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【誌面連動】「先生なら、どうしますか?」 「君に教師になってほしい」 家業を継ぐ考えの生徒に担任として勧めた狭き門への挑戦
長野県野沢北高校 柳沢 敬 先生

2026/02/10 09:30

教師としての指導観を問われた「あの瞬間」を、当事者の教師が振り返る「先生ならどうしますか?」。本誌で紹介したエピソードの土台となる教師の指導観について、ウェブオリジナル記事でより詳しく紹介します。

柳沢 敬 先生

同校に赴任して4年目。校長。
地理歴史・公民科の教師として教壇に立つとともに、新任の頃から部長、監督として高校野球にかかわり、学校と地域に愛されるチームづくりに取り組んできた。 2022年度より、母校である野沢北高校の校長を務める。

「チームは家族」。A主将の下、県大会で快進撃

今から約30年前に勤務していた高校は、1学年3学級の小規模校でした。スポーツと言えばスキーという地域だったこともあり、私が赴任直後から監督を務めた野球部の部員はわずか6人で、未経験者もいました。試合に出るためには選手を9人そろえる必要がありましたので、その度にスキー部から助っ人を呼んでいました。

 

A君は私が赴任した翌年度に入学してきました。彼が部員全員の支持でキャプテンになったのは、彼が野球経験者だったからと言うより、彼の人望の厚さからでした。彼が部を率いるようになって、チームの雰囲気は以前にも増して明るくなりました。楽しそうに練習する部員たちの様子を見て「野球部は練習が厳しいと思っていたけれど、このチームなら楽しく活動できそうだと思いました」と、途中入部を希望する野球未経験の生徒も現れ、部員の数も10人にまで増えました。

 

A君がキャプテンになった夏の大会から、長野県高校野球連盟が各チームからスローガンを募るようになりました。生徒たちが話し合って決めたスローガンは「チームは家族」でした。勇ましい言葉を予想していた私は思わず、「何、これ?」と選手たちに聞きましたが、A君は「俺たちのチームはこれで行きます!」と、自信に満ちた様子で答えました。夏の大会の開会式当日、球場内では「『チームは家族』だって!」と、他チームとは毛色の異なるスローガンをからかう声もありました。

 

ところがチームは開幕試合を突破した後も勝ち続け、大方の予想を覆して県のベスト16に進出しました。新聞でも「廃部寸前だった野球部が快進撃!」と取り上げられ、地域でも話題になりました。私が赴任した当初は、野球には全く関心を示さなかった地域の人たちが、「整備を手伝うよ」と、わざわざ重機を動かして2mを超える雪を片づけにグラウンドに来てくれましたし、後には地元の人々が寄付金を集め室内練習場を作ってくれるほど、地域に愛されるチームになっていきました。

他者と粘り強く向き合い、相手の力を引き出したA君

強豪チームの監督から「こんなに伸び伸びと試合に臨むチームは初めて見た。チームの明るさに底力を感じるし、戦う相手として怖い」と言われるほど、メンバーを1つにしたA君でしたが、彼は単にムードづくりが上手だったというわけではありません。監督として、そして担任として彼を見て感じたのは、粘り強く他者とかかわる力を持っているということでした。キャプテンとして、部員たちと語り合う努力を惜しまないのはもちろん、監督の私や顧問の教師とも互いが納得するまで話し合うことを厭わない生徒でした。

 

例えば敗戦が続き、チーム内に殺伐とした空気が漂う時には、A君は「何がいけなかったのか、冷静に振り返ってみよう」「誰も負けてもいいなんて思っていないのだから、今の悔しい気持ちを次の練習につなげよう」といった言葉を、仲間たちにかけました。彼は常に自分がどのように行動することが集団にとってベストなのかを冷静に考え、行動していました。そんな彼の言動を見る中で、私は「A君は教師に向いている」と確信するに至ったのです。

 

とは言え、家業を継ぐつもりだった彼に、教職という別の選択肢を提示することには迷いがありました。当時の長野県の高校教師の採用試験は厳しく、各教科とも「若干名」の採用という狭き門でした。もちろん、そんな険しい道を進めてもよいのだろうかと考えなかったわけではありません。しかし、「高校教師を目指します」と決意した彼の表情を見た時、「きっと彼はやり抜くはずだ」と私は確信しました。

部活動、深夜までの教材研究……。教育実習生と指導者としての日々

世界史の教師を目指して大学に進学したA君は、母校に戻って教育実習に取り組みました。私も同じ学校で勤務を続けており、地理歴史・公民科の先輩として彼の指導にあたりました。

 

彼にとって、教育実習は決して楽ではなかったはずです。授業が終われば私と一緒に野球部の練習に参加し、その後、職員室で教材研究に取り組みました。今では考えられませんが、教材研究は毎晩深夜まで続きました。

