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特集
有識者解説
「答えまでの距離が長い大きな問い」が子どもの思考を活性化し、知識の統合を促す
京都大学 大学院教育学研究科 教授 石井英真(てるまさ)
2026/06/15 08:00
次期学習指導要領では、学校現場が「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた単元計画を立てやすくなるよう、各教科等の目標・内容が構造化されて示される見通しだ。それによって授業はどのように改善されるのか。また、教育委員会は学校現場をどのように支援していけばよいのか。中央教育審議会の委員の1人である京都大学の石井英真教授に話を聞いた。
有識者

石井英真(いしい・てるまさ)
専門は教育方法学。育成を目指す資質・能力を構造化・モデル化し、それらを実現するためのカリキュラム、授業、評価、教員教育について総合的に研究している。近著に『カリキュラム・オーナーシップ 教育課程改革の設計図』(教育開発研究所)、『「地味にいい学校」に学ぶ実践のオーナーシップの育み方』(日本標準)等。
次期学習指導要領の目指す方向性は現行と変わらない
現在、中央教育審議会で議論されている次期学習指導要領では、各教科等の目標・内容が「知識及び技能に関する統合的な理解」と「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」を基に、一層の構造化が図られる見通しです。新たな方向性が示されたように思えますが、その目的は現行の学習指導要領が目指している方向性と変わりません。すなわちそれは、授業で「主体的・対話的で深い学び」を実現し、子どもに「生きて働く学力」を育成することです。
そうした目指す授業の実現に向けた学校現場の単元計画や授業づくりを支援しようと、次期学習指導要領では各教科等における資質・能力の柱ごとの深まりや、資質・能力の一体的育成を可視化しようとしているのです。
学力を3層で捉え、「できる」と「使える」の往還を図る
各教科等の目標・内容の構造化を理解する上でまず押さえておきたいのが、学力は「知っている・できる」「分かる」「使える」の3層構造で捉えられる点です(図1①)。ここで重要なのは、「知っている・できる」からといって「分かる」とは限らず、「分かる」からといってそれを総合して「使える」とは限らないということです。バスケットボールで例えると、練習でドリブルやシュートが上手でも(知っている・できる)、ドリブルが試合の中で果たす戦術的意味を理解している(分かる)とは限らず、刻一刻と状況が変わる試合の中でそれらを適切に組み合わせて活躍できる(使える)とは限りません。
一方、練習したことを試合で発揮する中で「ドリブルをもっと速くしなければ」「シュート前のステップが大事」などと、基礎の大切さに気づくことは練習の工夫につながります。それは授業でも同じです。現行の学習指導要領では「使える」学力が重視され、学校現場ではその育成に向けて「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善が行われてきました。そこでは、「習得から活用」と「活用から習得」という往還も必要です。ある程度できるようになったら、実際の文脈で活用し、うまくいかないからこそ基礎へと立ち返り、問題意識を持って知識を吸収しようとする。そして、習得した知識を実際の文脈で活用する。その繰り返しが生きて働く学力を育むのです。
知識・技能の構造を踏まえて授業を組み立てる
次に押さえたいのが、知識・技能を構成する「内容知」と「方法知」も学力の3層構造に対応して捉えられる点です。「内容知」は概念的知識の下で事実的知識が結びつき、統合されることで理解が深まります。例えば理科なら、元素記号や化学式の知識が統合され、化学変化という概念を理解できます。一方、「方法知」は個別的スキルの複合によって方略が巧みに遂行されるため、実験器具の使い方や実験ノートのまとめ方を複合的に適用することで、実験の計画と実行ができます。そうして、より高次の内容知と方法知を総合的に活用することで、より大きな概念である「原子論」的な世界観を理解できるようになり、理科の見方・考え方が育ってくるのです。
授業もそうした知識・技能の構造に基づいて組み立てることができます(図1②)。個別の知識・技能の習得だけではなく、授業の目標をより一般的・抽象的に「メタ化」することで子どもの思考の枠組みが広がり、結果として個別の知識・技能も深まります。それが「知識及び技能に関する統合的な理解」と「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」であり、両者は切り離すことなく一体的に実現していくものなのです(図1③)。
授業の目標をメタ化することの意味は、「答えまでの距離が長い大きな問い」(以下、大きな問い)を設定できる点にあります(図2)。例えば社会科では、「近代化とは何か」という大きな問いが考えられます。それに答えるためには、廃藩置県や地租改正などの個別の知識を網羅することでは不十分で、江戸時代と比較して日本の近代化(明治維新)の特徴を考えたり、日本と西洋との近代化の違いを考えたりと、学びはダイナミックなものになっていきます。大きな問いを意識することで、子どもは個別の知識をつなげて統合的に理解し、総合的に思考することができるのです。
大きな問いは求められる知識の幅が広く、答えにたどり着くためには、既知の知識を整理して統合する思考が必要とされます。モヤモヤを解消したくて他者と話し合う場面も生じますし、その先に納得する・分かるという実感も持てるでしょう。そうした探究的な学びを繰り返すうちに、子どもは「これとこれは同じことを意味しているんだ(一般化)」と気づき、その結果、1つの学びから10を洞察する力(他の事柄へ展開する力)が育つのです。
