、それまで培ってきた担任経験を背景に教科指導や進路指導に自信を持ち始めていました。「私が担任のクラスの生徒は、国公立大学に合格できるのだから幸せだ」。そんな考えを持っていました。

私が受け持ったクラスでは、Aさんを含むほとんどの生徒が国公立大学への進学を志望し、8割の生徒が国公立大学に現役で合格しました。しかし、Aさんとの間の出来事で、私は教師としての自分の未熟さを痛感しました。

進路指導は、志望校の合格だけを目指すためのものではありません。将来どのように社会で活躍し、どのような人生を送りたいかを、生徒がイメージできるように教師がサポートすることだと思います。そう考えると、当時の私は進学指導はできていたかもしれませんが、進路指導はできていませんでした。

Aさんと同じような思いを他の生徒にさせないように、その後は進学費用や奨学金、教育ローンに関する情報を生徒と保護者に積極的に提供しました。そして保護者会では、「受験期になってお金のことで慌てることがないよう、子どもがどんな進路を望んでいるのか、その実現のためにはどのくらいの費用がかかり、それに充てるお金をどう準備するのかといったことについても、早いうちに家族で目線合わせしてください」と、保護者にお願いしました。

生徒との面談では、「普段の生活や今後の進路のことで心配なことはある?」」「家のことで先生に知っておいてほしいことはない?」などと声をかけるようにしました。生徒からは、「最近は母が病気がちで、私が家事の大半を担っています」「兄姉の進学にお金がかかっているため、私は自宅から通える大学にしか進学できないかもしれません」などと、私が知らなかった事実を聞くことも少なくありませんでした。当初は家庭内のことを聞いてよいものだろうかと不安もありましたが、むしろ生徒たちは話を聞いてほしかったのかもしれないと思うようになりました。

Aさんと私がより強い信頼関係を持てていたならば、Aさんは早い段階で自分が抱えていた問題を私に打ち明けてくれたかもしれない。そんなことも何度も思いました。

生徒は本気で自分に向き合ってくれる教師に相談をします。授業力が高い教師や部活動の指導に熱心な教師などには「指導」に対する信頼は寄せられるかもしれませんが、それだけで生徒が自分の心の中をさらけ出してくれるとは限りません。教師がどれだけ「伴走」しようとしてくれているのかも問われます。

日常のコミュニケーションにおいて、生徒に対して「どうせ……」「やっぱり……」といった否定的な言葉を発さず、彼ら、彼女らの可能性を信じた言動を取る教師は、伴走の本気度が高い教師です。これまで出会った同僚の中には、生徒の気持ちを一生懸命理解しようとしていることを、日々の小さなコミュニケーションの中で生徒に丁寧に伝えることができていた教師が何人もいました。

私が尊敬するある後輩は、採点が終わった小テストや部活動の連絡ノートに「成績が上がってきたよ! 頑張っている成果が出てきたね」「学校生活が充実していることが、君の笑顔から伝わってきます」などとコメントを書き込み、「あなたのことをちゃんと見ているよ」というサインを送っていました。生徒一人ひとりを見取る眼差しがなんて豊かなのだろうと感心し、私もそのようにありたいと思い続けました。

校長の私が率先して「違和感」を口にし、同僚と共有する

家庭訪問や生徒との会話の中で何となく抱いた違和感を教師間で共有することで、問題を発見する視点が増え、その解決の糸口も見つけやすくなります。管理職になってからは、教師一人ひとりが自分の中の違和感を放置せずに、「ちょっと気になることがあったのだけれど」「思い過ごしかもしれないけれど」などと口にすることができる教師集団の形成を目指しています。

そもそも、1人の生徒にかかわる教師は担任だけではありません。教科担任、部活動の顧問など、数多くの教師がそれぞれの立場から生徒を見つめています。生徒の家庭の問題であっても担任1人だけで抱え込まず、他の教師と職員室で情報交換することで、問題解決にあたる適任者を検討することができます。もちろん、生徒が抱えた問題によっては、スクールカウンセラー、さらには情報管理を徹底しながら外部支援へとつないでいくこともあります。

ちょっとした違和感を放置せずに共有できる教師集団をつくるためには、私は管理職が率先して、自分の中の戸惑いやモヤモヤを職員室で口にしてみせることが重要だと考えています。「先日、ちょっと悩んでしまうことがあったんです」「ある方からこんな質問をされて、どう回答するとよいか考えているんです」などと、校長の私が自分の迷いや弱さも含めて同僚に打ち明けることで、違和感をためこまない文化が職員室に少しずつ醸成されるのではないかと思っています。

違和感を放置せず、同僚の前で口に出すことで、同僚から新たな気づきや次に採るべき一手を得ることができれば、それは教師としての「成功体験」になります。私は本校の教師に、そうした成功体験を積み重ねながら成長していってもらいたいと思っています。

「困っています」と打ち明けることができる生徒を育てるために

今、私たち教師には、生徒が自立・自走しながら自分の目標を達成できるように、生徒の生活面や学習面、進路面での選択と決定を支援する伴走者としての役割が求められています。

伴走する際には生徒と一定の距離感を保つ必要があります。二者面談、三者面談、家庭訪問などを通して、一人ひとりの生徒との距離感をどう保つのかを試行錯誤することで、教師は成長していくのだと思います。

20年前、30年前は、学校全体としての進路指導は正確な情報を素早く提供することが成功の鍵を握っていました。しかし今は、探究学習などを通して地域の団体や住民などの外部とかかわる中で、生徒が主体的に将来を考え、自分に必要な情報をつかみとっていくことを支援する体制の構築が求められています。

とは言え、社会や大学入試のあり方などが多様になる中、学校のパワーにも限界があります。卓越した手腕を持つ一部の教師による属人的な対応に頼っていては、いずれ行き詰まります。学校運営協議会の委員などの力も借りながら、これまでのあり方にとらわれることなく、進路支援体制の強化を図ることが校長の務めだと思っています。

探究学習などを通して自分がやりたいことを見つけたり、自分が誰かの役に立つという経験を積み重ねたりする中で、生徒は実現したい進路を見つけます。その希望進路に対して、私たち教師が「なぜ?」と問いかけることで、生徒は「どうしても実現したい進路」にたどり着きます。その時、もしもかつてのAさんのように、家庭の経済的な事情で進路を実現することが難しかったとしても、進路への思いが強ければきっと生徒は、「先生、困っていることがあります」と窮状を打ち明けてくれるのではないでしょうか。

すべての生徒が納得いく進路を踏み出せる学校づくりを、これからも続けていきます。

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