 

私はA君を厳しく指導しました。大学の学部レベルの知識で満足するのではなく、たくさんの専門書を読み、深いレベルで世界史の面白さを語れるようになることを求めました。「生徒全員が難関国公立大学を目指す高校もあれば、教科書を開くことも苦痛だという生徒が多い高校もある。しかし、どんな高校に赴任しても、目の前の生徒のためにベストを尽くして授業を展開できる教師にならないといけない」。私はA君にそう話しました。教壇に立つ前に、教師として、人としての理想を高く持ってほしかったのです。

 

ハードな実習でしたが、その間、彼が私に対して弱音を吐くことは一度もありませんでした。穏やかで、他者と不必要な衝突はしないから、彼の周囲には人が集まる。そして変わらず粘り強さがあり、負けん気も強い。高校時代の彼、そのままでした。そんな彼と一緒に私も深夜まで学校に残り、彼の教材研究をサポートしました。

10年間の苦労の中でも高校時代の輝きを失わなかった

大学を卒業しても本採用されるまでにはある程度時間がかかることは覚悟していましたので、その間に私がA君にできる支援は何か、いつも考えていました。県内高校の講師募集の情報提供、そして高校野球の指導スタッフの紹介など、少しでも彼のキャリアにつながる職が見つかれば紹介するようにしました。

 

A君とは電話などでよく、互いの近況について話しました。A君から講師としての仕事ぶりを聞く中で、目立たずに1人で頑張っている生徒や、一見明るく振る舞っているけれども、実は苦しんでいる生徒を彼は見抜き、寄り添うことができる教師になっていることがよく分かりました。長野県は絶対にA君を必要とするはずだと確信していました。

 

A君は本採用されるまでに10年かかりました。しかし、その時間の中でも彼は、高校の野球部の活動で見せていた人間的な魅力を失うことはありませんでした。そして同じ高校教師として彼に会う度に、同年代の頃の自分よりもはるかにしっかりしていると感心したものです。彼はどのような学校に勤務しても同僚たちに頼りにされ、そして責任のある役割を任されました。

目の前の生徒の成長のために、教師としてできることを追求する

自分なりの目標を持っている生徒に別の目標を、しかも決して楽な道ではない目標を提示した私の行動に眉をひそめる人もいると思います。私自身、A君に教職の道を示した時に、「教師になれることを確約できるわけではないのに、教職を勧めるのは無責任ではないか」と自問しました。

 

しかし、だからと言って、「既に本人が目標を決めているのだから」と、本人の選択を傍観することは私にはできませんでした。

 

高校生はそれまでの限られた人生経験の中で、社会の一部を知っているに過ぎません。また、時代の変化の中で、保護者も「本人がやりたいようにすればよい」と、子ども任せにする風潮が強くなっています。生徒が既に目標を決めていたとしても、「こんな道もあるよ」と異なる選択肢を提示し、生徒の考えや気持ちを揺さぶってみることは、高校教師の大切な仕事の1つだと私は思うのです。

 

生徒の進路選択のプロセスも大きく変わりました。以前は、進路に関する情報は教師が精選して生徒に与えるものでしたが、現在は、生徒はインターネットを介してたくさんの情報を手にしています。しかし、その中には間違っているものもありますし、生徒が手にする情報が偏ったものになっていることもあります。だからこそ、私たち教師が知らないところで生徒たちがどんな情報に触れ、それをどのように消化し、進路選択につなげたのかを、教師が生徒から話を聞くこと、そして揺さぶりをかけてみることは、以前にも増して必要だと思うのです。

 

私は校長として、職員会議などの場で、「それぞれの先生が持つ力を、目の前の生徒の成長支援に活かしてほしい」「目の前の生徒の成長のために、自分に何ができるのかを考え続けてほしい」と、先生たちによく話します。教師一人ひとりが持っている力は異なりますし、目の前の生徒に必要だと思う支援も異なりますから、生徒はそれぞれの教師から、それぞれの教育観とスキルを活かした多様な支援を得られるはずです。それを実現できている学校はきっと、生徒にとって満足度の高い学校なのだと私は思います。

 

人生の選択が正解だったのかどうかは、簡単に分かるものではありません。A君があの時、教職を目指すことなく家業を継いでいたら、今よりももっと幸せになっていた可能性もあるでしょう。何が正解だったのかは誰にも分かりません。しかし、正解が分からなくても、無責任かもしれないと自問しながらであっても、私たち教師は、生徒を深く理解しようと努力し、生徒が持つ可能性を見つけ、提示すること、生徒のために自分にできることを考え、行動し続けることが大切だと思うのです。

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