探究的な学びでは、分からないことを性急に解消しようとせず、モヤモヤした状態を引きずることも大切です。問いは、好きや得意といった肯定的な感情だけではなく、「引っかかる」「モヤモヤする」といった否定的な感情からも生まれるからです。
「総合的な学習の時間」などで行う探究学習では子どもから問いが出るのを待つとよいですが、教科学習では教員が仕かけて、子どもの中に引っかかりやモヤモヤ、小さな「?(はてな)」が生まれるようにすることがポイントです。例えば昆虫の定義を確認した後、「ダンゴムシは虫って言うけれど、昆虫かな?」「カブトムシは?」などと問いかけます。子どものモヤモヤを起点に学びを進めると「もっと知りたい」といった意欲に基づく大きな問いが出てくるはずです。そうしたら「何が昆虫なのかを調べてみよう」などと探究的な学びに発展させます。もはや子どもにとってその問いは、教員が出したものではなく、「自分の問い」となり、子どもはより主体的に学ぶはずです。
大きな問いに取り組むためには、1コマ単位ではなく、単元や題材のまとまりで授業を設計することが求められます。さらに、習得と活用の往還を図る上では、教科内だけでなく、他教科や「総合的な学習の時間」などとの連携も考えるとよいでしょう。
子どもから学んで授業をつくり上げる
大きな問いに誘う出発点である、小さな「?」を子どもの中に生じさせるためには、教員が子どもから徹底的に学ぶことが重要です。学校現場の先生方は子どもが漏らす「え?」といった声や疑問の表情をキャッチできているでしょうか。子どもがどのようなことに疑問や引っかかりを覚えるのかを見取り、それを日々の問いづくり、教材づくりに生かしてほしいと思います。そのためには、教員自身が日常の物事に対して引っかかりを覚える感性を磨き、自ら学び続けることも大切です。
子どもの「つまずき」を徹底的に分析することも不可欠です。例えば、小学1年生の中には「11」を「101」と書いてしまう子どもがいますが、それは十進位取り記数法の位取りの概念を十分に理解していないことが原因として考えられます。そうしたつまずきの原因や背景を教員が正しく認識することは、子どもが本質を理解できる授業を組み立てることにつながります。
授業づくりには、「教科の内容理解」も欠かせません。「教科書『を』教えるのではなく、教科書『で』教える」とよく言われるのは、教科書を軽視するという意味ではありません。教科書の内容を深く吟味した上で、目の前の子どもに合った教材や手法を工夫するということです。
例えば、教科書は基本的に見開き2ページで授業1コマ分が構成されています。その2ページを通じて子どもに「何を学ばせたいのか」という本質的な目標をつかみ、その目標に到達する上で目の前の子どもにとって最適な教材や問いを考え、授業を組み立てていきます。そうした教材研究を経ることで教科の内容理解が深まり、授業力が向上するのです。次期学習指導要領はデジタル化もされるため、単元間の関係性や学年間の系統性などもより把握しやすくなりますから、教員の授業改善は一層進むことが期待されます。
指導が苦手な教科があれば、教員自身が教科書で学び直してみてはいかがでしょうか。教科の内容理解が深まったり、新たな気づきがあったりと、授業づくりの視点が得られると思います。
指導主事は教員の授業づくりと学び合う学校づくりの伴走支援を
教育委員会の重要な役割は、そうした教員一人ひとりの学びを後押しすることです。子どもが盛り上がるネタをSNSなどで検索して授業に取り入れる教員もいますが、一過性の盛り上がりは、その後盛り下がるだけですし、何を学んだのかも分からない授業になりがちです。そのため、教員研修では、学習指導要領の解説や教科書を参照しながら、教科の本質を突く大きな問いや単元を貫く課題を考えたり、子ども目線で教科書を読んで引っかかりを見いだしたりと、教員が授業づくりのツボを体験的に学ぶワークもよいでしょう。授業づくりの要である「教科の内容理解」と「子ども理解」にじっくり取り組むことが重要です。指導主事には、教員が単元の本質をつかみ、子どものつまずきを想定できるよう、ともに考える伴走支援が求められます。
若手教員が増えている今、学校全体の指導力の向上を図るため、教員同士で学び合う学校づくりの支援も欠かせません。教育委員会は校長が考えている学校づくりのビジョンやマネジメントの視点をつかみ、学校単位での取り組みに伴走していくことが大切です。
また、勤務校以外で主体的に学べる「サードプレイス(第3の居場所)」を整えることも、教員の豊かな成長につながります。働き方改革に伴い、自主研究会は縮小傾向にありますが、有志の教員が学校を超えて学び合える場は依然として重要です。学校外の人脈を築くことは、教員の心理的安全性の向上や居場所づくりにも寄与します。
教育委員会も学校から学び、その知見を学校に還元する
学校現場の挑戦を後押しすることも大切です。教育委員会は先生方に「どのような授業をしたいか」を問いかけ、背中を押し、現行の枠組みでどうすれば目指す授業を実現できるのか、その可能性をともに探っていくパートナーであってほしいと思います。そうした挑戦を教育委員会が地域に発信すれば他校の参考になり、地域全体で挑戦する文化も醸成されていくでしょう。
教育委員会は自分たちの提供する教員研修が学校現場にどう生かされているのかを見取り、教員研修のあり方を見直すことも重要です。教員が子どもを見取って子どもから学ぶことの相似形として、教育委員会は学校現場から学ぶということです。
次期学習指導要領では、多様な子どもたちを包摂する柔軟な教育課程の編成が推進されます。そうした状況を踏まえると、教育委員会が各校の状況に応じて学校とともに学校づくりを進めるローカルガバナンス(*)0が重要になっていきます。学校現場の挑戦を後押しし、学校現場から教育委員会も学び、その知見を再び学校現場に還元する(図3)。その循環こそが、子どもの豊かな学びの土台を支えていくのです。
*自治体だけが地域を運営するのではなく、住民やNPO、企業など、多様な主体が協働的に参画して地域課題に取り組むプロセス。




